759. チームがバラバラじゃねえか!


「文香ちゃんっ、前から!」

「任しときぃ!」


 川崎英稜のフリーキックからリスタート。最前線へ投入された文香は早速ボールを奪おうと猛烈なチェイシング。自陣では比奈と真琴がラインを組みブロックを固める。


 自陣でのポゼッションはややリスキーを見たか、川崎英稜はすぐさま前線へロングボールを送り込む。

 ゴール前で相手ピヴォと真琴が激しく奪い合い、セカンドボールを比奈が回収。これを見るや川崎英稜ファイブ、すかさず自陣へ撤退。


 今度は山嵜のポゼッション。フィクソの比奈、アラの真琴とルビーが頻りにフォローへ入りスムーズなパス回しが展開されていく。



「おっけーひーにゃん! 動かして動かして! 出したあとだよっ! コース作り直して!」


 川崎英稜は徹底したマンマークだ。自陣敵陣関わらず素早いプレッシングでホルダーを潰しに掛かろうとしている。


 が、開始一分までは山嵜の流麗なパスワークが、彼女らの連動した守備を上回っている印象。コートを幅広く使い取り処を絞らせない。

 流石は比奈。周りがよく見えているし、三人のフォローも的確。大きなミスが無い限り、このセットでは山嵜がゲームを支配し続けるだろう。



「……思ったより、ってカンジ?」

「同感やな。こないだの青学館の三本目……よりはマシってくらいか」

「これ先制点取れるんじゃない?」

「どこかで数的優位を作れば……」


 ハンドタオルで汗を流し、瑞希は少し意外そうに呟く。俺も同意だ。ここまで見た限り、川崎英稜のセカンドセットの強度はそれほど高くない。



「フミカ! ウテヤボケ!」

「口悪いなァ!?」


 サイドからドリブルで侵入するルビー。

 ゴール前に構える文香へ斜めのパス。


 ワントラップからシュートを放つが、これはディフェンスのブロックに遭う。しかし逆サイドからフォローに入った真琴がすぐさま回収し、一人往なしてから帰陣。似たような展開が続いている。



「比奈先輩、もう一回です!」

「おっけー!」


 ふむ。やはりこの面子なら真琴は一歩抜けているな……それはそうとして、川崎英稜のセカンドセット、どうにも攻めっ気が無い。


 確かに運動量はあるし、守備の規律も確立されている。だがどうにも『奪い切ってカウンターを』という気概が感じられないのだ。


 ファーストセットと比較しても『怖さ』に欠ける。プレースピードも一段、いや二段は落ちている。

 それとも敢えてペースを落とし、こちらのミスを待っているのか? だが様子を見た限りウチの面子も好調だし………。



「最初の四人と全然違うチームね……」

「……あぁ、なるほど。男子二人と白石弥々が同時に出ていたんだから、そりゃ毛色の違う戦い方にもなるか」

「連携が足りないってこと?」

「そもそも守る気が無いんだろ。チームの約束事。単独で崩してゴールまで持って行けるから、あっちの顧問も文句言えないんじゃないか?」

「ふーん……」


 愛莉の視線の先には川崎英稜の女性顧問。暫く静観していたが、セカンドセットになるや否や大声を飛ばし指示を送っている。


 県ベスト8という実績を必要以上に恐れて過ぎていたかもしれない。元々いなかった弘毅と土居はともかく……もしかしなくても白石姉妹のチームなんだな。なら付け入る隙は十分ありそうだ。



「あっ!?」

「ッシャ! モロタデ!」


 自陣からドリブルで持ち上がる川崎英稜の2番。ここへルビーが飛び込み、パスを出す寸前でブロックに成功。ボールを奪った。カウンターだ。


 残る一人のディフェンスをドリブルで引っ張り出し……いや、そのまま撃てる!



「マコト!」

「ナイスお膳立てっ!」


 一度はゴレイロに防がれるが、逆サイドへ流れた零れ球に真琴が反応。右足インサイドで巻いた一発が華麗にネットを揺らした。


 

「チッ! やるやないかっ!」

「聞こえましたよ舌打ち」


 グチグチ言いながらも嬉しそうにダル絡みする文香。皆も駆け寄り真琴を祝福する……なんか、アッサリ決めちゃったな。むしろ相手のミスが起点で。


 ベンチサイドから怒号が響く。

 例の川崎英稜の女性顧問だ。



「だから言ったでしょッ! 不用意に自陣で持ち続けるとこういうミスが出るの! もっとシンプルに蹴れば防げた失点よ!」

「はっ、はい! すみません……!」

「集中してっ! 男子と弥々に任せっきりで恥ずかしくないの!? このセットで同点に追い付くわよっ!」


「……おこですな」

「おこやな」

「怒ってるわね」


 失点の起点になった2番は厳しく叱咤され、やや委縮している様子だ。それだけでなく、コートの面々も揃って表情が暗い。明らかに気落ちしている。


 対照的に、ベンチで休息を取るファーストセットの連中は暢気そのものだ。主将の白石摩耶だけは頻りに声を飛ばしているが、妹の弥々はタオルを頭に乗せ寝っ転がり試合すら見ていない。


 男子二人も固まってお喋りに夢中。一応、試合に関する話をしているっぽいけど……なんだかチグハグな雰囲気だな。



「これアレじゃないですか? わざとセットごとの格差作って、危機感煽ってるんじゃないですかね」

「煽ってる?」

「男子二人と弥々ちゃんは今年の春から。姉の摩耶さんにしたって元々は女子サッカー部じゃないですか。本来はこのチームの選手じゃないんです。それにほら、一昨年の大会。予選二回戦負けですよ」


 スマホを差し出すノノ。一昨年行われた女子全国選手権県予選の成績表だ。確かにノノの言う通りだな……結構な大差で早い時期に敗退している。



「ふむふむ。あの監督さん、去年の春に就任したみたいですね。先生じゃなくて雇われの外部コーチみたいです」

「ってことは……最初に出てた四人は、あの監督の指導は受けてないの?」

「だとしても微々たる期間だと思います。自分の手で教え込んだ子に活躍して貰いたいってのが本音じゃないですかね?」

「だから四人には指示を出していなかったのね」


 愛莉も納得したように頷く。そういうことか。直近の好成績は途中で合流した白石摩耶による功績が大きく……。

 あの女性監督にしてみれば、最初の四人は云わば助っ人のようなもの。本当は彼らの力を借りずに大会を戦いたいのか。



「『チームがバラバラじゃねえか!』ってわけな」

「いやバラバラってほどでもないと思うが」

「ちゃんとまとまってますよ!!」

「なに小芝居しとんねん、おい何処から持ってきたそのトラメガ」


 思い当たる節でもあるのか瑞希とノノがヘラヘラふざけているが、まぁでもそんな感じなのだろう。弘毅も初対面のとき『(フットサル部は)あるけどそんなにって感じ』と言っていたし。


 違和感の正体が分かった。とはいえ戦前の予想通りと言えばその通りでもある。ファーストセットが休んでいるうちに試合を決めてしまえば良い。



「姉御ッ! 縦たて!」

「文香ちゃんっ!」


 自陣でのポゼッション。やや前掛かりになって来たところを、一瞬の隙を突き比奈がロングパス。文香が全速力で追い掛ける。


 ゴレイロが飛び出て来たが、先に触ったのは文香だ。つま先ワンタッチで流し込む……が、これは惜しくもゴールマウスを逸れた。



「シルヴィアさん、今のはポジショニングが良くないです。チャンスにはなりましたが、逆に前しか選択肢がありませんでした」

『なにコトネ!? 分かんない!!』

「あっ……えーっと、その……」

『もっと頑張れってこと!?』


 先ほどのプレーについて琴音がアドバイスを送るが、ルビーは分かっていないようだ。ちゃんとキャプテン役頑張ってるんだけどね。相手が悪いわ。うん。


 そうだな。ルビーのドリブルは良いアクセントだけど、もう運動量が落ちて来ていて引き出す動きが散漫だ。ちょっと代えてみるか。



「行くぞ有希。ルビーと交代や。三人の言うことをしっかり聞いて、死ぬ気で走りまくれ」

「はいっ!? ががっ、がんばりますっ!?」

「落ち着けって」


 相変わらず緊張しまくりの有希だが、今の流れなら問題なくゲームに入れるだろう。流石に技術レベルは川崎英稜のセカンドセットが上回るが、みんながフォローすればウィークポイントにはならない筈。



「クッ……!」


 その後ろで悔しそうに歯軋りする栗宮未来。自分が出場すれば間違いなく活躍出来る、口を開かずとも主張が伝わる。


 気持ちは分かるが、個人技だけですべてが解決するわけではない。ここまで俺たちは『チーム』として戦い、先制ゴールという結果も出して来た。


 俺たちの強みは突出した個性だけではない。我が山嵜の代名詞、チームワークの体現者たる有希にも、なんとかそれを証明して欲しいところだが……。


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