763. 出ずっぱりの釘


「良く気付いたな琴音」

「一番後ろから見ていますから、それくらいは」

「偉いぞキャプテン。帰ったらご褒美やな」

「……いっ、いらないです、そんなの」


 ぐにゃんと緩み出した頬を両手で引っ張り律する琴音。一気に雰囲気が柔らかくなった。これはこれで良くない、甘やかすのは後にしよう。



「ほんならウチもとっておき教えたろか? はーくん、このプレーやねんけど」


 琴音に対抗でもする気か、文香も端末を操作しある箇所で映像を止める。序盤に愛莉と白石摩耶がやり合ったシーンだ。



「ここと、さっきのPKになったとこも一緒や。あの6番あーりんのフェイクに着いて行けてへんで。一発噛まされると急に身体張らんくなっとる」

「ふむ。確かに」

「ベンチから見とっても、あんまり前に出えへんとバランス取りたがっとる印象やな。後ろ向きの守備が得意とちゃうんやないか?」

「なんや、詳しいな」

「しおりんも似たようなモンやったしな。元々ボランチの選手やし、6番も根っからのディフェンダーって感じちゃう気がするわ」


 ドヤ顔が止まらないご機嫌の文香である。手放しで褒めるのも気乗りしないが、元々は他のチームにいた彼女なだけあって、双方の長所短所をクリーンな視点で見れている。良い傾向だ。


 愛莉と白石摩耶のタイマンなら前者に分がある。贔屓目無しの事実だ。実力者であることに違いは無いが、完全無欠に見える主将にも欠点はある……。



「廣瀬さん! 発言いいですかっ!」

「おう。挙手制ちゃうし好きに喋れ」

「あのっ、失点のきっかけ作っちゃったわたしが言えることじゃないとは思うんですけどっ……」


 ミスに付け込まれたのをまだ少し気にしているのか、表情はやや暗く見える。が、真琴がポンと背中を叩き、代わりにこのように続けた。



「気負い過ぎだよ。兄さん、有希もセカンドセット相手なら十分やれてた。当たり負けもしないし、パスコースもしっかり見えてる。願わくばシュートの一本くらい撃って欲しかったケドね」

「まぁ、確かに試合には入れていたな」

「言っちゃなんだけど、技術はそんなに高くないよ。あの四人を除いてね。監督の指示通り丁寧にブロック作ってるから、上手くカバー出来てるケド」


 真琴は自信満々だ。お前こそ土居に出し抜かれているんだから危機感持てよ、とは流石に空気読めなさ過ぎなので言わないけど。


 だが実際その通りだと思う。初心者に毛が生えたレベルの有希でも、専門的な指導を受けている川崎英稜の選手たちに引けを取らなかった。

 技術的には部の最下層である有希が通用しているのだから、真琴には相手にすらならないだろう。ルビーだって臆せずプレー出来ていた。


 ……買い被り過ぎていたかもな。


 監督とプレーヤーの戦術的不一致。実力差のある二つのセット。彼らが抱えている問題は想像以上に根深いのかもしれない。

 ファーストセットの圧力に気を取られて、もっと単純でシンプルなところを見落としていた。


 更に言えば、ファーストセットにさえ補い切れない穴が、欠点がある。逆転の糸は幾つも転がっている……。



「ハル。あたし思うんだけどな」

「お、おう?」

「向こう、ビビってるよ。めっちゃ」


 ……ビビってる?


「試合前に言ってきたじゃん。ハルと試合出来るなんて光栄だって、わざわざキャプテンが。10番も似たようなこと言ってた。あっちも同じだよ。スコアはリードしてるけど、基本は押される展開……劣勢覚悟で入って来てる」

「……それが?」

「先制ゴールのときも、セカンドセットはこっちのパスワークに着いて来れてなかった。腰が引けて自陣でミスって、そのまま失点……どう思うよ、長瀬さんや」


 いきなり話を振られた愛莉も相手ベンチを一瞥し大きく息を吐くと、少し勿体つけてこのように語る。



「……うん。私もちょっと思ってた。確かに上手くて強いチームだけど……ハルトも言ってたでしょ? ベンチと意思疎通が取れてないって。上手い人たちとセカンドセット、監督の考え方に差がある……でも、それだけじゃない」

「それだけじゃない?」

「こういうチーム、常盤森にいたときも当たったことがあるわ。苦しいときに立ち返るスタイルが無いから、どこかで崩れると歯止めが利かない。ファーストセットは個の力でここまで踏ん張ってるけど、それが出来なくなったら……」

「……どこかで破綻する」

「思えば不自然なほど喋ってたわ、白石さん。見るからに生真面目な性格でしょ。アウトプレーで相手とお喋りするようなタイプの人じゃないわ」


 確信を得たように頷く愛莉。

 瑞希はしたり顔でウインク。


 そうか……川崎英稜も俺たちの力を恐れているんだ。もしかしたらここまでリード出来ているのも、こちらが力を温存しているからと思っているかも。


 実際はそうではない。チーム全員で組織的に戦うことに固執して、一人ひとりの個性を消してまでスタイルに拘った……俺の責任だ。



「ハルト。ちょっとだけ無理してみない? 確かに守備のバランスが崩れるのは怖いけど……そういうチームじゃないでしょ、私たち」

「……せやな」

「全員で戦うのは確かに大事よ。みんなが活躍して、みんなでフォローし合うのが理想……でも、それだけじゃダメなときもあると思う」


 ……はぁ。そういうことか。

 頭固すぎる。また忘れていた、大切なこと。


 メンバーが一気に増えて、栗宮のような問題児を抱えて……チームのバランスばかり考えて、一番の強みを自ら手放し掛けていた。


 山嵜高校フットサル部の強み。

 んなもの語るまでもない。


 誰からも打たれないまま伸び伸び育って来た、飛び切り歪で魅力的な出ずっぱりの釘。

 荒々しい個性の集合体。飛び出まくって外に迷惑掛けてばっかり。


 それが偶に、信じられないくらいピッタリ重なって、とんでもなく鋭利な武器になる。

 散々迷惑掛けて、温情塗れでなんとか転がって来た不格好な集団。


 ともすれば、あとは覚悟次第。

 最後の最後まで迷惑掛けてみますか。


 で、同じくらい迷惑掛けてくれ。

 それくらいの尻拭いはしてやる。

 

 先輩だからとか、三年生だからとか、経験があるとか、そんなの関係無い。チームの一員、同じ景色を志す仲間のためなら当たり前のこと。


 ただ支え合うだけがチームじゃない。互いに凌ぎ合って、時にぶつかって……ゴテゴテの角を削って削って、ようやくぴったりハマるんだ。

 今までもそうだった。最初から俺たちはチームだったわけじゃない。



「……勘違いしたわ。なんもかも」

「へっ。気付くの遅せえよばーか」


 なりたてホヤホヤのゲームキャプテンがしたたかに笑う。彼女だけではない。

 みんながみんな、とっくにチームのために出来ることをやってくれていた。


 本当の意味で、俺はまだみんなをチームメイトとして信頼出来ていなかったのだと思う。だからわざわざ役職まで割り振って、勝手に安心していた。


 それがまったく無駄だったわけではないけれど、本当にその過程が必要だったのは、他でもない俺だったのだ。嗚呼、情けない。すぐ振り出しに戻るんだから、やってらんねえわ。


 でも、気付けた。またもギリギリで。

 闇雲に転がっていただけではない。

 みんなの意志で手繰り寄せたんだ。


 駄目だ、上手い言葉が見つからない。とにかく最高に良い気分だってことだけ明記しておこう。その証明は後半、コートで見せてやる。


 

「……慧ちゃん、小谷松さん。後半頭から行くぞ!」

「わおっ! ここでっスか!?」

「難しい指示はなんもねえ。とにかくシュート撃ちまくって、ゴールだけ目指せ。先にコート出て身体暖めてくれ」


 大喜びでビブスを脱ぎコートへ駆け出していく慧ちゃん。小谷松さんを慌てて彼女を追い掛ける。


 二人を試すのは当初の予定通りだが、この切迫した状況、劣勢だからこそ、二人のポテンシャル、余りある個性が必要なんだ。


 型にハメるのではない。ありのままの彼女たちが強力な武器になる。流麗なパスワークも組織立ったディフェンスも、知恵比べも。今は必要無い。


 そしてもう一つ。どうせ誰も扱い切れないんだ。だったらほったらかしのまま、どうなるか見てみようじゃないか。

 


「……出番やぞ、栗宮未来ッ!!」


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