764. 制御出来ない


「おっ。やっと出て来たな! 久々だねえ、面と向かって話すのも半年……下手したら一年ぶりとか?」

「調子に乗るな出来損ないの愚兄が。この期に及んで貴様と相容れるつもりは無い……ッ!」


 後半開始直前。ユニフォームが無いのでビブスを着たまま出て来た未来を見つけ、兄の弘毅が嬉しそうに駆け寄るが、呆気なくスルーされている。


 微笑ましい兄妹の再会とはいかないようだ。相変わらずだねえ、と頭をボリボリ引っ掻き、弘毅はこのように語り出した。



「やっぱ親父の件が気に食わんのかねえ」

「少し話聞いた。中々苦労しとるんやな」

「オレは良いんだけどね。好きに暮らしてるし。未来は母親、オレと胡桃は親父に着いてったからさ。元々は親父の不始末が原因だし、なんで浮気した馬鹿親の肩を持つんだって、そんな感じよ」


 両親のダブル不倫の縺れで、現在は三兄妹離れ離れで暮らしているという栗宮一門。


 結果的に母親も不貞を働いていたのだから同じようなものだが、そもそもの原因を作った父親に着いて行った弘毅に思うところがあるようだ。


 確かに未来の奴、川崎英稜と練習試合をすると聞いて一定のリアクションは示していたが……決して嬉しそうな顔ではなかったような気も。



「昔から胡桃にべったりだからな。元々大して仲良くも無いし、こんなもんよ」

「……そうか。悪いな試合中にこんな話」

「いんや別に。元気にやってるなら問題ナシってわけさ。久しぶりにアイツの泣きっ面見るのも楽しみだったモンでね!」


 今度は白石弥々とギャーギャー言い争い。直近の生意気極まりない言動とさほど変化は無い。

 多少のリスクは目を瞑っての投入とはいえ不安なものは不安だ。自信に満ちた弘毅の小癪な笑みも引っ掛かる。



「悪いけど、アイツの特徴は誰よりも理解しているんだ。勿論短所もな。あのじゃじゃ馬を乗りこなせたら大したモンだよ」

「まぁな。正直に言えば賭けではある」

「弥々に至っては未来専用機みたいな奴だ。アイツの更正に協力してくれるのは有難いけど……あんまり甘やかしても良いこと無いぜ?」


 すぐにどういう意味か分かるよ。そんな言葉を残し弘毅は自陣へ戻って行った。

 このタイミングでの未来投入も織り込み済み、対策は万全というわけか。


 予想通り川崎英稜はファーストセット。

 個の力で殴りに掛かって来るようだ。


 新顔が多いこちらの面子を見て、女性監督もホッと息を撫で下ろしている。前半は愛莉や瑞希の個人技に散々悩まされたからな。自然な反応だろう。



「それで陽翔さん。どうするんですか」

「どうするって?」

「栗宮さんはともかく、保科さんと小谷松さんはまだまだ初心者の域を出ません。あまりにも不利な構成かと……貴方のことですから、何かしら勝算があるとは信じていますが」

「じゃ、今度は俺の賭けに乗って貰おうかな」


 身体をグイグイ伸ばしキックオフの笛を待ち構える慧ちゃん。どことなく落ち着かなそうにスタンドをキョロキョロ見渡す小谷松さん。


 琴音が心配になるのも頷ける。弥々と取っ組み合いを続けている煩い未来も合わせて、不安なのは俺も一緒だ。



「作戦は無い」

「はい?」

「強いて挙げるなら、俺が頑張る。琴音もなるべく前に出て、ラインを高く設定してくれ。出し処が無かったら適当に蹴ってええ」

「……それは世間一般で言う無茶振りでは?」

「かもな。まっ、気楽に構えてろ」


 望外の返答に頬を引き攣らせる琴音であったが、言葉通りに受け取られては困る。いやまぁ、お前に関しては言った通りにプレーして欲しいんだけど。



「一年ズ集合! 慧ちゃん、最後にもっかい復習。基本的な立ち位置はどこ?」

「先輩のちょっと前の方っス!」

「おっけー。小谷松さんの仕事は?」

「右サイドを上下に走りまくる……じゃな?」

「カンペキ。で、未来。お前がやるべきことは?」

「フンッ。命令されるまでもない。想い感じるまま、コーニッシュ・ペールゼンの理に導かれ……堅固なるイシュタルの城門をこじ開けるのみ……!」


 ツインテールを颯爽と振り払い意味深げに微笑む新人類。栗宮未来。


 やはりなにを言っているのかは分からないが、だいたいニュアンスで分かる。分かるようになって来た。なってしまった。歓迎したくはない慣れ。



 要するに、それぞれの持ち味を存分に発揮しろという話だ。慧ちゃんはゴール前で高さを活かし、守備では最初の防波堤となる。


 小谷松さんには徹底的にロングボールを供給し右サイドを絶えず走り回って貰う。そして未来は、一にも二にもドリブル突破だ。



「すべての責任は俺と琴音が取る。どれだけミスしても構わない。もし失点しようものなら、試合後に琴音のおっぱいを好きなだけ揉んで良いぞ」

「陽翔さんっ!?」

「わっはーっ! それ超興味あるっス!!」

「くっ、楠美先輩の……!? …………ちいといらってみてーかも……」

「ほう。我の崇高な人体実験に寄与したいとな。その万感の勇気だけは認めてやらんことも無いが!」


 あわあわし始めた琴音のフォローは後で幾らでもしてやるとして。最初の五分。いや三分。一分だけでも良い。


 三人の余りある個性をぶつけて、ファーストセットの出鼻を挫くのだ。先の作戦会議でも出たように、一見強固な守備網に見えるが一人ひとりにフォーカスするとそうでもない彼ら。



(根っからのフットサルプレーヤーである前線の三人。守備の立ち回り自体は基本に忠実な白石摩耶。この面子だからこそ付け入るスキがある……)


 後先考えない大博打というわけでもない。フロレンツィアの連中とやり合ったときと同じ要領だ。


 両チーム共に経験者が大半を占めていた前半序盤はよく言えば試合になっていたが悪く言えば。互いにセオリーを守ろうとして、無意識のうちに守りに入ろうとした故の凡戦。


 事実、彼らがバランスを考慮せず攻め込んで来たのは最序盤の弥々による特攻のみ。

 恐らくあれは様子見だった。こちらの守備ブロックが如何ほどの耐性か試させたのだろう。


 そして、腰が引けた。想像以上に整備された守備を持っていると判断し、敢えて重心を落とし撤退戦を仕掛けて来たのだ。



「後半、始めます!」


 主審のホイッスル。山嵜のキックオフで後半がスタート。センターサークルに入った慧ちゃんが拙いキックですぐ後ろの俺へと戻す。



(やっぱりな……!)


 一気にラインを押し上げて来た。ハーフタイム中のウォームアップを見ただけでも、慧ちゃんと小谷松さんが初心者なのは誰から見ても明白。


 未来が自陣でのパス回しに参加するわけがない。俺さえ潰してしまえば一気にゴールへ近付く。そう判断してのハイプレスだ。



 教えてやる。俺たちが苦戦を強いられたように、相手と噛み合わないことがどれほどの困難を伴うのか。無自覚の刃ほど恐ろしいものはない。


 ついでにもう一つ。

 噛み合わないのはこの三人だけじゃない。

 アクが強いのは俺も一緒だ。


 後ろからコントロールするのも面白いけどな。やっぱり本職じゃねえわ。身体が訴えるんだよ、好き放題やらせてくれって。



(馬鹿言ってんじゃねえ。個性的? トラブルメーカー? 手に負えないじゃじゃ馬? ハッ、そりゃ結構なことで……俺を差し置いてよう言えたモンやな!)


 もはやこのチームで出来ることはそう多くない。纏め役はうってつけの奴が何人もいるし、頭を使う仕事はもっと適任がいる。

 大声出して気を引き締めたり、笑わせて場を和ませるのも、やはり俺の仕事ではない。非常にシンプルな答え。


 圧倒的な違いを作り出す。

 敵も味方も、すべて支配する。

 

 廣瀬陽翔が、廣瀬陽翔であること。

 俺にしか出来ない。

 俺だけが出来る、最高の仕事がある――!



「ううぇぇッ!? なにそれ!?」

「今度こそ教えてやるよ……ワールドクラスってモンをなッ!!」


 アウトサイドで深く切り返し、ワンプレーで弘毅のチェイシングを振り払う。急にボールが消えたみたいで不思議だろう?


 ところが俺も不思議なんだ。ボールが足に吸い付いているみたいで。映像を見返しても、我ながら気味が悪いと思う。


 弘毅、お前のリアクションは正しい。

 自分でも制御出来ないイカレた才能。


 だったら、誰が止められるんだ――?



「着いて来いよ、一年共ッ!!」


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