784. 仁義なき悪戯《タタカイ》 PART10


「うぅ、どーしてアタシがこんな目に……ッ!」

「泣くほどのことか、って、えぇ。有希まで」

「琴音さんに疑われる日が来るなんてぇ……!」

「おーよしよし。可哀そうになぁユッキ」

『で、なんなのよこれッ! 完全に逮捕されたときに犯人が持ってるニュースでよく見るアレじゃない! 誰が用意したのよっ!?』

「……………………」


 名前入りのフリップボードをそれぞれ持たされている。マグショットというらしく、言うまでもなくノノの私物。何故持ち歩いているこんなもの。



「早々に六人まで絞れたのは幸運でした……次は状況証拠ですね。怪しい素振りを見せていた子はいたか、心当たりはありませんか?」


 唇に指を添えそれっぽく振る舞う琴音。

 段々カメラ慣れして来てるこの人。笑う。



「特に怪しい子はいなかったわね……練習中は誰も談話スペースに戻って来なかったし、やるとしたら練習前かしら」

「そういえば琴音ちゃん、着替える前にソファーでうたた寝していたよね。このタイミングでの犯行ってことかな?」


 愛莉と比奈が意見を述べる。土下座の回数では群を抜く愛莉と、数々の狂言で選手権を混乱へ陥れて来た比奈を全面的に信用するのも躊躇われるが……恐らくこれは正しい推理だ。


 

「そっか。くすみん今日は五限なかったんだよな。ハルもだっけ?」

「ん。ソファーで添い寝しとった」

「そんなキメ顔で仰られても」

「なんやノノ。羨ましいのか」

「はい」

「はいじゃないが」


 カーテンで防壁を作って二人きりでイチャイチャしていた。勿論えっちいことは無しで。ちょっと擽り合ったくらい。これ重要だから。何よりも。


 で、ノノを筆頭に二年組がやって来たタイミングでその場を離れ、俺は更衣室へ向かった。

 つまり……他の連中が合流するまでの間、二年組の三人にはアリバイが無かった……?



「ノノが関与していないとなると……文香はイタズラの件を知らないし、必然的にルビーが犯人ということになるな」

「ヒツゼーテキ?」

「オマエ、ハンニン。ハラキリ」

「¿Qué!?」


 思えばこの女、イタズラ選手権の開催を誰よりも喜んでいた。その時点でだいぶ怪しい。


 加えてスペイン人である彼女は、土下座という最敬礼を単なる面白いムーブと捉えている節もある。負けてもそれほどダメージは無いから、敢えて場を掻き回そうと……?



『正直に答えろ。ルビー』

『わたしじゃないわよっ! コトネが怒ったら結構怖いって知ってるもの! それともなに!? あの気持ち悪いケースをわたしが欲しがったとでも言うの!?』


「瑞希さん、彼女はなんと?」

「誰よりも尊敬している大好きなくすみんにそんなイタズラはしないって」

「えっ…………そっ、そうですか……シルヴィアさん、いつの間に私のことをそこまで……っ」


 ちょっと恥ずかしそうに両頬を抑えそっぽを向く。優しい噓は世界を平和にするのだ。良かった、琴音がスペイン語の勉強に本腰入れてなくて。


 ともかく、この反抗的な態度を見るにルビーの線はほぼ無いと言って良い。となると残る一年生の四人が候補となるが。


 普段の会話にさえ入って来ない小谷松さんはあり得ないとして……有希もまぁ無いよな。普段あれだけ琴音を慕っているし。あのボロ泣きが演技だったらもう何も信じられない。俺が引っ越すまである。



「琴音、基本へ立ち返ろう。一年を筆頭に新入りはイタズラの件を知らないし、上級生も可能性は低い」

「では、残っているのは……」


 一同の視線が集中する。かったるそうにマグショットを掲げていた真琴だ。序盤からいかにも興味無さげに振る舞っておいて、実はコイツ……。



「へぇー。そうなるんだ」

「なるほどね……わざわざ『Yeah!! Fu○k Yeah!!』を選ぶ辺り、真琴の可能性はゼロじゃないわ。こういうの好きでしょアンタ」

「心外だな。そこまで厨二酷くないって」


 お得意の澄まし顔で躱しに掛かるが、血を分けた姉妹たる愛莉の追及にも信ぴょう性がある。

 俺も同意見だ。英字のいっぱい入ったシャツ(チェーン付き)とか好んで買いそう。偏見だけど。



「自分だって琴音先輩のこと尊敬してますよ。ドゲザねこが好きなことも知っています……いやぁ、先輩の土下座は見たくないなぁ……」

「くっ……!」


 余裕のアピール。

 何故か悔しがる琴音。


 どうだろう。コイツ結構年上のこと(フットサル部の連中に限り)舐めてるし、なんとも言えないところ。というか真琴、その思わせぶりな態度は土下座見たい人の言動だぞ。小癪な奴め。


 うーん。しかし手詰まりだ。

 他に犯人候補も見当たらないし……。



「あれ……待って、くすみん。これバンクシーと同じパターンじゃない?」

「……瑞希さん?」


 暫く一人考え込んでいた瑞希が挙手。

 コイツが推理側なの超違和感あるな。



「犯人が負けたとしても、そそのかした奴は土下座しなくていいルールじゃん? だったら……あたしらのなかに黒幕がいてもおかしくないんじゃね?」


 世にも珍しい瑞希の論理的な発言に、琴音もハッと目を見開いた。談話スペースを一気に漂う謎の緊張感。


 ……確かにそうだ。あくまで対象は『実行犯』のみで、計画した人間は基本的に不問というのが選手権のルール。


 そもそも黒幕がいたケースで、犯人側が謝罪したことが一度も無い。バンクシー来訪事件のときも瑞希は土下座を回避している。


 いやまぁ、犯人側が土下座したケース自体ほとんど無いんだけど。いっつも被害者が被害者のまま終わってる。



「そういうこと、でしたか…………ふふっ。なるほど。犯人が分かりました」

「すげえな。もう分かったのか」

「ええ。実に単純なトリックです」


 うんうんと何度も頷く。難問を解き明かしたような自信に満ちた笑み。

 上級生に黒幕がいる可能性が示唆されただけだというのに、琴音は早くも真相へ辿り着いたようだ。いや、マジで誰?



「先ほどから妙に静かだと思ったのです。貴方のようなお調子者が、イタズラ選手権という恰好の獲物に食い付かない筈がありません……文香さん!」

「にゃんと!?」


 ズバッと指を指され、それはもう露骨なまでに目を泳がせる文香。

 身体全体を使って『ギクゥッ!?』を体現している。誤魔化すの下手くそか。


 ……思い返せばコイツ、イタズラ選手権の件を知らないは知らないけど……俺から説明を聞いたとき、ちょっと反応が鈍かったような。



「……誰に強要されたのですか?」

「にゃははっ……い、いったいなんのことやら……ひゅーひゅーひゅー………」

「そんなに口笛下手なことある?」


 確定だ。実行犯は文香。


 イタズラ選手権の発端となることを聞かされず、実行犯として仕立て上げられたと気付かないまま行為へ及んでしまったのだろう。琴音のドゲザねこ愛を知らないから、犯行に抵抗も無かった筈だ。



「いえ、分かり切ったことを聞くのもやめましょう……上級生による犯行の可能性を徹底的に潰そうとした方が、一人いらっしゃいましたね?」

「……まさかっ!?」


 比奈が掘り返した昔話。瑞希がスマホケースを入れ替えて琴音が怒った一件だ。このときアイツはまだ、フットサル部の一員ではなかった!


 ともすればのは一人しかいない! 上級生の可能性は低いという意見に便乗し、流れを固めたのも……全部コイツだ!!



「そう、貴方です! 市川さんっ!!」

「…………うわああああああああ゛ァァ゛アアアアアア゛゛!!??」

「返してくださいっ、私のドゲザねこ!!」


 今にも飛び掛かろうと詰め寄った琴音に恐れをなし、ノノは後退りと共に隠し持っていたスマホケースをひょいっと投げ飛ばす!



「ほわっ!?」

「ナイスキャッチ有希っ!」


 そして床へと蹲るノノ。フットサル部古来伝統の美しい土下座が決まった。これには一同どよめきと拍手。凄い展開だ。推理側が勝った!



「くう゛ぅぅゥゥ゛……ッ!!シルヴィアちゃんに矛先を向けた時点で、完全に勝ったと思ったのに……! 悔し゛いいイイィィー゛ーッ!!」

「勝手知ったる上級生であるという一点を除けば、そもそも市川さんにアリバイは無いも同然でした。自ら尻尾を晒しましたね……っ!」

「痛トア゛アアアァ゛ァァァ゛!?」


 序盤の『触らせてもくれない』という証言も結果的に穴となったわけだ。ずっとチャンスを窺っていたんだな。嫌な奴。


 結構なパワーで背中をバシバシ叩かれている。久しぶりに頭脳派な一面を見せてくれたのに、絵面が可愛くて恰好が付かない。子どもの喧嘩。



「文香さん、貴方もですっ! いつまで立っているのですかっ! 敗者には制裁を! それがイタズラ選手権のルールですっ!」

「ウチ巻き込まれただけやのにいい~~!!」


 半泣き(と言いつつほぼ変顔)でノノの隣に突っ伏す文香。酌量の余地もあるにはあるが、考え無しに琴音へ手を出した時点で失敗だったな……。



「ノノ。罰として一週間『Yeah!! Fu○k Yeah!!』使え。文香も同じの買ってやる」

「嫌ですよぉおダサすぎますってええええ!!」

「ウチの趣味が勘違いされるぅぅ~~!!」

「その心配は万に一つも要らん」


 文香はある意味で良い機会だろう。土下座してナンボだからな、フットサル部。これで立派な一員だ。おめでとう。



「姉さん、なんか言うことあるでしょ」

「はいはい、悪かったわよ……でも良かったわこの二人で。面白いだけだし」

「え~~つまんな~い。琴音ちゃんの土下座見たかったのになぁ~」

「実は倉畑先輩が一番怖くないっスか?」

「そーだよケイ。よく覚えておいてね」

「はい琴音さんっ、どうぞ!」

「有希さん、ありがとうございます……ああドゲザねこ、よくぞ帰って来てくれました……! 今日は一緒に寝ましょうね……っ!」


 愛猫を取り戻したことで怒りも収まり、すっかり機嫌を直した琴音。にんまりと微笑みケースに頬ずりまでしている。これはこれで気味が悪い……。



『ホントに変な趣味してるわよね。ヒロを好きになった理由が良く分かるわ』

『お前はなんなんだよずっとさっきから』


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