758. とっとと降参しなさい


 序盤の激しい応酬から打って変わり、お互い決定機に恵まれないまま、前半は早くも5分を経過。


 無論、波風立たぬ穏やかなゲームというわけではない。自陣ではある程度余裕を持ってボールを回せるが、敵陣へ侵入すると同時に川崎英稜は激しいプレッシングを浴びせて来る。チャンスは作れてもシュートまで持ち込めない。



(糸口が無いわけじゃないんだが……)


 組織だった守備、というより、個々のレベルの高さが故の安定感だ。弘毅、土居聖也、白石摩耶のディフェンスは素晴らしい。

 奪い切れなくともパスコースを巧みに制限し、攻撃のスイッチを入れさせない。熟練のコンビネーション、と称するのもまた違う気はするが。


 という意味で、ポジション関係無く動き回る白石弥々は非常に浮いていた。数少ないチャンスは彼女がマークを見失ったタイミングで生まれている。具体的にはこのような感じで。



「なにコイツ! ウザい! とっとと降参しなさいよこのザコっ! ノロマ! 臆病者! 性病の巣窟! 短小〇茎ッ!」

「審判ッ! コイツ黙らせろッ!」


 弘毅がポジションを落としたことで、白石弥々が頂点に入り猛烈なプレスを噛まして来る。が、あまり効果的ではない。やはり守備は不得意なようだ。



「ギヤァァ゛ァ゛ァ゛ァァァァ!?」

「愛莉、リターン!」


 そろそろしつこいというかウザくなって来たので、少し距離を取ってから白石弥々の顔面目掛けてボールをブチ込む。

 見事に直撃、そして悶絶。ファールじゃないよ。後ろの味方を狙って蹴ったんだよ。故意じゃないし。いや本当に。マジマジ。


 若干空気がフワついた隙を狙い、最前線の愛莉へ鋭いくさび。ズバっと懐へ収まる……弘毅にパスコースを消されたか。なら撃つまでだ、愛莉!



「ハァァァァッ!!」

「ヤアッ!」


 強引な反転から右足を振り抜くが、惜しくも右膝のブロックに遭いゴールラインを割る。コーナーキックだ。

 

 ……うーん。やはり駄目だ。


 さっきから同じような展開ばかり。どうしても決定機へ至らない。揺さぶり切れない。


 サイドからの仕掛けで優位な状況を作れることもあるが、上手いことカバーされてシュートまで持ち込めないのだ。よほどコースが空いていないとミドルレンジからの一発も効果は薄いし……。



「あぁ、そうか。ようやく合点が行った……常盤森の27番か!」

「ハッ?」

「栗色の長髪、恵まれたスタイル。どこかで見覚えがあると思ったんだ。懐かしいな、あれは中学一年のときか……」

「え……どっかで試合した?」

「夏の東北遠征だ。確か2-5だったか……ハットトリックまで決められて、凄い奴がいると思ったものだ。キミもフットサルへ転向していたのだな」


 ゴール前で何やら盛り上がっている。愛莉はまったく思い出せない様子だが、どうやら白石摩耶とは対戦したことがあるようだ。

 彼女も県の強豪クラブ出身と真琴が話していたから、同じ女子チームの名門同士ならそんな機会もあるか。



「不思議な縁もある。異なる競技、異なるチームでこうして再会するとは。長瀬愛莉、で合っていたかな?」

「あ、うん……そうだけど」

「改めて宜しく頼む。しかし、どうしてフットサルを? まぁ私とて似たようなものだが……あの頃は既にAチームの主力だったじゃないか」

「あー……まぁ、色々あったのよ……」

「常盤森も惜しい人材を失ったな。実力もさることながらその美貌、栗宮胡桃に劣らぬなでしこの新星と持て囃されてもおかしくなかっただろうに」


 彼女が中学時代の話を掘り返されるのは、栗宮胡桃と邂逅を果たしたあの日に続いて二度目のことだ。こうも対戦相手の印象に残っているとは、本当に有望な選手だったんだな。愛莉。


 常盤森のチームメイトに散々な扱いを受けていたことを白石摩耶は当然知らないわけで。愛莉もちょっとやり難そうな顔をしている。

 となると、似たようなものだと宣う白石摩耶はどうしてフットサルへ転向したのだろう。中学まではサッカーだったんだよな。



「まぁ、そうか。人生色々というものだな。私もサッカーを辞めるとは考えてもいなかった……まったく、栗宮胡桃には責任を取って貰わねば」

「……栗宮さんに?」

「私もフットサルに転向してまだ日が浅い。元々は英稜の女子サッカー部でね。栗宮が町田南に進学すると聞いて、ユースへの昇格を蹴ったんだよ。ユースと高体連では対戦機会もそう多くないしな」

「そ、そうなの……」

「高体連の大会にはもう出ないらしい。そしたら今度はフットサルに転向して、混合大会に出場とは……決着を付けてやろうと意気込んだは良いものの、すっかり振り回されっぱなしだよ」


 コーナーキックを待つ間、白石摩耶はやや昂った様子で身の上を長々と語り、話のオチにも足りぬと言わんばかりにやれやれと腕を振る。癖なのか。あのやれやれポーズ。様になり過ぎ。



「栗宮さんとはライバル的な関係なの?」

「まさか。向こうは私のことなんて欠片も気にしちゃいないよ……中学最後の大会で、それはもうコテンパンにやられてな。14-0だ、関東大会の準決勝だぞ? まったくとんだ恥を掻かされた……一方通行の極個人的な恨みさ」


 栗宮胡桃へリベンジを果たすために進学先を変更して、向こうがフットサルに注力し始めたと聞いたら女子サッカー部を辞めて……凄まじい執念だな。


 何だかんだで直接話したのは一度だけだが、本当に色んなところへ影響を与えているというか、人を惹き付ける何かがやっぱりあるのだろう。


 白石摩耶だけでなく、界隈随一のクセ者である日比野さえ恐れる、女子フットボール界の革命子女。そんな彼女が率いる町田南高校、いったいどれほど強いチームなんだろう……。



「ハルぅー! 集中しろー!」

「っと! どうする!」

「やり切るよ!」

「了解ッ!」


 すっかり二人の会話に気を取られていた。コーナーキックのチャンスだ、まずは目の前の相手に集中しないと。


 キッカーは瑞希。愛莉は白石摩耶に見られているし、俺も弘毅がチェックしている。ノノを使いたいな……マーカーの白石弥々はさっきからずっとイライラしているし、十八番のマリーシアで出し抜きたいが、流石にネタ切れか?



「市川ッ! 取りあえず撃て!」


 愛莉と白石摩耶の頭上を越えるファーサイドへのロブパス。待ち構えるノノが巧みなトラップで前を向くが。



「ぽハァァァ゛ァッッ!?」

「ファール! 99番! 腕を上げないでください! さっきも注意しましたよ!」

「あー、はいはいすいませーん! ……チッ、バレましたか」

「ちょっと、今の聞いた!? さっきから完全に狙ってやってるんだけどコイツ! カード出しなさいよカードッ!」


 抜き際に肘が白石弥々の胸元へ当たり、主審はホイッスルを鳴らした。これでノノは二つ目、チーム全体で三つ目のファールだ。


 小さいしチョロチョロ動いているから、わざとでなくても倒れられると心証が悪いんだよな。何度か流れが止まっていて、これも攻撃のスイッチが入り切らない理由の一つだ。



「落ち着け弥々。さっきから空回りし過ぎだ。そんなに栗宮未来が気になるのか……って、私が言えた口じゃないけどな」

「ハァッ!? そ、そんなんじゃないし! てゆーかねぇねも動きトロい! あんなおっぱいだけの不細工に構ってる場合!?」

「やめろ、お前がカード出されるぞ……だがそうだな。私も一度状況を確認したい。監督、もう5分経ちましたよね!」

「ええ、ゴレイロ以外交代よ!」


 女性顧問の大きな声が響く。川崎英稜はフィールドプレーヤーを総入れ替えするようだ。こちらもその予定だったな。



「くすみん、頼んだぜ!」

「はいっ……任せてください……っ!」


 瑞希から琴音へキャプテンマークが移り、こちらもセカンドセットへメンバー交代。フィクソに比奈、アラに真琴とルビー、ピヴォが文香だ。


 これで両チーム共に女性選手のみ。元々時間で決められていた交代だが、お互い手詰まり感を覚えていた手前、ちょうど良いタイミングだろう。



「陽翔くん。どんな感じで行けば良いかな?」

「そこはお前が考えて……と言いたいところだが、一つやって欲しいことがある。後ろでボールを持ったら……」


 比奈へ軽くアドバイスを送りベンチへ。

 川崎英稜のフリーキックで再開。

 ここで試合が動くかどうか……。



「5分経ったら愛莉と瑞希は再投入や。それまでアイシングしたり身体伸ばして準備を……愛莉?」

「……不細工とか、生まれて初めて言われた」

「いや気にするなって。ちゃんと可愛いで」

「はぁっ!? ちょっ、やめてよ試合中に!? 集中出来なくなっちゃうでしょ!?」

「ええからアイシングしろって」


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