768. 意味分からん
川崎英稜は選手を入れ替えるようだ。先ほどからまったく試合に馴染めていない弥々を下げ15番を投入。
前半に同点ゴールを決めた子か。セカンドセットの中ではやや抜けた選手なのだろうが、比奈なら問題無い相手の筈だ。
こちらも微調整。同点劇の主役ではあるが、流石に疲れが見え始めた慧ちゃんはここでお役御免。
前線で身体を張るプレーは疲労も溜まりやすいし、時間の経過と共に向こうも慧ちゃんに慣れて来るだろう。
「ナイスゴールやったでホッシー! まっ、あとはウチに任しとき」
「よろしくっス世良先輩! ……ホッシー?」
「絶対に名前で呼ばへんからな!」
「何故に!?」
そのまま文香がピヴォの位置に入る。あだ名くらい統一してやって欲しい。そういうところで個性出すから変に浮くんだよお前は。
だがしかし、この状況に限って文香の登場は大きなアドバンテージとなる筈だ。同じ前線の選手ではあるが、慧ちゃんとはまったく異なる特徴を持つ彼女。
「にゃっふふーん♪ やーっと一緒のコート立てたなあ、はーくん!」
「言われてみればそうやな」
踊るようなステップを踏み、ユニフォームの裾を摘まみ上げ一回転。ご機嫌だ。偶にこういうことすると可愛いから困る。
春休みの練習試合の時点では未加入だったから、チームメイトとしてコートに立つのはこれが初めて。
昔はピッチとスタンドで歴然たる距離があったというのに、随分と近付いて来たものだ。色んな意味で。
「ちゃんと見といてや。なんも考えんとケツ追っ掛けて来ただけやないって、バチっと証明したるわ。ウチの華麗なゴールで!」
「そういうのは求めてねえけどな」
「んなこと言うて~。ホンマは嬉しいんやろ~?」
「まぁ、割と」
「素直でよろしー!」
会心のグータッチ。本当は凄く楽しみにしていた。練習のミニゲームでも中々同じチームにならなくて、ずっとヤキモキしていたんだ。期待して待ってろ。最高のパスを届けてやる。
感傷に浸るのもほどほどに試合再開。ホイッスルと同時に文香は一気にギアを上げ、最後尾の白石摩耶へ猛然とプレスバック。
「落ち着け摩耶っ! まずはラインを押し上げるぞ! 無理なら切って良いから!」
「わっ、分かっている!」
弘毅がポゼッションに加わり低い位置でのパス回しが続く。互いに2-2のシステム、前半と同じミラーゲームの様相。
(流石に浮足立ってるな……)
妹のポンコツぶりに隠れてはいるが、後半の出来は摩耶も惨憺たるものだ。俺相手にまったく歯が立たず、初心者二人にも出し抜かれ明らかに動揺している。
コーナーアーク付近でパスを受ける摩耶。すぐさま文香が追い込むようにプレッシャーを掛ける。体勢が悪く縦に出したパスはラインを割った。
恐らく前に立っていた小谷松さんが目に入ってしまったのだろう。あの子の守備レベルを考えれば、一人で持ち出して打開するくらいなんてことないだろうに……目に見えて視野が狭まっているな。
「ちょっと、ねぇね! そーゆーフワッとしたプレーが一番ダメでしょ! なにやってんのよ!」
「うぐっ……!?」
ベンチに下がった弥々から厳しい声が飛ぶ。まるで他人事のようだが、お前の尻拭いしてたせいでこんなに疲弊しているんだぞ。ちょっとは申し訳ないと思え。
だが事実、白石摩耶はもはやフィクソの基本的な役割は勿論、供給役としても機能していない。弘毅も下がったせいで前線でタメが作れずラインも下がる一方。
「そうそう、良い動きだよ聖来ちゃん! サイドに追い込むのっ!」
「へえっ……!」
前線から降りて来た15番を小谷松さんが捕まえる。足元の技術では前者に分があるが、素早い寄せに遭い簡単にはプレー出来ない。
後ろの摩耶に戻そうとしたが、これを狙っていた文香にカットされた。トラップに失敗し川崎英稜のキックインにこそなったが。
(こうなれば実力もなんも関係無いな……流れが悪過ぎる。これをひっくり返すのは相当難しいぜ、弘毅)
チェイシング、特に出し処を限定するような守備は文香の十八番でもある。加えてシンプルにスピードのある小谷松さんが前線から追い回すのだから、落ち着いたパス回しなど到底叶わない。
当然二人とも体力には上限があって、いつまでも続くわけでは無いのだが……逆に言えば、時間を限定しその間だけしっかり仕事をこなして貰えば、川崎英稜には打開する術が無くなってしまう。
しかもパスワークの中心である摩耶があれだけグラついているのだ。短い時間でも十分にチャンスを作れる……こんな風に!
「弘毅っ!」
「こっちだ!」
小谷松さんの守備を振り切り一気に縦へ展開する摩耶。弘毅がタッチライン沿いを走り抜けるが、ボールはラインを割った。自陣でのキックイン。
ここからが早かった。チャンスに繋がらず天を仰いだ弘毅を見て、比奈はすぐさまボールをセットし琴音にバックパス。守備陣形はまだ整っていない。
「陽翔さんっ!」
「それやッ!」
地を這うミドルパス。センターサークルで構えていた俺の懐へズバっと通る。場内からはどよめきが。
琴音が攻撃に関与したのはこれが初めてだ。先ほどから守備の良い場面は何度もあったが、あんなに鋭いパスを出せるとは誰も思っていなかっただろう。
舐めて貰っちゃ困る。一年近くマンツーマンで教え込んでいるんだ、培って来たのはゴレイロの技術だけじゃない。
「ちょっ、速ッ……!?」
「走れ、小谷松さんっ!」
素早いターンに土居は着いて来れない。土居と15番の間を突いたスルーパス。広大なスペースの先には、またも小谷松さん。
トラップはやや流れるが、さっきよりも良い位置で顔を上げることが出来た。ゴール前には文香が走り込んでいる。
「こっちや、じゃじゃ丸っ!!」
「ファーでも良いよっ!」
と、背後から比奈も突っ込んで来た。アイコンタクトを交わし、二人はクロスするようにポジションを入れ替える。ニアに比奈、文香がファーだ。
摩耶はどちらを見るべきか未だに迷っており、15番も帰陣が遅れている。どうする小谷松さん、どっちに出してもアシストが付きそうだけど。
「げえっ……!?」
「あらまぁ」
ひょろひょろのキックは15番にカットされてしまう。
どっちつかずな意思の無いにパスなってしまった。
そうか。小谷松さん、プレー始めて一か月とちょっとなのか。あまりにも馴染んでいるもので忘れていた。基礎技術はもっと磨いて貰わないとな。
あまり落ち込まないでくれ。これからキミはどんどん上手くなる。そのスピードがゴールへ直結する日も遠くは無い筈だ。
併せてもう一つ。
チャンスはまだ終わっていない。
「はーくん! セカンドっ!」
転々とペナルティーエリアを漂う零れ球。一番近いのは俺だが、弘毅も土居も全速力で突っ込んで来た。ゴリ押しで奪い切るつもりか。
させないけどな。
何度だって言うよ。俺やぞ。
「ちょ、強ッ……!?」
「クソぉっっ!!」
力には力を。両腕をいっぱいに広げ二人を纏めて制する。腰を捻った振り向きざまのシュートは、間一髪のところで戻って来た弘毅の右膝に当たった。当たるっていうか、当てたんだけど。
ディフレクション、ボールは天高く舞い上がる。良い具合に浮いてくれた。ちょうど15番の頭を超えるくらい。我ながら巧過ぎて笑っちまうわ。
ご褒美だ、文香。
初ゴールおめでとう。
「――おっしゃああああああああ!! 決めたったでええええ!!!!」
「文香ちゃん、ナイス!」
「姉御おおおお!!」
右足ボレーで地面へ叩き付けた一発がネットを揺らす。ゴレイロは一歩も動けなかった。見栄えの良いダイナミックなゴールだ。
練習中もそうだけど、プレゼントパスは外す癖にこういう難易度の高いやつは決めるんだよな。文香らしいと言えはそうかもだがこれはこれで課題である。まっ、今は野暮な話か。
またも見届け人となった比奈と喜び合い、歓喜に沸くベンチへ走り出す。これで逆転。対照的に静まり返っている相手ベンチとの対比が実に美しい。
「……狙ったのか? 今の」
「あん。なにを」
「もっと早く撃てただろ。俺が脚出すまで我慢して、わざとディフレクションさせて、10番に決めさせた……とか言い出したら泣いちゃうオレ」
「まぁな。ちと出来過ぎやけど」
「マージで意味分からんコイツ……ッ」
多量の汗を拭い顔を引き攣らせる弘毅。
それに気付けただけ大物だよ、お前も。
実行出来てしまう俺はもっと大物だけどな。
「…………す、すごい……ッ」
力の無い呟きが聞こえた。完全に戦意喪失している白石摩耶でも、ベンチで地団駄を踏んでいる弥々のものでもない。コートの脇で一人ポツンと立ち尽くしている彼女。
少しは理解出来たか。ただ上手い奴と最後に結果を残せる奴とでは、決定的に違いがあるんだよ。まっ、俺もこの一年でやっと気付けたんだけどな。
「どうよ、聖堕天使ミクエル。身体がウズウズして堪らんやろ。なあ」
「…………てくれ……ッ」
「あ? なんや、もっとデカい声で言え」
震える声色。汗か焦りか、額に滲む焦燥。
言い出しにくいのは分かっている。今までの横暴な態度を顧みるまでもない。この期に及んで下手に出るのも辛かろう。
でも、今ここで勇気を出さなかったら、挽回するチャンスすら無いんだぜ。やりたいことがあるなら、ハッキリと口に出して、伝えてみろよ。
「……頼む、出してくれ……! こんな面白いゲームで自分だけ除け者だなんて、耐えられない……ッ!」
「タダでってわけにもなぁ」
「なっ、なんでもする! なんでもするからッ! 変なことしないから!! お願いします、出してくださいッ!! お願いします!!」
ピッタリ90度の美しいお辞儀。土下座はもうすっかり見慣れてしまったから、こっちの方が真面目さが感じられて逆に良い。
敬語、使えるんかい。
初めからそうしとけ。まったく。
【後半7分06秒 世良文香
山嵜高校4-3川崎英稜高校】
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