783. 仁義なき悪戯《タタカイ》 PART9


「――――やられましたッ!!」


 練習後。着替えを済ませ談話スペースへ戻ると何やら叫び声が聞こえて来る。

 珍しく比奈がスマホを構えているな……って、四つん這いで項垂れているの、琴音か。更に珍しい。いったいなにがあった。



「どしたん琴音」

「陽翔さんっ! 見てくださいこれを!」


 床に放置されたスマートフォン。これは……誰のだ? 琴音のスマホはドゲザねこのケースだから、彼女のものでは無い筈だが。


 ………あぁ、なるほど。

 久々に来たな。



「なんこれ。『Yeah!! Fu○k Yeah!!』て」

「創英角ポップ体が可愛いねえ~」

「ついに琴音センパイがグレた!?」

「違いますっ! 私のドゲザねこのスマホケースが『Yeah!! Fu○k Yeah!!』にすり替えられていたんですっ!」


 悔しそうに床を拳で叩き付ける琴音。心配そうに見守っていたかの瑞希、比奈、ノノの三人も、それを合図にゲラゲラとお下品に笑い出す。 


 もはやフットサル部恒例となった、面白いイタズラし掛けた奴が勝ち選手権。今年度初の犠牲者は琴音だったようだ。


 彼女が被害を食らったのは、一連の件がイタズラ選手権と命名される前の夏頃まで遡る……半年ぶりか。歴史を感じるなぁ……。



「そっかあ。琴音ちゃん、ドゲザねこはもう卒業なんだね。でもそのケースはちょっとセンス悪いと思うなあ。内容もお下品だし」

「背伸びしてる感が可愛くないですか? 逆に」

「分かる。真面目なくすみんがコレ使ってるって考えたらアリかもしれん。あれだよ。ギャップ萌えだよ、くすみん」

「怒りますよっ、三人とも! だいたい『Yeah!! Fu○k Yeah!!』ってなんなんですかっ! 内容もさることながら、どうして創英角ポップ体なんですかっ! 他に候補は無かったのですか!?」

「キレるポイントそこちゃうやろ」


 俺と色違いのドゲザねこスマホケースが、黒字の創英角ポップ体で『Yeah!! Fu○k Yeah!!』と書かれたダサいものにすり替えられていた。


 どこで誰が見つけて来たんだこんなケース。

 ちょっと嫌いじゃないそのセンス。



「え、なになに? 事件っスか?」

「慧ちゃんと小谷松さんは初めてだったわね……一応準備だけしておきなさい。これから貴方たち、犯罪者扱いされるわよ」

「何故に!?」


 いったい何が起こったのかと不思議そうに様子を見守っていた慧ちゃんと小谷松さん。愛莉の呆れるような声色に目を飛び出させる。


 春からフットサル部の一員となった二人。そして文香はこの件をまだ経験していない。

 もはやお約束とはいえ、こんなしょうもない遊びに彼女らを付き合わせるのもなんだか忍びない……どうせすぐに適応するんだろうけど。



「え。はーくん、なんこれ」

「イタズラ選手権。犯人は当てられたら土下座。外したら被害者が土下座。以上」

「なんやそのエッグイ遊び……」

「お二人とも、喋ってないで協力してくださいっ! 決して許されない暴挙なのですっ! あろうことか、私のドゲザねこに手を出すとは……っ!」


 逆毛を立て周囲をフシャーッと威嚇する琴音。ここまで怒り狂った琴音は家出騒動でお母さんと対峙して以来だ。あれに匹敵するとか。ウケる。


 だが気持ちは分かる。琴音のドゲザねこに対する愛情は並大抵のものとは比較にならないソレだ。

 しかもスマホケースは去年の夏から大事に使っていたもの。あれから一度も替えていないのだから愛着も一入だろう。



『ああ、例の推理ゲームね? 今度はわたしも参加させてもらうわ!』

『ちょっとは琴音の気持ち考えろよ』


 浮かれるルビーだが諸手を挙げて歓迎は出来ない。例え被害者だろうと、推理を外したら土下座なのだ。琴音も例外ではない。


 勝手の分からない一年生も見ているし、彼女に情けない姿はさせたくない。俺も推理側へ回るか。



「 一分一秒でも早く犯人を見つけ出し、ドゲザねこを取り返さなければなりません……!『Yeah!! Fu○k Yeah!!』は不味過ぎます……事情を知っている皆さんならともかく、両親に『Yeah!! Fu○k Yeah!!』を見られようものなら……!」

「律儀に『Yeah!! Fu○k Yeah!!』言わんでええよ」


 お願いだから連呼しないで欲しい。よりによって琴音が。面白過ぎて話全然入って来ないから。



「ついにわたしたちも参戦だねっ、マコくん!」

「喜ぶようなことか……前から思ってるケド、このゲーム被害者側が不利過ぎて怖いよね。ルール破綻してるって」


 ユキマコとルビーは春休み中の練習で、俺のシューズがキューキュー鳴る子ども用の靴にすり替えられた前回の選手権(愛莉を指名して失敗)(瑞希が犯人)を見学している。


 一応にも常識人の枠だから、この三人も心強い味方となってくれるだろう。だが……。



「流石の琴音ちゃんでも無茶でしょ、これだけの人数相手に」

「ホンマそれな」


 愛莉の仰る通り現在フットサル部は計十二名。被害者の琴音を抜いても容疑者が十一人いる。


 まったく事情を知らない文香、慧ちゃん、小谷松さんを除外してもまだ八人。犯行の様子を見ていない俺を数えなくても七人。多い。多過ぎる。


 加えて言及すると、部内きっての秀才であるが推理力という一点では凡庸の域を出ない琴音。

 イタズラは日に日に巧妙化しているし、もはや誰が犯人でもおかしくない。彼女は正解を導き出せるのか……?



「……陽翔さんは、違いますよね? 私のドゲザねこ、取ったりしませんよね……っ!?」

「うん。俺は知らん」

「……な、なら良いんですっ。陽翔さんなら分かってくれる筈です。私がどれだけあのスマホケースを、ドゲザねこを愛しているかということを……!」


 ホッと息を撫で下ろす。そう、突破口があるとするのなら……ターゲットが琴音のドゲザねこ(スマホケース)であったということだ。


 琴音がドゲザねこに並々ならぬ思いを抱いていることはフットサル部の皆が知るところ。

 これだけ怒りに狂うのも予想の範疇。最悪、友情に亀裂が入ってもおかしくない蛮行である。


 となると、この手口を考えるのは……琴音のドゲザねこ愛をしっかりと把握出来ていない、一線を超える可能性のある奴。



「瑞希ちゃん、去年同じことやってなかった?」

「えっ? そうだっけ?」

「私は覚えてるわよ。ハルトと同じのを使いたいとか言って、自分のと入れ替えて……琴音ちゃん本気で怒ってたわ」

「……あぁ~! あったあった!」


 比奈の問い掛けにポンと掌を叩く瑞希。


 俺も記憶にある。夏休みが明けてすぐの練習中の出来事だ。コラボカフェでお揃いのケースを手に入れて、結局それが瑞希と水族館へ行ったときに露見して。


 琴音がお手洗いに行っている間に、ケースを入れ替えたんだ。で、戻って来た彼女が結構な勢いでキレ散らかして、珍しく瑞希が真面目に謝っていた。



「いくら厚顔無恥に定評のあるノノと言えども、こればっかりは安易に弄ったり出来ませんよ。触らせてもくれないんですから琴音センパイ」

「ということは、ノノちゃんでも瑞希ちゃんでもないね。それを忘れていたとしても、同じ手口で、更に悪質にしたイタズラだもの」

「うむ。フツーにあたしじゃないぞ」

「もし嘘を吐いているとしても……瑞希ちゃんが似たようなイタズラをする筈が無い。きっと『同じじゃつまんねーだろ!』って言うもんねえ」

「えぇ~ビミョーな信頼のされ方~……」


 頬を引き攣らせる瑞希だが、つまりそういうことだ。琴音のドゲザねこ愛を知っているのなら、イタズラを仕掛けるとしてもスマホケースには手を出さない。


 これで三年組とノノは除外されたと言っても良いだろう。だがそうなると、残るは下級生組……このイタズラ選手権に与していない子ばかり。



「まさか……この子たちの誰かが……!?」

「残念だが、どうしてもそうなってしまうな」

「ホント捻くれてる奴ばっかねこのチーム……」

「その筆頭がなにを言う愛莉さんや」


「文香先輩。疑われてますよ、自分たち」

「みたいやなぁ……っ」

「そんなっ……わたしたちのなかに……!?」

「いやいや、アタシじゃないっスよ!?」

「……………………」

「Boooo! エンザイ、エンザイヤデー!」


 比奈の差し向けるスマホに映るは、まるで無関係だとばかりに訴えるすっ呆けた顔の六人。


 この中に残忍極まる犯人がいるというのか……? そんな恐ろしいことがあるのかッ……!?



「……良いでしょう。その方もきっと、私を気心知れた頼れる先輩として慕ってくれてる筈です。イタズラをしても問題無い……そう思ってくれるほど、私に好意的であるということで、一つ手を打ちます。しかし……っ!」


「……それとこれとは別の問題ですっ! 私のドゲザねこに手を下すことが、どれほど愚かなことか……身を持って反省してもらいましょうっ!!」


 ビシッと指を突き出しキメポーズ。

 良いぞ。カッコいいぞ琴音。珍しく。


 次回、衝撃の推理パート。続く。


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