791. 間に入ってくれ


「選手宣誓! 我々、選手一同はスポーツマンシップに則り……!」


 壇上に立つは生徒会長の橘田……ではなく書記の奥野さん。なんでも『スポーツマンの気持ちが分からないので心から誓えない』から譲ったそうだ。真面目か。


 五月中旬、程良い雲に覆われ気持ち涼しさも感じさせる日曜日。全校生徒が無駄に広いグラウンドへ集結、いよいよ体育祭が始まる。



 タイミングを失ってしまい、結局有希の本懐を窺い知ることは出来なかった。ダンスも一応動きを覚えたという程度の完成度だがここまで来ては後の祭り。一先ず流れに身を委ね、素直に楽しむとしよう。


 開会式とダルイ準備体操が終わりプログラムは第一競技の一年の徒競走へ、早速有希たちの出番。全学年に部員がいるから退屈はしなさそうだ。



「ん~。筋肉が付いたからかなぁ、やっぱりちょっとキツイかも……」

「……………………」

「んふふっ。見すぎ」

「えっちやな」

「正直すぎっ♪」


 一年に及ぶブラッシュアップの弊害か、体操着がだいぶ窮屈そうな比奈。部が結成された直後はこの恰好で練習していたな。懐かしい。


 愛莉や琴音みたいな性の暴力ともまた異なり、一見真面目そうな比奈がこの肉付き、肉感だから素晴らしいのだ。背徳感が凄い。不味い興奮しちゃう。



「どうする? 暇な時間も多いし、校舎には誰もいないんだよねぇ~……」

「やめろ、誘うな。今日くらい真っ当な学生でいさせてくれ…………ごめん瑞希、ちょっと間に入ってくれないか」

「あたしを安全地帯扱いしたなァ?」


 貧乳弄りも随分と久々だ。ごめんね。お前も勿論魅力的だよ。でもこればっかりは性癖だから。ごめんね。



「にしても保護者多いわね。みんなパン食い競争出るつもりなのかしら」

「高校の体育祭では珍しい催しですから……愛莉さんのお母様は?」

「午後に少しだけ顔出すってさ。二人揃うのも小学校以来だし、今年で最後だからって。琴音ちゃんは?」

「さぁ……特に何も話していないので、そもそも把握しているのかどうか」


 こちらは比奈以上に体操着がパツパツなお二人。保護者参加のパン食い競争があるらしく両親の動向が気になるようだ。


 愛華さんはこういうの好きそうだけど、琴音のご両親はどうだろう。いくら親子仲が改善されたとはいえ……香苗さんはともかくお父さんには会いたくないな。あのおっかない顔でパン頬張ってる姿は想像出来ぬ。


 ご家族の話で言えば、三年組で顔を合わせていないのは比奈の両親と瑞希の母親か。後者はともかく比奈のパパママはどんな人なんだろう。ノノの両親と併せて非常に気になる。



『さぁさぁ今年も体育祭の季節がやって参りました! まずは一年生の徒競走! 期待の新星が現れるのでしょうか! 実況はわたくし奥野、解説は勝手ながらくじ引きで選ばせていただいた三年A組茂木哲哉くんのコンビでお届けします!』

『それはもう諦めたから良いんだけど、そもそもなんで奥野ちゃんが実況なの? 放送部は?』

『上級生が卒業して一年も誰も入らなかったので、廃部になりました! 部員募集中! お昼の放送が無くて寂しいので誰かお願いします、いやマジで!』

『だとしても張り切り過ぎでしょ』

『一回やってみたかった!!』

『分かるぅ~~』


 見慣れた顔が放送席に揃っている。運動部が盛んだから文化部は人が集まりにくいらしいんだよな、山嵜って。まぁなんでも良いが。



「おっ、早速じゃん」

「聖来ちゃーん、がんばってー!」


 トップバッターは小谷松さん。比奈の声援で俺たち三年組の居場所に気付いたようで、ちょっと恥ずかしそうに頭をペコリと下げる。可愛い。



『最初の組がスタートしました! 生徒会からの素敵なプレゼントが貰える個人賞は各学年一人ずつ! 皆さん頑張っ……って、速ッ!? なにあの子!?』

『おー。すげー』


 奥野さんが叫んだ頃にはもうコースの真ん中辺りにいた。スタートから快調に飛ばしあっという間に他の子を置き去りにしてしまう。


 いい加減見慣れて来た頃ではあるが、長い距離となると更に際立つものがある。観衆からもどよめきが。あんな眼鏡掛けた小っちゃくて可愛い子が爆速で走るんだから、そりゃそうだ。そして余裕の一着。



『本年度体育祭の先陣を切ったのは一年A組、小谷松聖来さんでした! 部活はフットサル部みたいですね!』

『凄かったと思いまーす』


 小谷松さんに続きフットサル部一年組は絶好調。慧ちゃん、真琴も一位でゴールし、最後の組で残る二人が登場。



「出るんだ。アイツ」

「なんですかあのキラキラした体操着は」


 ちゃっかりスタート位置に構えているミクル。ドヤ顔で観衆へ手を振り気分はスーパースター。むしろ怪奇の目で見られている。今更ながら体操着に変な加工をするな。ネーム欄に『ミクエル』とか書くな。怒られるぞ。



 まぁアイツはどうでも良いとして、やはり注目はその隣。一年男子からの野太い声援も届いていないのか、大きな深呼吸を拵えゴールを見据える有希。


 この一週間、練習中はともかく校内やプライベートでも絡む機会がほとんど無かった。先日のように、バイトが終わっても中々アパートに帰って来ないのだ。それでいて朝は俺より早く登校している。


 密かに特訓でもしているのかと真琴に聞いたが『なんも知らない』の一点張り。嘘を吐いている様子も無く疑念は深まるばかり。



「有希ちゃーんファイトー!」

「ミクルにだけは勝ちなさいよっ!」

「それはそれで可哀そうやろ」


 俺たちの声援もどうやら聞こえていない。

 号砲が鳴り一斉にスタート。


 中盤まではミクルが一位。無駄にすばしっこいだけあって、単純なスピードも中々のモノがある……おっ、有希も着いて行ってるぞ。



「おーっ! 速いじゃんゆっきー!」


 カーブに差し掛かるところまでほぼ横一直線。男子人気の高い有希と変に目立っているミクルのタイマン勝負に、観衆のボルテージも最高潮。



『最後の組は一年A組同士でのデッドヒート! 共にフットサル部に所属する早坂有希さん、そして栗宮未来さんです!』

『わ~~がんばれ~~』

『早坂さんは個人賞獲得に向け、かなり気合が入っているとの情報です! いやあ生徒会としては非常に嬉しい! しかし、そこに立ちはだかる栗宮さん! 建学史上最速で停学処分を食らったある意味期待の逸材!』

『その情報いる~?』


 実況姿がやたら様になっている奥野さんとまったく解説になっていないテツの様子は本当にどうでも良いとして、いよいよ最後のカーブ。差はほとんど無い。二人肩を並べて奔走。



「クッ……! 貴様、四天王のうちでは最弱の筈では……ッ!?」

「……絶対負けないんだからああああ!!」

「ふんっ! ならば!」


 ここに来て有希が若干リード。懸命に追い縋るミクルだが、単純勝負では勝てないと見たのか。外側から一歩踏み出し……。



「喰らえッ! 最終奥義ミクエルドロップアほぎゃ嗚゛呼ああアアアアア゛アアア゛ーー゛ッ!?」

『あーーっと! 栗宮さん転倒ォォー!! えっ、痛そう! 大丈夫!?』

『顔から行ったねえ~~』


 思いっきりコケてしまうミクル。肩をぶつけ妨害しに掛かったようだが、有希が更に抜け出して空振りに終わり、顔から地面へ突っ込む。


 そのまま有希が一着でゴールテープを切る。転んだままのミクルは最下位に終わってしまった。ズルいこと考えるからだ。因果応報。天罰。


 一位の旗の前で待つみんなの元へ駆け寄り、有希は汗粒を垂らしながらぴょんぴょん飛び跳ねる。個人競技で一位を取るとかなりのポイントが貰えるそうだから、個人賞を狙う有希には大きなアドバンテージだろう。



「すごーい! 未来ちゃんに勝っちゃった!」

「あんなに速かったんですね、早坂さん」


 比奈と琴音が手を振り、気付いた有希も嬉しそうに振り返す。個人賞獲得に向け幸先良いスタートを切ることとなった。ミクル以外。


 ……頑張るのも必死になるのも、別に良いんだけど。むしろ全力でやってこその体育祭だけど。やっぱり気になる。そこまでして個人賞に拘る理由はいったい。




「さーて、いっちょやったりますかぁ……」

「よりによって同じ組だなんて、可哀そうにね」

「へッ、ほざいとけ! スピードなら負けねーよ!」

「ストライドがモノを言うのよ、短距離は!」

「テメェだけには負けんぞ長瀬ッ! 元々あたしの日だったのに! どうせ一日中家にいるくらいならあたしに寄越せッ!」

「んなの瑞希だって同じでしょうが! ていうか、私がそういうことしか考えてないみたいな言い方やめろ!」

「事実だろこのエロボケッ!」

「ハルトの方が我慢できないだけだもん!」

「ぐぬぬぬぬぬぬ……!」

「むぎぎぎぎぎ……!!」


 古株凸凹コンビの久しく見ていなかった口喧嘩に、寒くもないのに思わず身が震える。コイツらほど邪念塗れのお願いでないことを祈るばかりだ。


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