782. 山嵜高校サウナ部活動記録


「……………………そろそろか」

「いやあと一分……ここを耐えてこそ…………哲哉は無理しなくて良いからね」

「馬鹿こけぇ……ここで倒れたら今までの頑張りが…………アァ~~無理ィ死ぬゥゥ~~……」

「茂木先輩、無茶しないでくださいよ……ッ」


 自宅から電車に乗り三十分。他路線に乗り換え三駅。最寄り駅から歩いて五分。住宅街のド真ん中にこの『星空の湯』はある。


 東海道宿場町がモチーフなのだという、レトロな雰囲気がウリの地域では特に人気の大型銭湯施設だ。入浴料だけで1,000円取られる。高い。



 贅沢な露天スペースや炭酸泉、電気風呂、食事処も捨てがたいが、なんと言ってもイチ押しは多種多様な充実のサウナ。


 ノーマルサウナから低温サウナ、塩サウナ……オートロウリュの熱気とアロマから生み出される爽快感はこの上ない至福のひと時を演出する。今日は人が少なく客層も穏やか。静かで良い時間だ。



「にしても、廣瀬くんがここまで気に入ってくれるとはなぁ……」

「アパートの風呂は狭いし温度調整も難しいし、月に一回くらいは贅沢してもええかなって」

「誘ったら絶対来るしな」

「逆にオミはなんで付き合ってんだよ。お前サウナ嫌いや言うとったやんけ」

「……整っちまったのさ。ついに」

「なるほど……」


 日曜は例外なく他校との練習試合に励む山嵜サッカー部。夕方には解散して、サウナ愛好家の谷口はテツオミを引き連れ毎週のように訪れているそうだ。で、俺も暇なときだけ付き合っている。


 それほど興味は無かったのだが、春休みに一日だけ彼女らが誰も家を訪れず、加えてバイトも無いという完全フリーな日があって、そのタイミングで谷口に誘われたのだ。


 修学旅行の初日夜は谷口に無理やり付き合わされた形で、あまり楽しめなかったのだが……ちょっとハマり掛けている。谷口の丁寧なレクチャーのおかげで、ものの一回でへ達してしまった。



「克真。お前も無理せんでええよ」

「いえ、大丈夫ですッ……夏場の暑い試合とか、こういう経験をしておけば上手く動けるんじゃないかなって……良い経験です……ッ!」

「そんな目的でサウナ使う奴お前だけや」


 という具合で今年度最初のサッカー部・フットサル部合同サ活。更に今回から新メンバーが加わった。サッカー部一年の和田克真。


 テツオミを筆頭に上級生からは可愛がられているようだ。一年はフロレンツィアの特待組をはじめ調子ノリな奴が多いらしく、克真のような大人しいタイプが三人にとっても接しやすいのだろう。



「先輩、ホント良い身体してますよね。下だけじゃなくて上半身もガッチリしてるし、外国人選手みたいです」

「新しいメニューを取り入れてな。良い縁に恵まれたもんで……部の練習だけだとどうしても足りねえんだよ。一人でもやれることはやらねえとな」

「へぇー……流石先輩、やっぱ見えないところで努力してるんですね……」

「長瀬ちゃんが可哀想で仕方ねえよ」

「まったくですな~」

「……え、なんの話ですか?」

「なんでもねえよ。控えろ助兵衛共」


 三年生に一人囲まれても割と平然としている。まだ一か月にも満たぬ関係性だが、それぞれの人となりをなんとなく把握したのだろう。俺に対し過度に敬うことも無くなって来た。


 果てしなくどうでもいい話だが、このサッカー部トリオに混ざると何故か俺がボケ役に回ってしまうので、谷口と並びツッコミに集中してくれる克真の存在は非常に良い緩和剤となっている。ホントどうでも良いなこの話。



「…………よし。みんな出よう」

「あー長かったァァー……椅子空いてっかな~」

「テッちゃん。まずは水風呂だろ」

「えー。オレあれ苦手なんだよね~」

「まったく、サウナーの風上にも置けないな」

「いよいよオミが仕切り出してんのかよ」


 揃ってサウナを出る。向かうは露天スペースの水風呂。サウナからの水風呂、これを三回繰り返し、外に設けられたリクライニングチェアで寝る。


 夕方は込み合う筈だが、都合の良いことに俺たち以外サウナの利用客は誰もいない。

 ちょうど五人分用意されたゴザのリクライニングチェアに寝っ転がり、暫しの休息。



「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」


 すっかりお喋りする気も無くなり、全員無言のままディープリラックス状態。深い呼吸と共に意識は遥か遠くへと落ちる。


 鼓動や血流、自分の身体へ集中することで、雑念はすべて霧中へと消えて行く。これが俗に言う『整う』というやつらしい。


 ……あ~~気持ちいい~~〜〜…………。



「…………あのさぁ……」

「んだよ……喋んな……」

「……会長のことなんだけどさぁ……」


 隣のオミが朧げな声で呟く。ちょっと整ったくらいですぐお喋り始めやがって、サウナーの風上に置けないのはどこの誰だ……まぁ良い。少し聞いてやろう。



「……すごいんだよなぁ~色々と……」

「完全にロックオンされたよな……」

「いやぁ~嬉しいっちゃ嬉しいんだけどさぁ~……会長可愛いし、気が利くし……しかも可愛いし……」

「二度言う必要はあるのか……」

「まぁ実際、可愛くなくてもさぁ……誰かが自分のこと好きなんだって分かると、それだけで幸せって感じだよねぇ~~……」

「…………分かる……」


 話題は橘田会長へ。オミのかったるい恋愛相談……とも言い難いフリートークに乗るのも、このサ活ではよくある流れ。


 彼女も俺たちのことをとやかく言えない程度には、恋に溺れて周りが見えなくなるタイプだ。彼らとクラスメイトになったこの一か月だけでも、その徹底ぶりはよく知るところである……。



「会長って……あの三つ編みの?」

「おー、それそれ……一年でも有名なん?」

「そりゃまぁ生徒会長ですから……美人で評判ですよ。葛西先輩、あの人と付き合ってるんですか?」

「とのことですがオミちゃん、真相のほどは〜〜……?」

「そうは問屋が卸さねえってな……聞いてくれよぉテッちゃぁぁん……」

「聞くまでもないね~全部知ってるもんね~」


 猛アタックを仕掛ける橘田と、先のデートごっこ以降満更でもないオミ。高校生らしい健全なカップルのようだが、まだ交際関係へは至っていない。



「面白い子だよね、橘田さん……お弁当まで作って来てるのに『なんとも思ってません』ってわざわざ色んな人に言い触らしてさ……」

「ツンデレやろ。極めて正統派の」

「嬉しいんだけどさぁ……もっとこう、どっか遊びに行ったりさぁ、ちょっとえっちい雰囲気になったりとかさぁ……やっぱ期待するじゃん……?」

「ダーさんにそこを求めてもねぇ~……」

「…………セックスして~~……」

「そういうところだよお前は……」


 あくまでプラトニックな甘酸っぱい関係を目指している橘田と、今すぐにでも脱童貞を図りたいオミでは、一口に恋人と言っても微妙に求めるところが違う。それ故の発展の無さ。



「取りあえず告白すればええやん……あっちは正式に彼氏が出来て満足。オミもまぁ……そのうち機会はあるやろ」

「…………廣瀬ってさぁ……長瀬ちゃんとその辺どうなのよ実際……」

「ノーコメントで~~す……」

「良いじゃん教えてよぉぉ~~……!」

「プライバシーで~~す……」

「そう言うってことはさぁ~~やることヤってんだろぉぉ~~……?」

「なにも話しませ~~ん……」


 どれだけ整い尽くして頭が回らなくなっても、彼女たちとのアレコレを暴露する気は勿論無い。

 というか愛莉について話したら、全員分話さないといけなくなる。いくら気心知れた友人とはいえ、これは流石に。


 ……実のところ、今日も午前中は愛莉と一緒だったんだけどな……午後からバイトがあるのにすっかり忘れていたと、慌てて家を飛び出して行った。


 あんな調子で仕事になるのだろうか…………帰りに様子見に行こ。



「少し冷えて来たね……もっかい行くか」

「えぇ~また~~……!?」

「だから哲哉は無理して付き合わなくていいって。先に上がって休んでなよ」

「……それもヤダぁぁ~~……!」

「女子みたいな甘え方しないでよ。キモイ」

「ふぇ~~大ちゃんにキモいって言われたぁ~!」

「…………こういう軟派なところが逆にモテるのかなぁ……?」


「……先輩、オレももっかい行きます」

「なんも話さんで」

「いや、むしろ聞いて欲しくて…………その、早坂さんのことで、ちょっと」

「起きろオミ。可愛い後輩が悩んどるで」

「えぇ~~まだ話し足りないんだけどぉ~……」

「はいはい、聞いてやるよ……」


 帰りは遅くなりそうだ。今夜は誰も来る予定が無いし、こんな日があっても良いだろう。男臭い休日もまた乙なものである。


 しかし、若者らしいのかオッサン臭いのかいよいよ分からんな。こんな年でサウナにハマってしまうとは……楽しいから良いけど。


 〆にラーメンでも行くか。

 今日って有希働いてたっけなぁ……。

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