779. シルヴィア・トラショーラス・ペドロ=カステホンの正しい日本語講座


Reverso逆サイドよ!」

「キタキタぁ! って、あれッ!?」

No, no es asíだからそっちだってばぁ!?」

「分かんないっスよぉぉーー!!」


 今日の練習も仕上げのミニゲームとなった。慧ちゃんと小谷松さんが加入したおかげで5対5の編成を維持出来るだけでなく、二人ずつ交代で休憩出来るようになり更に効率良く回せるようになっている。


 ……が、ご覧の有り様だ。慧ちゃんの出したパスは比奈にカットされ、そのままカウンターを食らっている。


 不満げなルビーは慧ちゃんを呼び付け今し方のプレーに反省を促すが、サッパリ理解出来ていない。そりゃ当然だ。バレンシア語だもの。


 瑞希が間に入ってようやく内容を把握したようだが……日常生活ではともかく、プレー中はどうしても母国語に頼ってしまいがちな彼女だ。



「分かるけど喋れないってああいうことね」

「耳は慣れとるみたいやけどな。即座に日本語へ変換するのはまだ難しいんだとよ」

「あの語学力で今までどうやって日本で生活して来たのかしら……」

「ホンマそれな」


 愛莉も頭を悩ませている。普段のお喋りは俺と瑞希が間に入るし、何よりルビーの明るいキャラクターもあってなんら問題は無いのだが。


 試合中に連携が取れないのは大きなデメリットだ。いちいち通訳を介されないと指示が伝わないのは、ゲームスピードの速いフットサルでは致命傷。


 もっとも、今日の今まで一言の声も発しない小谷松さんにも同様のことが言えるが……まぁそれは一端置いておいて。



「ちょっと試してみるか」

「試すって、なにを?」

「まぁ色々と」


 練習後。この日は交流センターでのアルバイトだったので、一緒にルビーも連れて行く。まぁ何も言わなくても勝手に着いて来るけど。


 今日はサッカーは出来ないとファビアンたちに断りを入れ、彼女を遊戯スペースのテーブルに座らせる。特に説明もしていないので、ルビーは不思議そうな顔で俺の持って来た分厚い冊子を眺めていた。



『なあにそれ?』

『教則本。ルビー。今からバレンシア語禁止』

『なんでまた。ヒロなら分かってくれるんだから、別に良いじゃない』

『それに甘えて日本語喋らないのは問題やろ。今から簡単な受け答えやって貰うから、答えてみろ』

『その気になれば喋れるわよ。これにはちゃんと理由が……まぁ良いけど』


 自身の語学力を否定されたのが癪なのか、頬を膨らませご機嫌斜めな様子。よく強気に出られるものだ、お決まりの単語しか発しない癖に。まぁ良い、そこまで言うのなら証明して貰おう。


 いざというときに日本語が出て来ないのは、それだけ喋り慣れていないからだ。日常生活から徹底的に仕込む必要がある。


 今後いつまで日本にいるのかは分からないが、せっかくインターナショナルスクールではなく普通の高校に通っているのだ。フットサル部以外にも友人を作って欲しいし、いつまでも俺や瑞希に頼るわけにもいかない。



「おはようルビー」

「コンチハ! オハヨー! ネムイ!」

「お元気ですか」

「チョーゲンキ! ワッフルワッフル!」

「ワッフル……? まぁええか……えーっと。貴方の名前を教えてください」

「ワタシ、ルビー! スペインソダチノ、イーオーナ! クソビショージョ!」

「自分で言うなそんなこと」


 まずは鉄板。最後の余計な台詞はノノに仕込まれたやつだな。いつも文香と二人で日本語を教えているらしいが、果たして効果があるのか無いのか。



「貴方の趣味はなんですか」

「シュミ? ……Oh! Aficiones! ワタシナシュミ! ヒロ、カンサツ!」

「はい?」

「カンサツ! マシクハ、シカン!」

「ちょっと待て」


 これもノノの影響だ。恐らく『観察』と『視姦』を別の意味で教えられているのだろう。まさかこのままクラスで言い触らしてないだろうな……ッ。



『ルビー。観察はともかく、視姦は人前で言うようなことじゃない。相手を見つめて辱めるって意味やぞ』

「マジデ!!」


 目を見開き大声を挙げる。

 が、当人はさほど恥ずかしくもなさそう。


 どうだろう。瑞希やノノに劣らずボディータッチの多い子だし、俺を辱めるという意味では通じるものがあるのかもしれない。なんとも微妙なラインだ、実は分かってて俺を困らせているのか……ッ?



「ンンッ! とにかく、趣味! 他にあるだろ」

「Aficiones……Oh! アニメ!」

「えっ。初耳」


 今の今まで聞いたことが無い。普通にバレンシア語で話しているときもアニメが話題に挙がったことなんてあったか……?



「コレ! ベンキョーニヨイ!」

「うーん……まぁでも、日本語の使い方が分かるって意味では、映画やドラマを見るのと大差無いのか……」


 スマホの画面を差し出し見せて来る。有名なロボットアニメだ。何十年も前から続いているシリーズもの。俺は一切知らんが。


 いやしかし、ロボットアニメって結構特徴的な台詞とか、専門的な言葉が多いんじゃないか? もっとこう、比奈が良く話している日常系アニメとかの方が向いているんじゃ。噛み合わないだろクラスの子と。一定の層しか食い付かないぞ。



「誰に教えられたんだ?」

「フミカ! フミカ、ランバラルスキ!」

「いや知らんけど」

「ザクトハチガウンヤデ! ザクトハ!」

「何故に関西弁」


 こっちは文香の影響か。アイツ、昔からよく分からないアニメ見たり漫画集めたりするの好きなんだよな。ああ見えて結構なサブカル趣味。


 アパートにも相当な数の漫画を持ち込んでいる。遊びに行ったとき読んでる。狂○郎とこ○亀と静か○るドンが全巻ある。好みが謎。



「好きな食べ物はなんですか」

「タベモノ……スキヤナギュードーン!」

「またピンポイントな」


 これは予想出来た。練習後に駅近の店で買って帰ってる。可愛い見てくれに反してジャンキーなものばっかり食べている印象だ。琴音に負けず劣らず。


 運動部の男子なら食い付くだろうけど、女子の反応は鈍いよなぁ。日本語云々ではなくて、そもそもの女子力が低いんじゃないかコイツ……。



「仲の良い友人は誰ですか」

「ナノ!!!!」

「誰だよ」


 相変わらずノノとナナで混合している。間違って覚えていた名残で、今も時折ナナと呼んでしまうようだ。そしてさっきからシンプルにナ行が下手。



「ノノのどこが好きですか」

「ビショージョ!」

「顔だけかい」

「シカモ、キョニュー! エロイ!!」

「…………」

「タイキョーニヨイ!!」


 いつの間に孕んどんねん。


 どうやらノノと文香のせいで、相当偏った日本語と知識を叩き込まれているようだ。しかもリスニングだけ生半可に出来ちゃってるから、変に勘違いされそうで怖い。もう手遅れかも分からぬ。


 無理強いさせるのアレだが、暫くはバレンシア語禁止で生活させて、真っ当な日本語を磨いて貰おう。そして標準語を話す講師を付けよう。


 適任はやはり比奈か琴音……いやでも、比奈は性的なフレーズを隙あらば忍ばせそうだし、琴音みたいなカチコチの敬語になられてもな……うーん、適任が居ない……。



「じゃあこれで最後な。好きな人は居ますか……って、なんやこの質問」


 教則本通りに話していたら変な質問が出て来た。初対面の挨拶のシーンだろ、なんでこんな入れ込んだ質問が用意してあるんだ。誰だ作ったやつ。思春期か。



「スキナヒト…………モチロン、ヒロ!」

「……え。おう。ありがと」

「アイシトルデ!!」

「お、おん」


 ここぞとばかりに満面の笑みで答えるルビー。これも恐らくノノか文香の仕込みだろう。こんなニッコニコで愛してるとか言わんだろ。普通。



「ヒロ、イツモヤサシー! ダガシカシ、タマニウザイ! オンナノテキ!」

「半分はお前が原因だよ。あと最後のは俺より問題のある奴が居てだな」

「デモ、ソーユートコ、ケッコースキ!」

「……お、おう。そうか」

「ウザイケド、ワタシナコト、ダイジニオモテクレトル! ダカラ、アイシトル!」


 手に顎を乗せクスクスと微笑む。

 まるで俺の反応を楽しんでいるかのよう。


 なんだその舐め腐った態度は。ええ? 片言の日本語で俺をドキドキさせられると思うな。お前なんて所詮ただのルビーなんだよ。クソめ。


 ……どっちなんだ。これ。さっきのやり取りより明らかに流暢だし……コイツ、もしかして本当はかなり日本語上達してるんじゃ。


 いや待て、告白の台詞だけ予め練習していたという可能性も……でも、だとしたら今の台詞もなにを言っているのかちゃんと把握した上で……ッ?



「ンフフッ♪ ヒーロ♪」


 すっかり立場が逆転し、余裕綽々のルビー。

 分からない。なにが正解なんだ……!?


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