760. ハメに行く


 同じタイミングで川崎英稜もゴレイロを含め何人かを入れ替えインプレーへ。

 これといって目立った動きを見せる選手は居ない。やはりファーストセットの四人とは大きな差があるようだ。


 右サイドでパスを受け顔を上げる有希。背後の比奈へ戻し縦へ駆け上がる。比奈はすかさず横の真琴へ展開。



「マコくーん!」

「ナイストラップ有希っ!」


 コートを斜めに横断するフライパス。大きく脚を伸ばしラインギリギリでコントロール。良いトラップだ。狙ってやったわけではなさそうだが。

 一枚剥がせばビッグチャンスだがドリブルで仕掛ける技術は無いし、中央で構えている文香が目に入ればというところ。


 ……ん?



「ひゃあっ!?」

「っと、危ねえ危ねえ!」


 女同士の攻防に割って飛び込んで入ったのは、ベンチで戦況を見守らず遊んでいた弘毅だった。いつの間にか他の女性選手と交代している。


 巧みに足裏をボールを引き出し自陣から蹴り飛ばす。そして全力ダッシュでベンチへ戻り、再び先の選手と交代しコートを去って行った。


 インプレーでの最中でも交代は可能だが……ワンプレーだけこなしてすぐに引っ込むとは、そんな荒業があったのか。タイミングの妙が必要とはいえ、アレを何回もやられるとちょっと面倒だな。



「自陣に籠る必要は無いぞ! 前からドンドン潰しに行くんだっ! パスコースを消せば何かが起こる!」


 ベンチサイドからは白石摩耶のコーチングが飛び交う。セカンドセットの面々も少しずつ硬さが取れてきたようだ。あまりポジションは気にせず、次々とボールホルダーへ襲い掛かる。


 一方で例の女性監督だが、活気を増して来たコートの様子とは対照的にやや渋い表情。隣に立つ白石摩耶へ鈍い視線を送っている。



「やっぱりまだ噛み合ってないのね、選手と監督の考え方が。これなら二点目もすぐに……」

「いや、それはどうかな」


 愛莉の言うことももっともなのだが、話はそう簡単に進まない。真琴とラインを組みパス交換を図る比奈だが、表情に焦りが見えて来た。


 素早いプレッシングに遭いコースを潰され、有希を目指したパスはタッチラインを割る。すぐに琴音と文香が声を掛け、比奈も気丈に応えるが……。



「流れ変わったな」

「えっ……そう?」

「さて愛莉。あの監督がやろうとしているスタイルがどういうもんか、ちゃんと口で説明出来るか?」

「スタイル……? まぁ、アレでしょ? 前からプレス掛けてハメに行くショートカウンター……っていうか?」


 真琴が中央でボールを奪い最前線の文香へくさびのパス。だが背後からのチャージでバランスを崩し簡単に奪われてしまった。


 川崎英稜のカウンター。サイドで比奈が一人晒される。一対一の勝負を制し再びタッチラインへ逃げるが、危ない場面だった。

 このシーンだけでなく、段々とこちらの切り替えのスピードが落ちて来ている。



「ところで、ファーストセットの連中がやろうとしていたフットサルがどんなものだったか覚えているか?」

「…………あれ? 同じ?」

「ならどうして監督は鈍い顔をしている?」

「……あれ? あれっ?」


 違和感に気付いたのか頭を捻る愛莉。

 そう。やっていること自体は同じ。


 唯一の違いは純粋たる強度。プレーしている選手の個の力、守備の能力による差が大きいと、俺も少し前まで思っていた。

 強度が落ちたからこっちのセカンドセットでも対応出来るし、現状上回れているのだと。だがそうではないようだ。

 


「あー。ボックスに変わってんのね」

「ボックス?」

「2-2のシステム。まーそこまでちゃんとポジション守ってないけどな。よーするに、こっちと噛み合ってないんだよ。ウチは1-2-1のダイヤモンドっしょ?」


 瑞希も気付いたようだ、流石は歴が長いだけのことはある。まだハテナマークが取れない愛莉へ、彼女は続けてこのように説明した。



「システムが違うって要素としてはデッカイよ。マンツーマンなのは一緒だけど、スペースの埋め方とか、ボール持ったときにどこが空いてて誰がフリーか、見える景色が全然違うし」

「……つまりどういうこと?」

「分からんかね長瀬さんや。向こうは元々ガッチガチに戦術決め込んで試合入って来たワケ。ウチらだってそうっしょ? ある程度『ここにパスが来たらこっちに逃げて』って、多少は予測して動いてるわけじゃん」

「相手の動き方に規則性が無くなったから、マークに付きにくくなってるってこと?」

「そーゆーこっちゃ」


 仰る通り。スタートから共に1-2-1のミラーゲームだったところが、システムの変更でマークの受け渡しが曖昧になり、徐々にペースを握られている。


 そして白石摩耶が指示しているように、本来のマークを外してでも近くにいるホルダーへプレスを掛けるような動きに変わったことで、一気に嚙み合わせが悪くなったのだ。



「そっか……今は向こうの監督が考えている守備とは違う戦い方なのね」

「ご名答。予め仕込んで来たハメ方とは違う守備。なまじ効果が出ている手前、監督としては辛いところやな。流れに乗るか、元の戦術を貫くべきか……戦況を顧みれば考えるまでもないが」

「ならこっちも対策取らないと……っ!」

「いや。今は動けねえ」


 向こうは元々のマークを投げ捨ててまでハイプレスを繰り出している。ならそのズレを利用して攻めれば良いじゃないかとは自然な考え方だが、やはりそう簡単な話でも無い。



「ディフェンスライン組んでるのがマコとひーにゃんだからね。オフェンスはともかく、守備の動きはハルに仕込まれた以上のアドリブは出来んし。というかやらんし。二人とも真面目だしな」

「気付いててもそんなにすぐ修正は出来ないと思いますよ。早坂コウハイのフォローで必死ですし。世良さんも守備はちゃんとやりますけど、自陣深くまでは戻って来ないですからね」


 ノノもこのように補足する。要するに、今のコートには良くも悪くも真面目な奴しか居ないのだ。

 課されたタスクを全力でこなしているが、それ以上の上積みが無い。相手の微妙な変化に即座に対応し切れていない。



「ルビーを下げたのは失敗やったな……」

「だね。シルヴィアがファジーに動く分、相手のマークも分散出来てたけど……このままだと流れが変わらんうちに追い付かれるかも。どーする? 今のうちに誰か代えとく?」

「そうしたいのは山々だがタイミングが……」


 とかなんとか瑞希と話し合っているうちに、ゴールが生まれそうだ。有希のトラップミスを掻っ攫われカウンターを浴びている。


 比奈の賢明なフォローむなしく、ワンテンポ早いタイミングで中央にラストパスが供給され、ゴレイロの琴音と一対一の状況に。

 さしもの琴音もここは防ぎ切れず、ネットが軽快に揺れ動いた。歓声が木霊する体育館。1対1の同点。



「あちゃー。遅かったか」

「……すまん。俺の采配ミスや」

「しゃーないって。運が悪かっただけだよ」

「まだ同点じゃないですか! 全然イケますよっ!」

「ユーキちゃん! ドンマイドンマイっスよ! 切り替え大事っス!」


 やや気落ちしているメンバーたちへ、ノノと慧ちゃんがコートギリギリまで出て来て声を掛ける。雰囲気は悪くない。


 悪くないが、だからこそ防ぎたかった。投入直後の失点となってしまっただけに、有希も変に責任を感じて委縮しなければ良いが。


 苦い顔をしていた女性監督もここばかりは選手たちを褒め称える。なるほど。前者を取ったか。ならばこちらも対応せざるを得ないな。



(思うようにはいかないか……)


 川崎英稜は決して噛み合っているとは言えない。実力差があるわけでもなく、むしろ個の力ではこちらに分がある筈だ。だが事実、現状はイーブン。


 コート外での良い流れが必ずしも結果に直結するわけではない。フットサルに限らずスポーツでは往々に良くあることだ。勝負事に絶対は無い。


 でも、負けたくない。このチームの歴史は勝利の歩みだ。どんな逆境に晒されようと、最後は勝ってみせた。練習試合だろうと関係ない。今日も同じ。


 考えろ。ヒントはどこにある。

 もどかしい戦況を打破する最良の一手が。

 このコートのどこかに落ちている筈だ……。



「…………クぅぅっ……!」


 背中からギリギリと歯軋りが聞こえて来る。暫く大人しくしていたと思ったが、煮え切らない戦況にストレスが溜まっているようだ。


 誰の手にも負えないトラブルメーカー。敵味方関係無く陣地を荒らし尽くす核弾頭。少なくとも何かしらの影響は与えるに違いない。


 だが、まだだ。まだ早過ぎる。我慢してくれ。

 苛々しているのは俺だって同じだ。


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