787. 負けられない戦い


「おー。あんね。一週間後に」

「何故言わぬ」

「逆になぜ知らぬ」


 ちょうど同じタイミングで更衣室から出て来た瑞希。フローラルな香水の匂いを漂わせ軽快なステップを踏む。

 談話スペースへの道中、ゴテゴテのお洒落とも言い切れぬ長財布からクシャクシャの半券を取り出す。汚いな財布。整理しろや。



「例の景品か」

「一か月分。枚数合わせただけ割引になるから、半月くらいタダ飯喰らってた」

「それはともかく捨てろよ一年前のゴミ」


 クラス単位で争われ、学年ごとに優勝すると景品。更に個人賞なるものもあり、こちらも景品が出る。去年活躍した瑞希は良い思いをしたようだ。


 体育祭……縁が無いな。小学校の運動会は結構張り切っていた記憶があるけど、それも精々低学年の頃まで。

 段々と興味を失い中学時代は『余計なことして怪我したくない』と当たり前のように欠席していた。思い出が皆無。



「なになに? 体育祭の話?」

「……ハルト、去年の体育祭いたっけ?」

「だから知らんうちに終わってたんやって」

「痛い痛い゛痛゛いイタイ゛ァ゛ァイ!! 死ぬ゛ゥ゛ゥウウ゛ウウァァ゛!!」


 俺と瑞希が最後だったようだ。帰る素振りも無くそれぞれソファーで自由に振る舞うみんな。

 暇していた愛莉と比奈が混ざって来る。最後の叫び声はミクル。慧ちゃんのマッサージが炸裂中。



「そうそう。陽翔くんったら、日曜だよって教えたのに結局来なかったんだよ。なのに週明け一人でいじけてるし」

「欠片の記憶もねえ……よう覚えとるな」

「だって陽翔くんのことだもの。好きな人との会話なら、どんなに些細な話でも思い出せるよ」

「どきっ」

「フットサル部が出来る一週間くらい前のことだったんだよねえ……あの頃から気になってたって言ったら、どう思う?」

「どきどきっ」


 誰も教えてくれなかったと思い込んでいたが、比奈だけは気にしてくれていたのか。当時の俺には馬耳東風だったようだが。勿体ないことした。


 というわけで俺は体育祭そのものが今回で初体験。不貞腐れていた一年前とは違い『しょうもない学生ノリは御免だ』と突き放す気は毛頭無いし、なんなら割と楽しみなまであるが。


 ただ、絶妙にタイミングが悪い。それまではフットサル部の活動が鈍化してしまう。大会まであと二か月もないのに、練習時間を削られるのはちょっと痛いな。



「普通の競技は出るだけだから良いけど、あれが面倒なのよね……点数にもならないし」

「ダンスパフォーマンスですか?」

「ええ。開始三秒で琴音ちゃんがズッコケてやり直しになった、学年単位でやるダンスパフォーマンス」

「余計なこと言わないでください」


 試験の仕返しのつもりか意地悪く微笑む愛莉、琴音は決まりの悪い顔でそっぽを向く。転んじゃったんだ。見たかった。



「練習しとらんぞダンスなんて」

「そろそろだよ。毎年一週間前くらいから始めてるし。だから完成度は激低。でまぁ、なんでそんなのが続いてるかっつうと……」


 瑞希のかったるげなトークを合図に、談話スペースを軽快なポップミュージックが包み出した。出処はノノのスマホ。



「ここでキュッとして、右足蹴って、こうです!」

「分からん! 難易度高過ぎるわッ!」

「そうですシルヴィアちゃん! キメポーズ!」

「Break it down!!」

「素晴らしい! 特に発音が良い!!」


 ルビーの華麗なターンが決まりノノが褒め称える。文香は苦戦中。インドア派にダンスは難しかろう。動きが完全にロボット。油が足りていない。


 さっきからずっと変な踊りをして悪霊でも呼び込んでいるのかと思ったら、体育祭のダンスの練習だったようだ。

 そう言えば文香とルビー、なんかの実行委員会とかで偶に練習遅れて来てるけど、これのことか。



「男女のペアダンスなんだよ。カッコよく踊るよりみんなそっちが目的ってワケ」

「だったら何故二年組は張り切っている?」

「知らん。アイツらだし」

「まぁ確かに」


 ということは一年と転校生組はともかく、他の面々は去年、他の男とペアダンスをやったのか。俺の知らないうちに。嫉妬で狂いそう。



「別に何も無かったわよ。私も全然やる気なかったし、ペアダンスって言ってもちょっと手を握るくらいだし」

「……見ず知らずの男に手綱を預けたと?」

「ハイライト消さないでってば。怖い。ごめん」


 根負けした愛莉はやや引き気味である。

 重いとかいうな。俺なりの愛情だ。


 あとで理不尽なお灸を据えるとして、そうと分かればやる気も沸いて来る。

 どんなダンスかは知らないが、公衆の面前で堂々と手を繋げるんだろ。最高やん。


 ダンスだけではない。例えば二人三脚や玉入れ、綱引き。合法的に肉体的距離を縮められる素晴らしい機会だ。

 しかもみんな体操着姿。練習着より肉感が滲み出るから目の保養にもなる。悪くないな体育祭。


 ……あ。でもそうか。ペアダンスは二人だから、一人を選んだら他の奴が違う男と手を握る羽目に……しかも他の男共もみんなをエロい目で見るんだろ。最悪やん。サボろうかな体育祭。



「ダメだよ陽翔く~ん。三年間体育祭不参加なんて、大人になったとき絶対後悔しちゃうよ~?」

「何故サボろうとしていると分かった……いやでも、実際メンドイやん。みんなでどっか遊びに行こうぜ。或いは普通に練習するとか。最悪クインテットダンスならやってもええわ」

「これ以上敵を作ってどうするつもりですか」

「琴音を誑かすクズ野郎は俺が制裁してやる」

「自死の覚悟があると?」

「キツイっすね琴音さん」


 我が儘言っても仕方ないので取りあえず参加はしよう。琴音のえっちい姿が曝け出されるのは辛いが、誰よりも俺が見たい。背に腹は代えられぬ。



「体育祭……もうそんな時期か。聖来が目立ちそうだね。徒競走とかリレーとか。個人賞取れるんじゃない?」

「そねーなこと……わしなんて全然じゃ。長瀬さんの方が、ずっと活躍するよ。慧ちゃんも騎馬戦なら敵なしじゃ」

「ちゃっかり大将任されちゃったんスよね~! いやぁ~楽しみっス! おいしょっと!」

「いでえ゛えぇぇ゛ぇ痛゛てえよ゛おおオオ゛ォォォ゛ォ……゛!!」


 悶絶するミクルを除きほんわかした雰囲気の一年組。スピードの小谷松さん、パワーの慧ちゃん、知性の真琴、意外性の有希と粒揃いの一年A組は間違いなく優勝候補だろう。克真を筆頭に運動部の男子も多いと聞くし。


 そんな中、フッフッフとまるで似合わない不敵な笑みを広げ思わせぶりな奴が一人。有希である。さっきから自棄に大人しい。



「そうなんです。個人賞があるんですっ……! 学年で一人ずつしか選ばれない狭き門……!」

「急にどうしたお前」

「負けられない戦いなんですっ! ここで活躍すれば、レギュラーへのアピールにもなりますっ! 必ず勝ち取ってみせますっ!」


 妙に張り切っている有希。別に体育祭で活躍したところで、フットサル部内での序列にはなんら関係無いのだが……まぁ頑張っては欲しいけれど。



「皆さんに、勝負を挑みますっ! 景品はズバリ、廣瀬さんですっ!」


 声高らかな宣言に一同の注目が集まる。

 どういうことだ俺が景品って。モノ扱いするな。



「……兄さんを一日好きに出来る的な?」

「そう、マコくん! 体育祭のあとは振り替え休日、次の日は建学記念日……! 更に水曜日は、廣瀬さんが三限までしか取っていない日!」

「みんなは授業あるでしょフツーに」

「サボれば良いんだよっ!」

「堂々と言うことか……ふーん、でも……兄さんを、ねえ……」


 一人突っ走る有希に真琴も呆れ顔だが、彼女の呟いた『一日好きに出来る』という謳い文句に皆の目の色が若干変わり始めている。


 なんか、急にこの辺りだけ温度が上がったような。コートに繋がるドアが閉まっているからだな。きっとそうだ。換気しよう。そして距離を置こうこの話題から。



「ほっほー。なるほどなるほどっ……学年それぞれで一人ずつセンパイを玩具に出来るというわけですね?」

「にゃっは~~ん……! 誰にも文句言われず、はーくんを独り占め出来るっちゅうことやな……!?」

「Eso es bueno! ヒロ、カンキン!」


 二年組の食い付きは特に良い。知っている日本語を適当に言っているのか分かってボケているのか定かでないがルビーも乗り気のようだ。


 いやね有希さん。確かにそういう時間も大切ではあるけれど、俺の意向とか聞いたりしないんですか。そんな暇があるなら練習するべきだとは思いません?



「……どうする? その日って確か、元々瑞希と比奈ちゃんの予定じゃ……」

「わたしは良いよ? 最近五人だけで陽翔くんのお休み独占しちゃってたから、それだと有希ちゃんが可哀そうだし……自分の力で手に入れたいなら、わざわざ止める必要も無いんじゃないかなあ」

「……まぁ、それもそうね。合法的に瑞希から奪えるチャンスでもあるし」

「へぇ~? あたしに勝つ気なんだぁ?」

「言ってなさい。ボールの扱いはともかく、他の競技なら負ける気しないわよ」

「ふんっ、良かろう! 戦争の時間だッ!」

「陽翔さんを、独り占め……いっ、一日中…………なるほど……っ」


 三年組も乗っかってしまう。愛莉の言う『元々の予定』の意味するところは分からないが、ともかく流れは固まってしまった。


 なんというか……喧嘩の一つも無い仲良しチームだし、一度バチバチにやり合ってより結束を高めるという意味では、案外悪くない催しなのかもしれないが。だとしても俺が置き去り過ぎるけど。


 なんか、口挟み辛い。ヤだこの雰囲気。

 背中から鬼神オーラ溢れまくってる。怖い。



「偶には悪くないかもネ。なんでもかんでも平等じゃ面白くないってわけだ……ねっ、兄さん?」

「おい、なんとかしろストッパー」

「知らないねそんな人は。ワガママも言いたい時期なんだよ。だって自分、まだ16歳だから!」


 得意げに鼻を鳴らす真琴。大会まで一か月半、突如勃発した場外戦に談話スペースは核の炎で包まれた。馬鹿に居心地悪いな。こっそり帰ろう。


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