780. 峯岸先生のお悩み相談室(前)


(三月某日)



真琴「あっ。いた」


峯岸「……おう。長瀬妹か。どしたこんなところで」


真琴「入学の書類、出しに来ました」


峯岸「あー、なるほど。どうよ。一服するか」


真琴「しませんよ…………ホントに駐輪場で吸ってるんですね。しかも敷地の一番端っこまで行って、わざわざ。学校の中って禁煙なんじゃないんですか?」


峯岸「坂の下のコンビニまで行けってのかよ。お前らと違って教師はスクールバス乗れねえし、休憩のたびに小銭払って吸いに行きたくはないね」


真琴「まぁ、怒られないなら良いですケド」


峯岸「一本いる?」


真琴「いらないですって……中学生に煙草勧める教師がどこにいるんですか」


峯岸「ここに」


真琴「ホント駄目な大人の見本だな」


峯岸「んだよ。知ったような口利きやがって、練習生の分際で。ええ?」


真琴「一応半年くらいの付き合いでしょ……それに、あと半月で正式に教え子ですよ」


峯岸「……初めて会ったのが文化祭の学校説明会か。もう半年も経ったんだな……早いもんさね」


真琴「……隣、いーですか」


峯岸「匂い移るぞ」


真琴「仮にバレたとしたら、先生も道連れになるだけです。ご安心を」


峯岸「姉に怒られても知らねえからな」


真琴「ドン臭いんで姉さん」


峯岸「はいはい」



……………………



峯岸「誰から聞いた。私がここにいるって」


真琴「あの人以外にいないでしょ」


峯岸「それもそうか……お前もぜんっぜん敬語使う気無いのな。私は良いけど、他の教師には煙たがられるぞ。高校なんて面倒くせえ大人ばっかなんだから」


真琴「その方がさっさと仲良くなれるって、やっぱりあの人が言ってました。やめた方が良いですか」


峯岸「別に構わんが……で、なんか用?」


真琴「……まぁ、ちょっと相談というか」


峯岸「相談? なんで私に。よりによって」


真琴「自分で言わないでくださいよそーゆーこと……これもあの人の薦めです。案外頼りになるよって」


峯岸「案外って、アイツな」


真琴「どうでも良いんですケド、その……ジップライターってやつ?」


峯岸「ジッポ」


真琴「あの人のプレゼントらしいじゃないですか。早めのホワイトデーのお返しって聞きました」


峯岸「…………だからどっから仕入れて来るんだよ、そういう情報」


真琴「偶々買ってるとこ見掛けました」


峯岸「あ、そう……」


真琴「信頼されてるんですね」


峯岸「うるせえやい」


真琴「ちょっと嬉しいんでしょ」


峯岸「やまかしいわ」



……………………



峯岸「……で、なに。相談って」


真琴「……割と真面目な話なんですケド」


峯岸「おう」


真琴「喋り辛いんで、やっぱ敬語無しでいい?」


峯岸「好きにしろ」


真琴「……先生って、その……アレだよね。綺麗なのに女っぽくないっていうか、男勝りっていうか」


峯岸「アッ? 喧嘩売ってんの?」


真琴「いやだから、そーじゃなくて……なんていうか先生って、男っぽいけどちゃんと女性だよなって。なんか、ちょうど良い具合に」


峯岸「エライ抽象的にモノを言うな……別に、なんもしてねえよ。良い相手も居ないからな。着飾る必要も無いし……自然とこんな感じになった」


真琴「……なるほど」


峯岸「なにお前。男物の制服で学校通ってる癖に、女っぽくなりたいとか言うわけ?」


真琴「……まぁ、それなりに」


峯岸「だったら素直にスカート履いて来いよ。中学は知らねえけど、山嵜じゃ校則違反だぞ。厳密には」


真琴「そうなの?」


峯岸「もはや形骸化してるけどな。生徒手帳なんて誰も読んでねえし……私も一時期やってたけど、余計オトコを遠ざけるだけだぜ。程々にしとけ」


真琴「……え。先生って」


峯岸「卒業生。ここの」


真琴「マジで!?」


峯岸「アイツらに絶対言うなよ。特に金澤」


真琴「そ、それはまぁ……でもなんで?」


峯岸「一階の廊下に写真飾ってあるだろ。各部活のトロフィーと一緒に」


真琴「あぁ、あれか……写ってるんですか?」


峯岸「区の大会で優勝したときのな。よりによって一年の頃だから、芋臭くて仕方ねえ。さっさと撤去しろって言ってるんだけどね」


真琴「サッカー部のマネージャーだったんだっけ」


峯岸「マジで誰にも言うなよ。お前と廣瀬にしか喋ってねえんだから。あの写真を金澤が見つけようものなら……おっと、急に寒気が」


真琴「上着着ますか」


峯岸「だから、もう二度と着ねえよ。男物は」



……………………



峯岸「それでお前は、どっちになりたいんだよ」


真琴「……どっちだと思う。ただ……っ」


峯岸「ただ?」


真琴「…………あの人の前では、女っぽくなっても良いかなって、思うようになった。でも、今の自分じゃ全然足りないしっ……男のフリしてる自分も結構気に入ってるし。なんか、揺れてる」


峯岸「気にすんなそんなこと。アイツが気に入っているのは、カッコいいとか、可愛いとか、そんな小さな括りで見たお前じゃねえ筈さね」


真琴「……分かってるんですけどね。分かったつもりではいます。でもやっぱり、周りに綺麗な方ばっかで、自信失くしちゃいます」


峯岸「いらねえよ。自信なんて。誰かと肩を並べようなんて考えないことさね。本来の魅力まで失ったら元も子もないってわけさ」


真琴「……本来の、魅力」



……………………



峯岸「妹なんだろ。詳しくは聞いてねえけど」


真琴「……え、なんで知ってるんデスカ」


峯岸「アイツもアイツでお喋りなもんでな……とにかくだ。悩んでる暇があるなら、もっと積極的にアプローチする以外に無い。着飾る必要も無いさ」


真琴「……はぁ」


峯岸「早坂の嬢ちゃんから聞いたけど、卒業旅行、偶然にも同じ行先らしいな」


真琴「あー。秘密だって言ってたのに……」


峯岸「別に誰も咎めやしないさ。良い機会なんだし、有効に使ってみろよ。もう妹ポジションじゃ満足出来ねえんだろ」


真琴「…………そう、ですね」


峯岸「後輩とも女とも呼べない、どっちつかずで曖昧な存在。それがお前の最大の長所で、欠点でもある。だったら欠点だけ上手く隠して、賢く生きてみな」


真琴「……なる、ほど」


峯岸「そのままのお前を貫けよ。んでもって、少しでもアイツを揺さぶれたら……お前の勝ちってわけさね」


真琴「……やっぱり、カッコいいですね。先生」


峯岸「可愛げのある女に憧れたんだけどなァ」


真琴「良い女でもあると思います。間違いなく」


峯岸「はぁぁ~ガキに言われても嬉しくないね~!」


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