762. 言葉の綾
【前半終了 ハーフタイム
山嵜高校2-3川崎英稜高校】
ハーフタイムもベンチは騒がしい。アイシングで箇所を労わりながら皆思い思いの意見をぶつけ合う。後半まで僅か十分。有効に使いたい。
前後半15分は非常に短い時間に聞こえるが、ボールが外に出ている間は時計が止まるプレーイングタイム方式のため、前半だけでも試合時間は30分近い。メンバーを入れ替えながらでも疲労は溜まる。
加えてラスト五分から川崎英稜のプレッシングはセットを問わず凄まじいものがあった。精神的な負担も否めない。
「陽翔くん。さっきの失点シーンなんだけど……陽翔くん?」
「あぁ、なんでもねえ」
iPadのメモアプリを交えて比奈が先のミスについて総括している。が、正直なところ話半分だった。反対サイドのベンチが気になる。
やはりファーストセットの四人は白石摩耶を除き、女性監督の指示をまともに聞いていない。セットごとに意思統一が出来ていないのなら、その隙を突いてミスマッチの場面を作れれば良いが……。
「むうー。陽翔くんっ?」
「えっ……あぁ、悪い。なんやっけ?」
「もうっ、やっぱり聞いてなかった。そんなに向こうの選手が気になるの? それとも可愛い子でもいた?」
「試合中にそんなこと考えねえよ……」
「じゃあ終わったら声掛けるんだ。ふーん」
「言葉の綾と言うものがありましてね倉畑さん」
話を聞いていないのがバレたのか、比奈は頬を膨らましややご立腹であった。
俺が誰彼構わず手を出すような言い方はやめろ。間違っているとも断言出来んが。
いけないいけない。相手の出方を探るよりも、まずは自分たちの修正からしていかないと。相手本位の受動的な戦い方になっては駄目だ。
とはいえ、ここまでウチの戦い方に問題があるかと言えば、決してそんなことは無いんだよな。ほんのちょっとツキが足りなかっただけというか……。
「で、センパイ。スタートはどうするんですか? またファーストセットですか?」
「……ちょっと考えさせてくれ」
「ほほー。珍しいですねセンパイにしちゃ。いっつも相手の弱点なんて試合始まって数分で見抜いてしまうというのに」
「俺やって全知全能じゃねえんだよ」
茶化すようなノノの口振りが今ばかりは鬱陶しい。別に疲れているわけでもないのに、頭がちっともロジカルな方向へ傾かない。試合勘が足りないのだろうか。
(基本的な戦い方は同じ……陣地関係無しにノータイムのプレッシング。ファーストセットは状況を見てディレイして来る。白石弥々を除き背も高い、力で押し切るには俺と愛莉じゃ人手が足りない……いや、俺が前に出たら誰が弘毅を見る?)
まともに崩そうとしても前半序盤と同じ流れを繰り返すだろう。俺一人でなんとかしようにも、狭いコートで弘毅や土居ほどの実力者を前に必ずしも打開出来るという保証は無い。自信はあるが。
女性陣とミスマッチの状況を作り出すにしても、白石摩耶の的確なコーチングと男性陣のフォローがそうさせないだろう。ともすれば……。
(全員で取り切るには……)
俺ともう一人。今日は真琴のフィーリングが今一つだし、やはりノノか。二人で弘毅と土居を引っ張り出し、愛莉を前で張らせて摩耶を釘付けに。瑞希になるべく良い状況で受けて貰って、弥々の守備の穴を突く。これが定石か。
一つ穴を作ればこちらのパスワークも今以上に機能するだろう。セカンドセットも真琴と比奈が中心になれば相手のそれを上回れる筈だ。
『なによ。おっかない顔しちゃって』
『黙ってろ。真面目に考えとんねん』
『それくらい見れば分かるけど、あんまり考えすぎてもこんがらっちゃうわ。パパもいっつも言ってるわよ。幸運に縋るのもまた一つの戦略だって』
『それで成功した試しがねえんだよ……』
ルビーは励ましているつもりだろうがおいそれと賛同は出来ない。チェコが策を投げ出したときの勝率はまぁまぁ悲惨なのだ。
戦略家みたいな風貌だけど案外ロマンチストで、司令塔に攻撃のタクトを全部任せて結構な失敗をしている。
タレント不在を逆手に取りハードワークを売りにしていたチームでは好成績だったが、セレゾンでは外国人選手に依存し過ぎて結果が出ず解任されている。
俺をトップに引き上げようとしたのも半分は心中のつもりだったのだろう。当人は『タレントに頼るのが悪い癖でね』とか言って反省もしない。
一人の傑出したエースや個に頼るスタイルは必ずどこかで息詰まる。それを回避するためのこの練習試合だ。
全員がどこかしらで戦力になる。そういうチームを作らなければならない。皆の個性をパズルのように嵌め合わせて、より質の高いチームに……。
「廣瀬先輩ッ! 前半までビデオで撮ってたんスけど、見てみますか?」
「え……いつの間に」
「セーラちゃんがこーゆーの詳しいんで!」
小谷松さんが前半の様子を撮影してくれていたようだ。気持ち申し訳なさげに端末を手渡して来る。ストーカー時代に蓄えたIT知識というわけか。変なところで役に立つな。褒める気は一切無い。
「どう? なにか掴めそう?」
「お前も俺を神かなんかと勘違いしてねえか……? 数秒見ただけで分かるわけねえやろ」
「せやかてはーくんやしなぁ~」
「乗り掛かるな。軽いけど重い」
愛莉と文香が後ろから端末を覗き込む。同点ゴールのシーンだ。上手いことミスマッチの状況を作り出して、瑞希が個人技でサイドを打開した。
やはり先ほど考えたプランが正攻法か。まずノノに白石弥々を引っ張り回して貰い、疲弊したところで真琴にスイッチ。ルビーでも面白そうだ。
「あっ……待ってください。陽翔さん、このシーンなのですが……」
「え。どこ?」
「ここ、です」
琴音がグローブを嵌めたまま指をさす。同点に追い付いた直後、真琴が土居に振り切られチャンスを作られた場面か。
特にこれといって指摘する要素は無い、というより真琴の守備意識の問題だと思うが……。
…………いや、待てよ。
「なんで構えていないんだ?」
最初からクロスを予想していたかのようなポジショニングだ。一応ニアも切ってはいるが、これではシュートを撃たれたら反応出来なかっただろう。
「シュートは飛んで来ないと、分かっていました。必ず逆サイドにパスが来ると思って、ここに立っていたんです。届きませんでしたが」
「……なんで?」
「この10番、一度もシュートを撃っていません。ここぞという場面まで温存しているのかと思いましたが……」
視線は相手ベンチへ。やはり暢気に床へ寝っ転がり、シューズもソックスも脱いで弘毅と談笑している土居聖也…………あっ。
「足首にテーピング……?」
「ふーん。結構ガッチガチに巻いてるね。怪我でもしてんのかな?」
「あれじゃマン振りは出来ねえな……」
瑞希の目が怪しく光る。あれほど強く固定された状態ではパスはともかく強いシュートは撃てなくても不自然ではない。琴音はそれを見抜いていた……?
「彼だけではありません。この試合、ゴールを決めているのは一点目を除いて、すべて9番の男性です。他の選手がシュートを放ったシーンは……」
「序盤の白石摩耶のミドル……失点以外で撃たれたのもそれだけ。シュート数に限ればこっちは……」
得点シーンを含めれば既に10本は撃っている筈だ。単なる決定力の差、川崎英稜の抜け目なさを象徴するデータのようにも見えるが。
「10番に限っては本当に偶然の産物でしたが。パスを出したあとに足首を気にしていたんです」
「だとしても思い切ったな……」
「ただでさえ不利な体格です故、頭を使わないと守れませんから。よほど自由な状態でないとシュートは飛んで来ない……分かっていればなんてことはありません。幾らでも対策のしようがあります」
「ついにくすみんにも守護神の自覚が……!」
「変なところでギャンブラーだよねえ琴音ちゃん」
「兄さんに感化されたんじゃないデスカ」
「男が出来ると変わるもんなんですね~」
「ノノが言うと妙に説得力あって嫌ね……」
自信が付いて来たのは結構なことだが、あんまり胸を張らないで欲しい。気が散るから。アンダーシャツ着てても揺れるものは揺れるんだよ。
そうか。撃たないんじゃない、撃てないんだ。
純正のストライカーである弘毅でさえドフリーの場面以外ではポストプレーに徹している。俺やみんなでコースをしっかり塞いでいるから、琴音の出番がほとんど無かった。
……不思議だ。映像で見ると更に違和感がある。俺が試合中に覚えた感覚とまるで違う。思ったより戦えているな……。
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