761. 説明になっていません


【前半13分58秒 長瀬愛莉


 山嵜高校2-2川崎英稜高校】



「っしゃああああっ!!」

「ナーイス長瀬ッ!」


 右サイドからのグラウンダークロスに左足で詰め、愛莉がネットを揺らした。

 これで再び同点。愛莉にしては地味なゴールだが、前半のうちに追い付けただけ結構なことだ。瑞希とハイタッチを交わし喜び合う。


 試合が一気に動き出した。1-1となった直後、川崎英稜はファーストセットに戻し逆転を狙って来た。

 山嵜も真琴だけを残し俺と愛莉、瑞希の三人を再投入したが、流れの悪さを引き戻すまでには至らず。


 中盤で真琴がボールを失い、そのまま10番の土居にゴール前まで運ばれ万事休す。折り返しを弘毅に沈められ1-2。


 だがこちらも負けてはいない。瑞希が白石弥々とミスマッチの状況を作り出し、強引に右サイドを突破。最後は愛莉が仕上げのごっつぁんゴール。これが前述の同点弾。



「悪いね姉さん。尻拭いさせちゃって」

「礼は試合の後で良いわ。それよりあの10番、ちゃんと捕まえてて。さっきから全部後手後手になってるわよ」

「そりゃなんとか出来るならそーしたいケドね……兄さんほどじゃないにしろ、結構やるよあの人」


 純白のアウェーユニをたくし上げ汗を拭う真琴。プレータイムはまだ10分にも満たないが疲労の蓄積は明白だ。見据える先は弘毅と白石摩耶から指示を受ける姿勢の悪い背番号10番。


 アカデミー出身の本懐と言ったところか。川崎英稜の土居聖也だが、ここまで見事な司令塔ぶりを発揮している。巧みなポジショニングに質の高いボールタッチ。とにかくミスが少なく、奪い処が無い。


 瑞希が白石弥々とマッチアップしているので、土居を抑えるのは真琴の仕事だ。だがこの数分間、彼の掴みどころの無い動きに真琴は苦しい対応を強いられている。対格差の影響も無視は出来まいが。



「聖也ッ! 仕掛けるんだ!」

「ほいほーい」


 川崎英稜のキックオフでリスタート。

 白石摩耶がすぐさまサイドの土居に預ける。


 中央で弘毅、奥で弥々が頻りにパスを要求しているが、渡す気は更々無さそうだ。対峙する真琴からスルスルと逃げるようにタッチラインへドリブル。



「いや~上手いな~……」

「お気遣いドーモ!」


 暢気な口振りとスローリーな身のこなしとは対照的に、繰り出されるタッチは鋭利かつ俊敏。縦に行くのか、中へ切れ込むのか一見では予想が付かない。苦々しい面持ちの真琴。


 彼女には悪いが、言ってしまえば真琴の上位互換のような選手だ。すべてのプレーが高いレベルで纏まっていて、常に複数の選択肢を持ち合わせている。


 相手の一番嫌がるプレーを見抜き、最も効果的な場面でカードを切る。後出しじゃんけんだ。これでは勝負にすらならない。



「来るぞ真琴ッ!」

「あっ、やば……!?」


 コンマ数秒の出来事。弘毅がパスを受けに近付いたのが横目で見えていたのだろう。それが不味かった。一瞬の気の緩みを土居は見逃さない。


 曖昧な位置取りをしていた真琴の股下を巧みに通し、一気に縦へ突破。サイドを抉りゴール前へ侵入。そのままフィニッシュか……!?



「ふぎゃァァッッ!?」

「軽い軽い、軽すぎるッ!!」


 選択したのはラストパスだった。ファーへ飛び込む弥々へ斜めのグラウンダークロス。琴音がギリギリ飛び出せない場所を狙った憎いアシストだ。


 だがこれはぴったりマークに付いていた瑞希がカット。片手一本で小柄な弥々を制してみせた。そのままブッ飛ばされコート外でゴロゴロ転がっている。滑稽。



「行ったれ長瀬ッ!」

「任せて! 真琴、切り替え!」

「分かってるよ!」


 今度は山嵜のカウンター。ゴールに背を向けコート中央でパスを受ける愛莉。背後には白石摩耶。今日何度目かというシーン。


 サイドを疾走する真琴。これを囮に使い愛莉は反対へとターン。強引に白石摩耶を剥がしシュートまで持ち込むつもりだ。



「グっ……!?」

「負けるかああああああああっ!!」


 背丈はさほど変わらない二人だが、体幹の強さは愛莉が上回る。練習中も克真と互角以上に渡り合うような奴だ。女相手にそう負ける筈が無い。


 ほとんど白石摩耶を引き摺り回すような格好で、力づくでゴール前へと突進していく。技術もクソも無いゴリ押しだ。まったく、頼り甲斐しかない!



「いけるよ愛莉ちゃんっ!」

「わおッ! 出ました十八番!」


 ベンチの比奈とノノが驚嘆の声を挙げる。右足を振り抜くと見せて、ほぼ直角に切り返すシュートフェイント。愛莉の得意技だ。


 これも類稀なゴールへの執着が為せる業。フェイントだと分かっていても身体が反応してしまう。俺ですら偶に引っ掛かる。


 シュートに備え脚を投げ出した白石摩耶は、当然このキックフェイントに着いて行けない。何が起こったのかと目が点になったまま、身体はコートへ沈んで行った。


 これで完全にフリー。背後から弘毅が追い掛けているから右に持ち替える余裕は無いだろうが、向こうのゴレイロの実力はそれほどだ。左でも撃ち抜ける。これは決まった!



「――ファール! プッシング! 六つ目です! 川崎英稜、第2PK!」


 突然のホイッスル。タッチラインから主審がコートに入り、自陣の白いスポットを指差した。


 どうやら白石摩耶を振り切った際に愛莉の腕がユニフォームを掴んでいたようだ。正当なプレーに見えたが、厳しく取られたな……チャンスを逃してしまった。



「……第2PK?」

「まさか知らないとか言わないよな」

「……ごめん。なにそれ?」


 喜び合う川崎英稜ベンチをポカンとした顔で眺めている愛莉。いや、今まで機会が無かったとはいえ、基本的なルールだろ。今更説明させるな。



「ファイブファールだよ。早い時間にファール5回してたっしょ? ほぼ市川が」

「で……私のが6回目?」

「6回目以降のファールは全部第2PKになるんだよ。その白いスポットなんのためにあるのか知らんかったの? ばかなの? 死ぬの?」

「あ、あははははっ……」


 呆れ顔で肩を落とす瑞希に愛莉は乾いた笑いを浮かべるばかり。電光掲示板の赤いランプが五つすべて点灯している。


 フットサル独特のルールだ。ペナルティーエリアの外にある、ハーフコートの真ん中辺りにある白いスポットが目印。

 ゴールから10メートル離れたところから行われるPK。普通のペナルティースポットとは別枠だから、第2PKである。



「前半終わる直前だっただけマシや。後半になったらファール回数はリセットやからな……愛莉、琴音にあとで謝っとけよ」

「うん……アイスおごる」

「そういうことではなく」


 PKなので勿論相手の邪魔は出来ない。壁も作れない。キッカーとゴレイロによる一対一の勝負だ。普通のPKより多少距離があるとはいえ、ゴレイロが圧倒的不利であることに変わりはない。



「琴音。仕事やぞ」

「あの、すみません。私も細かいルールを把握していないので、何が何だか」

「今からもんの凄いシュートが飛んで来るから、頑張って止めてくれ」

「説明になっていませんが!?」


 キッカーは弘毅が務めるようだ。まぁ妥当な人選だろう。不文律も存在しなければゴレイロが女子だろうと関係無い。

 流石にノープレッシャーの弾丸シュートを止めろとは酷な相談か。少しアドバイスしてやろう。普通に可哀そうだし。



「サッカーと違って、ライン上から動いても良いんだ。前に出てコースを消すのもオッケー。どうするかは琴音次第やけどな」

「……しかし、前に出たらそれだけ……」

「顔に当たる可能性もある」

「うぐっ……!?」


 普段から俺や愛莉のシュートを受けてある程度の耐性は付いているだろうが、男子の全力のシュートに立ち向かうのは勇気がいるだろう。


 だが絶対に止めれないということも無い。

 ゴールは小さいし、身体のどこかに当てれば。



「頼むで、チームキャプテン」

「…………やれるだけ、やってみます」


 頭をポンと叩くと、大きく息を吐き力強く頷く琴音。人一倍の勇気は誰もが認めるところだが、さてどうなるか。



「琴音ちゃんっ、ファイト!」

「センパイ! おっぱいブロックですよ!」

「むしろチャンスやことちー! 色仕掛けやで!」

「琴音さーーん!!」


 ベンチからも矢継ぎ早に声援が飛び交う。ホイッスルが鳴り弘毅が走り出した。


 すると琴音。ライン上から猛烈なダッシュでスポットへと駆け出し、大きく身体を開く。コースを制限するのか。良いぞ、ナイスガッツだ!



「――あっ……!?」


 ボールは宙を漂う。弘毅が繰り出したのはストレートな一発ではなく、琴音の頭上を狙うチップキックであった。


 前に出れば出るほどゴールはがら空きになる。必死に腕を伸ばすが小柄な琴音では手が届くはずも無く、ボールはゆっくりとゴールへ吸い込まれて行った。


 ホイッスルと共に歓喜に沸く川崎英稜ファイブ。ちょうどブザーが鳴った。前半終了の合図だ……やられた。これは上手い。



「ひゅー。女相手にパネンカかよ。容赦ねーな」

「下手に声掛けんとけば良かったわ……」

「これは仕方ないでしょ。切り替えるよ兄さん。ほら、琴音先輩も!」


 攻めっ気の裏を掛かれしょんぼり落ち込んでいる琴音を真琴が引き起こし、一同ベンチへと戻る。フットサル部史上初の、ビハインドで迎えるハーフタイムだ。


 うーん……決して悪い内容じゃないんだけどなぁ。ちょっとずつ上手くいかないところがあって、それが全部失点に直結してしまっている……。



「どうするハルト? 向こうはそのうちセカンドセットに切り替える筈だし、私たちが出続ければ……」

「いや、それじゃ意味がねえ。負ける気は更々ねえけど、あくまで練習試合や。全員試さねえと次はもう公式戦……全員で闘って結果出すんだよ」

「……そう、ね。そうなんだけど……っ」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る