790. 真っ当な青春


「くたばれ長瀬ええェェエェ゛!!」

「やらせるかああアアァァァァ゛!!」


 今日の練習も仕上げの紅白戦へ。コーナー付近で愛莉と瑞希が激しくマッチアップ。けたたましい咆哮と共に肩をぶつけボールを奪い合う。



「ちょっと、ユニ引っ張り過ぎだってば! 伸びちゃうでしょうが!?」

「ハッ! だったら大人しく倒れてろっつうの! そのまま体育祭もお休みしまちゅかぁ~~!?」

「アァァ!? うるさいわね何度も何度も! 手負いの私じゃないと勝つ自信が無いって!?」

「んだとオラァ゛ァァァ゛ッッ!?」


 バチバチに火花を散らしている。琴音が間に入り落ち着かせているが、あまりの迫力に下級生組は軽く引いていた。俺も怖い。


 原因を探るまでもない。瑞希は事あるごとに体育祭というフレーズを多用し、愛莉を煽りに煽っていた。

 よほど個人賞のことが気になっているのだろう。学年で一人ずつだから、三年女子で特に動ける愛莉は瑞希にとって目の上のたん瘤。



「インテンシティーの高い練習って大切だよね。やっぱり。普段からこれくらいハードにやっても良いんじゃない?」

「なにを他人事のように。ちゃんと冷やしておけよ、無茶しよってからに」

「ハイハイ、分かってるよ!」


 隣で紅白戦を見学する真琴は、先のゲームで肩を打撲してしまった。慧ちゃんとハイボールを競り合い着地で転倒したからだ。コンタクトプレーを嫌う彼女にしては実に珍しい。


 こんな具合で、心配するほどでもない程度の軽傷を負う人間が多発している。ノノとルビーもセカンドボールの奪い合いで交錯し突き指。小谷松さんはシンプルに転んで肘を打撲。


 真琴の言う通り、試合さながらの強度で行われるトレーニングは非常に大切。がしかし、どう考えても体育祭の個人賞に起因するオーバーワークだ。緊張感漂う悪くない雰囲気ではあるのだが……。



「なんなのお前ら? そんなに俺を玩具か奴隷にしたいの? 怖いんですが?」

「あははっ。すごい冷や汗~」


 笑ってる場合じゃないんですよ倉畑さん。貴方が一番おっかないんですよ。悪意と無茶振りに掛けて貴方の右に出る者はいないんですよ。自覚して欲しい。



「二人っきりの時間は欲しいよねえ。授業から練習、放課後、ずーっとみんな一緒でいるんだもの」

「言うて上級生はそこまでやろ。ほぼ毎日誰かしら泊まっとるやん」

「一日中、っていうのもポイント。二人でいられるの、基本は夜だけでしょ? 偶には外でデートもしたいし、家だと同じことばっかりしちゃうし」

「比奈が言うのかよ」

「だって好きなんだも~ん♪」


 背後に立ち肩を揉んでくれる。まぁ確かにそうだ。彼女を筆頭に夜に二人きりの時間を作れたとして、ほぼ毎回のようになのは否定出来ない。


 偶には普通のデートを、恋人っぽいことをしたい、ということか。少なくともその手の関係が無い子たちはきっとそうなのだろうが……。



「お前は勝ったらどうすんの?」

「ん~、そうだねえ~。正直勝ち目の薄い戦いだし、高望みしてもあとでガッカリしちゃうし……あ、日帰りで温泉旅行とか良いなぁ~♪」

「まだ高いよ。余裕で」


 どう足掻いても服は脱ぐ運命。

 いっそのこと裸族に転向したい。


 いづれにしても三日間、正確には二日半。恐ろしくハードなスケジュールになるのはほぼ確定か。愛莉とノノの連単は避けたい。下半身終わっちゃう。


 ただただ体育祭を楽しみたいだけなのに、全然そうさせてくれない。高校生らしい真っ当な青春やトキメキってどうすれば味わえるんだろう。オミや克真がちょっとだけ羨ましく感じる今日この頃。



 ハードなトレーニングに心身疲れ果てた面々は、慧ちゃんのスペシャルマッサージに身を委ね阿鼻叫喚の地獄絵図を繰り広げたのち大人しく帰路へ着くのであった。珍しく誰も泊まりたいと言い出さなかった。それはそれで寂しい。


 とはいえ、もはやフットサル部専用寮と化した自宅アパートに一人の時間があるかと言えばそんな筈もなく。



「――おかわり!!」

「を?」

「くださいッッ!!!!」


 新習慣その一。

 ミクルの生活管理。


 料理マスターの愛莉と比奈がいない日は俺にお鉢が回って来る。激辛料理しか作れない有希と味付けが個性的過ぎる文香は戦力にならない。


 依然整理が追い付かない大量の段ボールを一つ拝借し即席テーブルの完成。冷凍のチャーハンを汚ったない所作で食べ散らかすミクル。



「お、ゴミ袋減っとる。今朝は出したんやな」

「聞いて驚けッ! 超電子遊戯バージョンⅣを用いた長い格闘の末、ソレイユを迎えし黎明……スイートポーションを拵えんと永久機関【コンヴィニオン】へ出向いたところ、燃焼魔法の使い手と邂逅を果たしたのだ!」


 朝までゲームをしてお腹が減ったのでコンビニへお菓子を買いに行ったら、偶々ゴミ収集のタイミングでした。とのこと。

 なんとなく理解出来るようになって来た。別に嬉しくはない。どちらにせよ頭を使うのでウザイはウザイ。


 まともな調理道具が電気ポットしか無く、長いことコンビニ弁当とカップ麺のみの生活だったそうだ。冷凍食品メインのガサツな男料理でも懐柔は簡単だった。


 今では暖かい食事を餌にすればたいていのことは聞き入れてくれる。動物園の猿かお前は。プライドは無いのか。



「メシ食ったら風呂入って、歯磨きして寝るんだぞ。せっかく瑞希がコンディショナー持って来てくれたんだから、ちゃんと使えよ。あと明日はペットボトルの日やから、寝る前にゴミ纏めておけ」

「畏まった! 時に我が眷属、超電子遊戯バージョンⅣはいかほど……!」

「日付が変わるまでな。その代わり夜のコンビニもお菓子も禁止。破ったら明日の晩飯は無いと思え」

「グっ……!? 魂の等価交換、か……ッ!」

「安っぽいなお前の魂」


 授業へ引っ張り出すのは一年組、生活レベルの改善は上級生が担っている。一旦引き入れてしまった以上は真人間への更正も俺たちの仕事だ。


 やる気が見えないようならすぐにでも追い出す覚悟だが、今のところ大きな問題は介護ありきとはいえ発生していない。

 多少は危機感も抱いているのだろう。この調子で少なくとも大会までは乗り切って欲しいところ。


 面倒この上ない作業ではあるが、プレーヤーとしての彼女を魅力に感じているのも事実だし、RPGゲームみたいでちょっと楽しいとか思っていたりもする。


 文香も『たま○っちみたいでおもろい』とか言っていた。幼稚園の頃に一回だけ貸して貰ったな。コイツ手洗いすら面倒くさがるし、た○ごっちも糞尿垂れ流してると死ぬから似たような生き物か。



「にゃにゃっ、こりゃええタイミングで。ミクエルのお世話は終わりか?」

「お帰り。いまメシ食わせたとこ」

「なんや、結構貰って来たんに。ほんなら自分で食べますかね~」


 なんて話題に挙げた矢先、ちょうど文香がバイト先から帰って来た。廃棄の弁当を貰って来たのかパンパンの袋を引っ提げている。


 極めて自然な流れで文香の部屋へお邪魔し、彼女がご飯を食べている間、俺は棚へ山積みになっている漫画を手に取る。で、食べ終わったら一緒にゲーム。これが二つ目の新習慣。誰も泊まりに来ない日に限るが。



「なに読んどるん?」

「刃○道」

「え、もうそこ? グラップラーは?」

「知らん。これ続編なの?」

「第四章ってとこやな。ほんなら最初から読んだ方が面白いわ、ほらこっち」

「ええよ別に。アニメで見るわ」

「アカンッ! それだけは認めへんでッ!」

「うるせえ原作厨」


 棚から全巻丸ごと引き抜いてベッドに叩き付ける。ここで文句を言うとへそを曲げるので、大人しく一巻から読み直すとしよう。良いところだったのに。


 幼少期。こんな風に互いの自宅で、それぞれマンガを読んだりゲームをして暇を潰すことが稀にあった。俺は何も持っていなかったので、すべて文香の私物だ。


 あの頃は楽しいとも快適だとも思っていなかったのに、今では馬鹿に居心地が良く感じる。部屋の広さも読む漫画もだいぶ変わってしまったけれど、当時の記憶をなぞるようで、こそばゆくも温かい。



「ふぅー、ごちそーさんっと」

「その余っとる弁当、有希に持ってってもええか」

「ええよー。しっかし遅いなぁユッキ。心配やわ」

「台詞と顔がまるで釣り合ってないぞ」


 適当な漫画を引っこ抜き俺の隣に座る。いくら狭い部屋だからってわざわざ肩を並べる必要も無いだろうに。嬉しそうだから良いけど。有希が居ないから俺を独り占めとか、そんなことを考えているのだろう。


 しかし本当に遅いな有希。バイトの終わる時間は文香とほぼ一緒だから、そろそろだとは思うのだが……実家にでも顔出してるのだろうか。



「なーんであんなこと言い出したんかね」

「個人賞?」

「わざわざ勝負せんでも同じとこ住んどるさかい、いつでも作れるやろ。二人きりの時間なんて。今みたいにな」

「家でダラけるのとデートは違うんやろ」

「そんなもんかねえ~」


 春休み以降一緒に居る時間は二人が断トツで多いのだから、有希が狙っているとすれば間違いなくその手の類だ。比奈もそう言っていた。だがしかし、文香の言うことも一理ある。


 そもそもの話、他の面子を煽り勝負に拘っているのもよく分からない。デートを取り付ける理由なんてなんでも良い筈だ。体育祭で頑張ったから。今日の練習でゴールを決めたから。いかにも有希が言いそうなこと。


 なのに自らチャンスを逃す可能性を生み出し、退路を断ってしまった。事あるごとに『わたしなんて』と周りの人間と比べ、自己嫌悪に陥りがちな彼女にしてみれば下策とも言える一手にも思えるが。



「なんなら今日の練習、一回もはーくんに話し掛けへんかったな。ユッキ」

「ふむ。言われてみれば」

「……なーんか企んどるっぽいな」

「有希にそんなことが出来るとは……」


 彼女一人を応援するわけにもいかないのだが、明らかに他のみんなとは違った動機が透けて見えるような気もして、どうも気になる。


 取りあえずあとで弁当を渡すついでに聞いてみようか。いやでも、そうは言ってもあの有希だしなぁ。思い付きで始めたという線も……。



「まっ、勝たな意味無いんやけどな。結局。学年もちゃうしライバルにはならへんとさかい、ウチは市川をブッ倒すことだけ考えるわ」

「ルビーは相手にならないと?」

「分からんけど、どっかでとんでもないヘマして勝手に脱落する気がするわ」

「イメージしか沸かねえ」

「ねーねー。ウチがどんなお願いするか、気になる?」

「どうせ教えてくれねえんだろ」

「ぴんぽ~~ん♪」


 からかいついでにヘラヘラと笑い頭を押し付けて来る。インドア派の彼女のことだ、きっと『一日中ゲーム付き合え』とかそんなところだろうが。


 でも、もし仮に……有希が体育祭を機になんらかの動きを見せるのであれば。文香もそろそろだよな。こっちに来てからずっとやってるし。



「……んー? なあに?」

「いや。文香がおるなって」

「そらウチの部屋やしなぁ」


 それからは会話も無く、互いに漫画を読むだけの静かな空間になってしまった。古本の捲れる摩擦と小さな息遣いだけが充満していく。


 話はあまり入って来なかった。

 いつもの癖だ。余計なことを考えている。


 気付いたらすぐ近くにいるんだよな。あの頃のお前も、この街に来てからの有希も。それが日常で、俺にとっての当たり前だった。



(……俺も決めとくか。景品の内容)


 もしこの体育祭で、なにか変化が起こるとしたら。それはきっと、三連休のスケジュールだけに留まらず……。


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