788. 頑張ってください
「どの競技に出場するのか? 貴方は障害物競走と、二人三脚です。あとは団体の玉入れと綱引き、大玉転がしですね」
「結構忙しいな」
「それとクラス選抜リレーのメンバーにも入っています……ゴールデンウィーク前に決めた筈ですが、把握していないんですか? 部活動に現を抜かし学校行事を疎かにするなどと言語道断ですがッ!?」
「そんな怒らんでも良くない? ごめんね?」
翌朝、生徒会のあいさつ活動へ勤しむ橘田会長に声を掛ける。体育祭のしおりなるものを渡され、彼女は得意げな様子でこのように語り出す。
「山嵜はスポーツ特待が採用されているように、部活動の比重が大きい高校です。それ故にクラス間の繋がりが希薄な傾向があります。ユニークかつ盛り上がる学校行事を提案することで、普段の学校生活にも秩序と連帯感が生まれるのです」
「よう考えとるんやな」
「それだけではありません。学校行事の成功は生徒会のみならず、校外からの評判にも大きな影響をもたらします。そして私個人の評価も……!」
「……内申アップに繋がると?」
「でなければ生徒会長なんて面倒くさい仕事、誰がやりますかッ! 忙し過ぎて全然勉強できないじゃないッ!」
「知らんがな」
「どんな手を使っても推薦で合格してみせるわ!」
「頑張ってください」
相も変わらずジェットコースターばりの喜怒哀楽を発揮する橘田であった。
ともかく、このように様々な思惑も重なり、体育祭は毎年非常に盛り上がるとのこと。
HRでもそれについての周知があり(谷口と奥野さんが実行委員だった)、昼休みはダンスの練習、放課後にはクラス選抜リレーの練習がある。普通に面倒くさい。誰だよ俺のことリレーに推薦した奴。
「――――そう、オレだよ」
「ふざけんなテメェこの野郎」
「だってクラスで一番動けるのヒロロンなんだからさぁ~。お力添えいただきたいじゃないの~」
「そこまでして食堂の割引券欲しいか?」
「後輩の女子に奢るんだよ! 決まってるでしょ!」
「おい、一応にも彼女持ち」
「クラス違うからバレん! たぶん!」
「逞しいなお前」
男女三人ずつで俺とテツオミの三人がメンバーだそうだ。女子は愛莉と琴音、あとバスケ部の知らない子。
今更だけどフットサル部とサッカー部勢(プラス奥野さん)以外の顔と名前がまだ一致していない。覚える気も無い。
もう一週間後には本番なので、教室はすっかりその話で持ち切りだ。一限は峯岸が受け持っている共通の数学。最初の十分を使いペアダンスの組み合わせを決めるらしい。
挙手制にしようものなら一部の男子が悲惨な目に遭うこと間違いないので、公平を期してくじ引きが行われる。
数々の不正と賄賂で席替えを制して来た比奈のロビー活動もここでは叶わず、純粋な運一つで勝負が決まるわけだ。
「まずはここね……個人賞だけじゃない。ペアダンスで二人きりの思い出を作ってこそ、完全勝利と言えるわ……!」
「どんだけ気合入ってんの長瀬。ウケる」
「だってハルト、他の男子とペア組んだら絶対怒るじゃん!? 私も嫌だけど、そっちの方が怖いっ!」
「どーせえっちいお仕置きでしょ。ハルのことだし。心配すんなって」
「…………あっ、そっか。なら別にいいのか……んふっ、んふふへへっ……っ!」
「顔キモすぎん??」
「少なくとも三人は陽翔くんとペアになれないんだよねえ……わたしはいいけど、琴音ちゃんが心配だなぁ」
「それには及びません。ゴレイロ用のグローブを装着すれば肌と肌の接触は防げます。最悪の場合、ペアダンスであることを失念していたという体にします。抜かりはありません」
「一人でダンスなんて出来るの?」
「盆踊りなら経験があります」
「それはそれで見たいかも~」
くじ引きが始まった。峯岸が男女それぞれ名前を読み上げるごとに、教室は悲喜こもごもの歓声に包まれる。割合としては『えぇ~アイツは無理~!』的な女子の悲鳴が多いが、男子も結構な盛り上がりぶり。
ビジュアルに限れば学年の四天王と言っても過言ではないフットサル部の四人。ペアダンスを機に仲良くなるチャンスを窺っているのだろう。ちらほらと噂する声が聞こえて来る。
オミが言い触らしたせいで、愛莉は俺の彼女という風潮になっている(明言はしていないけど)から、残る三人は狙い処だと思われているようだ。
いやホント、期待させて申し訳ない。全員俺のお手付きなんだ、大人しく諦めてくれ……おぉっ、凄いな今の台詞。キモすぎて鳥肌立っちゃった。
「はい、じゃあ次なー。おっ、男子は廣瀬で、女子は…………奥野か」
「おっしゃああああアアアア!!」
「キタああああァァァァーーッ!!」
「ザマァ見やがれええェェェェ!!!!」
うるせえ。
男子は拍手喝采、万歳三唱のお祭り騒ぎ。いつもフットサル部の五人で固まっているから、俺が彼女たちと離れたのがよほど嬉しいのだろう。ウザすぎる。
って、俺の相手、奥野さんか。谷口に申し訳ないな…………いや、そんなこと気にしている場合じゃない。隣と前の席が凄いことになっている。
「そんなああああああああどう゛じ゛て゛ぇぇェェェ゛ェ……ッッ!!」
「泣くな長瀬ッ! あたしで拭くな!?」
「う~ん、どうしよう……新しいエピソードあったかなぁ。真奈美ちゃんにはもうほとんど話しちゃったんだよねぇ~……」
「比奈。買収ありきで考えないでください」
愛莉はおかしくなっちゃってるし、比奈にはあとで詳しく説明してもらう必要がある。
しかし一年で変わるものだ。瑞希と琴音がすっかりツッコミ役に定着してしまった。本来の役目じゃないだろうに。
結局四人はサッカー部勢でもなんでもなく、まったく関わりの無い男子がペアになってしまった。
それぞれ俺のところに来て『マジごめんなぁ!』『悪いねエロ瀬くん!』『サーセンっす!』とかわざわざ言って来やがった。キレそう。
「いやぁ~なんかごめんね~。なんだったら先生に交渉して変わってもらう?」
「ええよ別に。残った三人がもっと可哀そうやし……こっちもごめんな。谷口に謝っとくわ」
「良いって良いって~。あの人そういうの気にしないし、私も色々と参考にさせて貰うので~」
「参考? なにを?」
「生身の男の子がどんなものかってね!」
「やめて?」
奥野さんが特に気にしていないのは有難いが、彼女も彼女でどういうスタンスなのだろう。
文芸部での執筆活動の肥やしにされてないか俺ら。それ目的で付き合ってるなら谷口がちょっと可哀そうだなぁ……。
「なんや、橘田とペアになったのか」
「んん~。まぁな。んフフ」
「キメェ顔」
「ざま~見ろ~寝取られちまえ~」
「死に晒せ」
一人だけちゃっかり本懐を成し遂げたオミであった。基本橘田のゴリ押しだが、一か月以上に及ぶ攻勢のおかげかすっかり満更でもなくなって来ている。俺のアシスト無かったら今でも非リアだった癖に。調子乗るな。
個人賞云々の件はともかくこの体育祭、部の誰かと密接に関わる機会は多くなさそうだ。一番の見どころがオミと橘田の進展具合とか。超つまらん。
まぁでも、偶には良いか。どうせ一か月後には大会で頭がいっぱいだろうし、それが終わったら進路のことも……。
学生ノリが味わえる最後の機会かもしれないのなら、惰性で過ごすのは勿体ない。それこそ峯岸の言った通りか。
「はぁぁ~……なーんでこの期に及んでハルト以外の奴とダンスなんかしなきゃいけないのよぉ……」
「まぁまぁ。こういうこともあるよ」
「……比奈ちゃん、なんでそんな余裕なの?」
「だってわたし、二人三脚で一緒だもんっ」
「えっ……なにそれ!? 聞いてないッ!?」
「んふふっ。詰めが甘いですなぁ~♪」
「ところで、ずっと疑問に思っていたのですが……なぜ選抜リレーのメンバーに私が入っているのでしょう。足の速さなら瑞希さんの方が……」
「だってくすみんの乳揺れ見たいし~」
「…………貴方の仕業ですね」
「夜の体育祭だよ。くすみん」
「意味が分かりません」
「分かってるくせにぃ~♪」
「ツンツンしないでください」
無駄に気を張るのも止そう。何も考えず、普通に楽しむのが一番だ。俺もツンツンしたい。羨ましい。
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