789. 迂闊な真似を


 昼休みから早速ダンスパフォーマンスの練習が始まった。暫くの間は談話スペースでの優雅な昼食もお預けとなりそうだ。


 それ以前に、談話スペースも裏コートも各学年の練習場所に宛がわれてしまい、放課後はともかく昼は安易に近寄れそうもない。

 フットサル部が出来る前は誰も使っていない場所だったから、毎年ここが練習の拠点になっているそうだ。誰か教えろよそういう大事な情報は。



「慧ちゃんも俺にして欲しいこととかあるの?」

「わふっ?」


 ホームグラウンドを我が物顔で知らん奴らに占領されたのが気に食わなかったので、五限の無かった俺は早々に準備を済ませ一人で練習を始めた。


 そこへ現れたのが慧ちゃんだ。現れたというか、一年生は裏コートでダンスの練習をしていたのだが、教室に帰らず残っていた。五限は嫌いな古文だからサボってしまったらしい。後々後悔するぞ。



 フィールドプレーヤーとゴレイロの兼業である彼女は、各々に割く時間がどうしても少なくなってしまう。先の練習試合でゴレイロとしては上手くプレー出来なかったのが若干心残りだったようだ。


 個人レッスンをお願いされ簡単なシュートストップのメニューをこなす傍ら、なんの気なしに昨日のやり取りを掘り返してみる。



「それって昨日言ってた、ヒロセ先輩を一日パシリに出来るっていうやつっスか?」

「パシリ……まぁ間違いではないが」

「アタシは良いっスよ~。ユーキちゃんがあんだけ張り切ってるんで、応援する側っス。誰が勝っても面白いんで!」

「ならええけど」

「あっ。でもっ……アタシが個人賞取っちゃったらどーすれば……?」

「一応考えておけば?」

「んーっ…………じゃあお休みの日に、一緒にジム行きたいっス! 筋トレ付き合ってください! 新しい機材入ったらしいんで!」


 雲一つない満面の笑み。和む。すっごい和む。女同士の醜い争いを間近で見せ付けられて、こうも純粋でいられるものか。


 アイツらが悪いとかじゃないけど、俺のことを異性として意識していない子が少なくとも一人はいる事実が本当に有難い。ここが18禁ゲームの世界じゃなくて現実なんだって思い出せる。助かる。



「にしてもユーキちゃんホント凄いっスよね~。フツーあーいうこと出来ないじゃないっスか! 面と向かって『貴方に片思いしてます!』って言ってるようなモンっスよ! メンタル強すぎるっス……!」

「まぁ有希やしなぁ……」


 出逢った頃はもっとお淑やかで引っ込み思案な印象だったが、いま考えれば単に緊張していただけだったのだろう。根っこはパッション強めで癖のある子だ。恐らく慧ちゃんが想像している以上に。


 あとはなんだろう。俺が人目も憚らず好き好き言いまくっているから、多少は感化されてしまっているのだろうか。

 お花見でもそのような話をしていたな……だとしても俺の休日を賭けて皆に宣戦布告とは、思い切ったものだ。



「いちおー言っとくっスけど、ユーキちゃんを泣かせるようなことだけはアウトっスからね! 先輩と言えどそこは許さないっス!」


 うんうんと深刻げに頷く。お喋りに夢中で練習の途中だったことを忘れているようだ。

 蹴りっぱなしのボールが脳天に直撃し『あだァァッ!?』と痛々しい悲鳴と共にコートへ突っ伏す慧ちゃんであった。アホ可愛い。ごめんね。



(とはいえ、最近の有希は……)


 通学圏内の実家を飛び出しアパートへ越して来た暴挙に始まり、変わらず猪突猛進で盲目な彼女ではあるのだが。


 なんというか、またに戻って来ているような気はする。思えば有希の宣戦布告はこれが初めてでもなかった。修学旅行でもやはり同じようなことを話していて。


 高過ぎるハードルを設定して自爆するいつもの有希か、それとも何かしら思うところがあっての宣言だったのか。

 いづれにしても、余計な手出しは無用か。思うまま好きにさせてみよう。俺は何もしない。頭を使いたくない。疲れるから。



「軽いッ! 身体が軽いぞォォォォッ!!」

「ドアを乱暴に扱うな」


 ババーンとどこからか効果音が聞こえてきそうな勢いだ。ドアを蹴破りミクルが現れた。

 特に不思議でもない。アイツが真面目に授業を受けようものならそれだけで事件だ。停学明け早々にようやるなとは思うが。


 後ろには泣きっ面の小谷松さんも引っ付いている。授業をサボろうとしたところ止められず、ここまで連れて来させられたのだろうか。



「今ならウラヌスの天空彼方へさえも飛翔べそうなほどだ! さあ我が眷属よ! この聖堕天使ミクエルの血肉となり、共に歩みて授かろうか!」

「栗宮さぁん……! 授業はちゃんと出にゃあおえんよぉ……!」


 駄目だ。二人ともなに言ってるか分からん。

 取りあえず眷属ではない。間違いなく。


 ちゃっかり体操着を着ている(キラキラしたラメが付着している)し適当にやらせるか。コイツが体育祭に興味があるとは思えない。とにかくボールを蹴りたくて仕方ないのだろう。


 慧ちゃんをゴールに立たせ、ミクルがドリブルシュートを撃ちまくる延々ループが始まる。俺と小谷松さんは手持ち無沙汰になってしまった。



「アイツ、クラスに顔出してるか?」

「今日は二限までは我慢しとったよ。先生も驚いとった。でも三限が移動教室で、その隙に逃げられてしもうて……」

「よく捕まえ直したな」

「お昼を奢っちゃる言うたら、大人しゅうなってくれた。したら慧ちゃんが教室に戻らんけぇ、きっと特訓をしとるんじゃろうって……」


 結局止められんじゃったわ、と力無くヘラヘラ笑う。やはり小谷松さんにミクルの操縦は無理があるだろうか……まぁ当人が楽しそうだから良いけど。


 そう言えば、この三人もユキマコもみんな同じクラスなんだよな。そちらの体育祭もといペアダンス事情はどうなっているのだろう。



「ペアダンス、大丈夫そうか?」

「そりゃあもう大変じゃったよ……先生が希望制にしたけぇ、みんな早坂さんと長瀬さんのペアになりてーって、大騒ぎじゃった」

「有希はともかく真琴もか」

「決まっとるよ、女の子が集まったんじゃ」

「あぁ、そういう……女子人気は健在か」

「結局早坂さんの相手は和田くんで、長瀬さんは真壁くん……したら長瀬さんも不機嫌になるわで、もう収まりが付かんよ。わしもサッカー部の人が相手になってしもうて……向こうもやり辛そうで、大変じゃ」


 なるほど。ひと悶着というか、色々と面白そうな組み合わせになったわけか。


 それと小谷松さん。相手の子がやり辛そうなのはキミにも責任があるよ。他人事みたいに言っちゃいけないよ。たぶん怖がられているよ。標準語勉強しようね。



「あのっ、廣瀬先輩……もし、もし仮にじゃけど……わしが個人賞を取ったら、その……」

「おう。景品でもなんでもなってやるよ」

「ほっ、ほんまか……っ!? じ、じゃったらわし、先輩の……!」

「俺の?」

「……先輩のスマホに、前入れとったじーぴーえすアプリ、もっぺん入れ直してーなって……えへへへへっ……!」


 迂闊な真似をしてしまった。

 無垢な笑顔でなんてことを言う。


 時に慧ちゃん、キミはもっと視野を広げた方が良いよ。好意を明け透けにする同輩より、ストーキングを明言する同輩の方がよっぽどメンタル強いよ。


 本番に向けて体力付けとかにゃあね、とかなんとか言って二人に混じる小谷松さん。不味い。なんとしてでも有希か真琴に個人賞を取って貰わねば。

 サラッと流したけど慧ちゃんのもちょっと嫌だ。次の日筋肉痛確定だもん。またあの親父さんのエグイマッサージ喰らう流れでしょ。徹底拒否。



「ふむ……体育絢爛舞踏祭、か。我のチカラを誇示する恰好の機会と呼べなくもないな……っ」

「栗宮さんはもし個人賞を取ったら……先輩になにをお願いするんか?」

「擬えるまでもなかろう……我が眷属、右腕として、久遠の時の誓約を立てて貰う他ないッ! これで未来永劫、我の食生活は安泰だッ!」

「よーするにずっとメシ奢れってことっスね……おぉっ! いつの間にか段々理解出来るようになってきたっス!」


 最悪ミクルでも良いや。

 アイツなら養えんことも無い気がする。


 それぞれ目的があるのは良いことだが、なんだか昨日から俺だけ置いてきぼりだな。こちらも何かしらモチベーションを見つけておこうか。



(ふむ……しかし、そうか)


 すっかり聞き流してしまったが、克真の奴、有希とペアダンスなんだな。ちゃっかり持って行きやがって。


 希望制だったということは、有希の承諾無しにペアは成立しない筈だ。まさか克真の思わせぶりな態度に彼女が気付いていないとは……可能性がゼロじゃないのがなんともまたアレだけど。


 どうやらただ楽しいだけの体育祭とも行かないようだ。何かしらの思惑を感じざる得ないのは、果たして俺だけなのだろうか……?


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