767. わー!!
「セーラちゃん! 追い付けるっスよ!」
少しはしゃいだように叫んだ慧ちゃん。盟友からの声援に応えんばかりと、傷一つ無い新品のシューズを力強く踏み込み、小谷松さんはサイドを駆け上がる。
比奈から供給された鋭いロブパスは中々のスピードだった。背後を取られた白石摩耶も振り返るや否や、これは流石にタッチラインを割るだろうと安堵に肩を撫で下ろす。
と、思ってるんだろ?
だったら見当違いだな。
さっきの弥々への対応を見ていなかったのか?
彼女の本領はここから。スタートは勿論のこと、スピードに乗ってからが……これがまた速いんだよ!
「おー、拾った……ッ!」
「ウソぉぉッ!?」
口々に叫び、驚いた様子で目を見開く川崎英稜男性陣。パスはコーナーアーク付近まで流れたが、ギリギリのところでトラップしてみせた。足裏を駆使した決して簡単ではないプレーだ。良いぞ!
「落ち着いてッ! 周りをよく見ろ!」
勢い余ってコートの外まで出てしまうが、それでも小谷松さんはまだフリーの状況だった。視線の先にはゴール前で構える慧ちゃん。
白石摩耶はようやく自陣へ戻って来たところ。そのまま持ち込んでシュートでも面白い。というか、他に選択肢は無いだろう。土居がパスカットを狙っているし、俺も比奈もまだ敵陣へ入れていない。
「聖来ちゃん、シュートっ!」
「自分で決め切るんだっ!」
頼れる同輩の声も背中を押し、拙いボールタッチながらも着々とペナルティーエリアへ侵入。角度はやや狭いが撃ち切れる筈。
「……っ……!!」
左脚を振り被り渾身のシュート。相手の女性ゴレイロが飛び出して来たが、僅かに小谷松さんのインパクトが上回った。悪くないキックだ、入るか!?
「あーっ! 惜しい~!」
「まだや! 慧ちゃんっ!」
運悪くまたもポストに嫌われる。本人以上に残念がる比奈だったがチャンスは終わっていない。リバウンドを拾ったのは慧ちゃんだ。
「おっ、マジ……!?」
「だりゃああああああああーー!!」
土居を背負った後ろ向きの難しい場面だが、慧ちゃんは臆することなくボールへ噛り付く。想像以上のフィジカルに土居はやや面食らっている様子。
ここ数日ほど瑞希と付きっきりで特訓した、ポストプレーの成果がしっかり出ていた。背後から圧を受けるが怯まずに身体をぶつける。
「慧ちゃん、こっちだよ!」
すぐさま比奈が近寄りフォロー。慧ちゃんはホッと張り詰めていた肩を撫で下ろしバックパス。
そう、それだよ慧ちゃん。顔を上げるのが大事なんだ。足元ばっかり見てると余裕が無くなっちゃうだろ?
でも大丈夫。一人だけでゴールを決めるのは誰でも難しいんだ。辛いときは味方を頼れば良い。大事なものを預けるんだ。そしたら返って来るから、信頼の二文字が。目に見える分かりやすい形で。
しっかり見てろよ未来。
これがお前に足りないものだ。
「やりぃっ! コーキ、カウンタ――」
「させないよぉっ!」
「ふぎゃああァァッッ!?」
トラップ際を狙い接近していた弥々を、比奈は巧みなボディフェイントから反転しいとも簡単に振り切ってみせた。
クッションを失いまたもコートに突っ伏す弥々。いい加減可哀そうになって来る頃だ。自業自得だが。
コート中央から組み立て直し。左サイドでパスを受けると、すぐさま弘毅が寄せて来る。少し窮屈だな。広げてみるか。
「なんなんだよお前はッ! 前にアカデミーでやった時と全然動き違うんだけど!!」
「あれが全力だと思ってたのか?」
「ハァ!? キレそうなんだが!!」
足裏を軸に反転、混乱真っ只中の弘毅と目が逢った。別に手を抜いていたわけじゃないさ。あのときも全力のつもりだった。
環境だよ。弘毅。俺一人で気張っても仕方がない。この伸びしろたっぷりの少女たちに囲まれれば、イヤでも成長してしまうのだ。心も身体も。
そういう意味ではお前を含めファーストセットの四人には、致命的に足りないものがあるのかもしれない。さて、一体なんだと思う?
「比奈、スイッチ!」
「おっけー!」
中央へドリブルで切れ込む。サイドへ流れていった比奈を横目で確認し、更にもう一段階ギアを上げる。弥々は着いて来てないな。
「無理するな弘毅ッ! 3番は私が見てる、遅らせ…………なぁッ!?」
「エーーなにそれェェーーーー!?」
ボールへ乗っかりクルリと一回転。
着地と同時に踵で押し出す。
先ほど未来が見せた裏街道を参考にさせて貰った。サイドでフリーになっていた比奈にピタリ。フローリングのコートは最高だ。ボールが滑るから小さな挙動で思い通りにパスが走ってくれる。楽し過ぎ。ニヤニヤしちゃう。
「比奈っ! シュートです!」
最後尾の琴音が叫ぶ。弥々はようやく起き上がった頃で、土居も慧ちゃんに付いているから寄せはどうしても遅れる。圧倒的フリー。自由の身。
川崎英稜のゴレイロは同じ女性選手が前半から出ずっぱりだが、正直あまり上手くない。比奈の技術を持ってすれば仕留められるだろう。しかし。
「止まれ聖也! パスだっ!」
「おっと……ッ!?」
鋭い小さなモーションから繰り出されたのは、ファーポストを目指したグラウンダーのクロス。
比奈を潰すか慧ちゃんへのパスを警戒するか。思案の末に前者を選んた土居だがこれが裏目に出る。結果的に曖昧なポジショニングを取ってしまった。
期待通りだ、比奈。自分が目立つことも出来たのに、敢えてそれをしない。自ら一歩身を引くことで最高の結果を引き出してみせる。まさに彼女だけが持つ異能。派手さは無くとも、誰にも負けない立派な個性。
「慧ちゃんっ!」
「……ううぉりゃああああああああ!!」
豪快なスライディングでボールへ突っ込んでいく。あまりの圧力にゴレイロは腰が引けてしまっていた。
身体のどこに当たったかも分からない。そのままネットを突き破らんばかりの体当たり。だが、ボールはゴールマウスの中へ。
ナイスガッツ。
そして、ナイスゴールだ!
「いったたたた……あ、あれっ? ボールは!? ボールはどこっスか!?」
「ゴールの中だよ、慧ちゃん!」
「…………わー!! ホントだー!!」
ぴょこんと立ち上がり比奈と喜び合う慧ちゃん。時を待たずして唸るような歓喜の叫びが山嵜ベンチから沸き起こる。
ようやく同点か。結果が出るまで随分と掛かったものだ……まぁでも、このタイミングが最良だったかも分からないな。アイツのことを考えれば。
「楽しそうですね」
「なんや。比奈が待っとるで」
「あとで幾らでも機会はありますから……さっきのパス、どうやったんですか? 一瞬でボールが消えたみたいでした」
「俺を誰やと思っとんねん。俺やぞ」
「それが根拠になってしまうのが怖ろしいですね……まったく、貴方は」
歓呼の輪には加わらずこちらへ寄って来る琴音。比奈に出したトリッキーなパスに驚いているようだが、本題ではないだろう。
「初めからこれが狙いだったんですね。貴方が一人で引っ掻き回すように見せ掛けて、三人の特徴をギリギリまで隠してみせた、というわけです」
「流石は優等生。悪くない考察や」
及第点といったところか。別に隠そうとしたつもりはない。三人の良さを一番良い形で引き出すために最も効率的な案を選んだだけのこと。
まぁでも、少しくらいは自分を褒めてやっても良い。この役目は俺にしか出来なかった。ゴールになったから手放しで喜べるけど、内心ヒヤヒヤしてたよ。
「あのっ、廣瀬先輩……っ!」
「おー。最初のカウンター、マジサンキューな。期待通りの活躍やで」
「そろそろ見慣れて来たとはいえ、あれは驚きました。チームで一番の快速かもしれませんね」
「えへへへへへっ……」
わざわざ褒められに来たのかトコトコ駆け寄って来る小谷松さん。最後に結果を出したのは慧ちゃんだが、彼女のビッグプレーも勿論見逃せない。一気に流れを掴むことが出来た。
「次は小谷松さんの番や。やることはさっきと一緒。走って走って走りまくって、何度でもトライしよう。出来るな?」
「へえっ……! がんばるよ……っ!」
頭をポンと叩くと、ズレ掛けの眼鏡がポトリと落ちてしまい慌てて拾い直す。今度スポーツ用の眼鏡を買わせよう。なんかの拍子に割っちゃいそうで怖い。
さてと。結果が出たのは良いとして、切り替えないとな。まだまだ同点だ。川崎英稜も更に強度を高めて来るだろう、油断は禁物。
だがこのまま試合が進むのなら、後半の主導権はウチのものだ。ゲームが終わってしまう前に、ファーストセットの四人は気付くだろうか。
仮に気付いたとしても、俺たちの優位性に変わりは無い。個の融合に際しては一歩上を行っているのだ。そう簡単に流れは傾かないだろう。
(ったく、いつまで一匹狼気取ってんだよ)
コートの脇で大人しく体育座りしている例のアイツ。内心如何なほどか。
次のゴールのときは、お前もベンチの輪に混ざれるかな。それとも今日のヒーローとしてみんなに祝福されるのがお望みか?
どっちでも構わないけど、まだまだ足りないものがある。それに気付けたら、もう一度。いや、何度だってチャンスをやるよ。ダメダメ堕天使さん。
【後半3分22秒 保科慧
山嵜高校3-3川崎英稜高校】
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