757. このボリューム感


 川崎英稜のキックオフで試合開始。向かって右サイドに陣取る背番号7、白石弥々へボールが渡ると……おっと、いきなりか!



「来るぞノノ!」

「お任せをぉっ!」


 早速タッチライン際からドリブルを仕掛けて来る。ノノが両腕を広げ立ちはだかるが、一気にスピードを上げ懐へ突っ込んだ。


 キュキュッとシューズを鳴らし急停止。覆い被さるノノに体重を預け、巧みなキープを披露する。上手い隠し方だ。

 栗宮と似たような突貫ドリブラーと見て間違いないだろう。あわよくばファールをという透けた下心は駆け引きの妙を感じさせる。



「アンタ邪魔ッ! このおっぱいお化けッ!」

「違いますっ! ロリ巨乳美少女ですよっ!」

「ムカつくゥゥッ!!」


 栗宮とそう変わらない背丈の白石弥々、無論ノノには到底及ばない絶壁である。早くもライバル心剥き出しだ。愛莉と対峙したらどうなるんだろう。気になる。


 小さな身体を目一杯広げながら、足裏でボールを舐めタッチライン沿いを少しずつ前進。この局面をどう打開する……?



「なんとッ!?」

「ふふーんっ! 掛かったわね、ばーか!」


 得意げに鼻を鳴らす白石弥々。これまた絶妙なタイミングで、ヒールパスで股下を突いて来た。流石のノノも反応出来ず、ボールはペナルティーエリア前で構えていた弘毅の足元へ。



「そっちもゴレイロ女の子なんだなっ! 悪いけど遠慮できねえぜ!?」

「撃てるもんならなッ!」


 後ろからガッチリ捕まえ前を向かせない。

 振り向かせたら最後、失点へ直結する。


 9番を背負う弘毅。その長所はなんと言っても、180オーバーの恵まれた体格とそれに見劣りしない強靭なフィジカル。

 ただデカいだけの選手ならセレゾン時代に何人も見て来た。夏の大会で対峙したHerenciaエレンシアの13番、青学館の14番なども挙げられるが……。



(上手い……ッ! 身体の預け方、腕の使い方、ボールの置き処……これまでの相手とはワケが違う!)


 ブラオヴィーゼのアカデミーでも少しやり合ったが、やはり似たようなことを考える。今まで対戦して来た選手とは別格だ。これほど効果的なポストプレーを遂行出来る選手、代表レベルでもお目に掛かれなかった。


 シュートこそなんとかコースを塞ぎ撃たせないが、前線でタメを作られてしまった。不味い、全体の重心が下がっている。


 バックパスの先には最後尾からフォローへ入る、6番を背負う主将の白石摩耶。愛莉のプレスバック空しく逆サイドへと展開される。彼女がフィクソなのか。背も高いし存在感だけなら男子顔負けと言ったところ。



「瑞希ッ! お願い!」

「はいはいっ! 任せ……ううぉっ!?」


 奪い切ろうとチャージを掛けた瑞希だが、巧みなエラシコに翻弄され、一発で躱される。バランスを崩し、サイドのスペースを開放してしまった。



(おいおい、澄まし顔でやるようなプレーか!?)


 なにを考えているか分からない仏頂面だが、それ故に狙いを絞り切れず、瑞希もやや強引に行ってしまった印象。

 背番号10番、土居聖也。腰を深く落としサイドを一気に抉る。技術もさることながら、スムーズでソツの無いドリブルだ。



「聖也ッ! ニアニア!」

「構えろ琴音ッ!」


 グラウンダーのクロスに弘毅が飛び込んで来る。強引に肩をぶつけ防ぎに掛かるが、カット出来るかは五分五分と言ったところ。


 が、ボールは俺たち二人の後方へと流れる。狙いはファーサイド、遅れて飛び込んで来た……白石弥々か!



「ヒャッフォーー! 危ない危ないっ!」

「クッ! コ、コイツゥゥ……っ!」

「ありゃま。ごめんなさい乗っかっちゃって。重かったですよね。そりゃ重いですよね、このボリューム感ですから! ほっほっほ!」

「グギギギギギ……ッ゛!!」


 間一髪、ノノが先にボールへ触りスタンドまで蹴っ飛ばす。その際に白石弥々と交錯し上から乗り掛かるような形に。


 審判からは見えなかったのだろう。ポジションこそ前を取られていたが、ユニフォームの裾をグイっと引っ張りバランスを崩させた。


 お得意のファール擦れ擦れのマリーシアだ。白石弥々はPKを主張しているが、審判はコーナーマークを指差している。


 どんなもんじゃと乗っかりながらグーサインを突き出すノノ。序盤も序盤で使う羽目になるとは彼女も想定外だろうが、良い判断だ。助かった。



「いきなり来たわね……っ」

「こりゃ想像以上の肉弾戦になりそうやな……コーナー集中しろよっ! 愛莉は6番、瑞希はニア入れ!」

「頼んだわよ瑞希っ!」

「あいあいっ!」


 キッカーは10番の土居。俺よりやや背の高い弘毅、愛莉とほぼ同じ身長の白石摩耶と、空中戦ならある程度は守り切れそうだが……。



「鬼ごっこですか! 良いですよ! ノノ生まれてこの方負け知らずなんで!」

「アーーッッ゛!! 鬱陶しいーー゛!!」


 コートを広々と動き回りマークを剥がしたい白石弥々だが、ノノが延々と追い掛け続け自由を与えない。

 ある程度時間が経てばノノも更に慣れて来るだろう。それなりのハードワーカーを当てれば白石弥々はほぼ無効化出来そうだ。


 となると、やはり警戒すべきは残る三人。男性陣は言わずもがな、姉の摩耶はどんなプレーヤーなんだ……?



「聖也、こっちだ!」


 キッカーの土居へ駆け寄る白石摩耶。ショートコーナーか。マークを担当する愛莉もしっかり対応……いや、ブラフか!



「瑞希ッ!」

「バレたか!」


 俺の背中を押してニアへ突っ込みパスを受けた弘毅だが、瑞希が寄せていたのでシュートには持ち込めない。


 一旦後ろへ下げる。だがこれでマークが一枚浮いた。サイドで受け直した土居は中央へ開いた白石摩耶へ横パス……ん? あのステップは!?



「ハァッ!!」


 ダイレクトで右脚を振り抜く白石摩耶。

 ジャストミートだ。しかも強烈!



「やあっ!」

「ナイス琴音ッ!!」


 ブロックは僅かに間に合わず、シュートはゴールマウスへ一直線。コースも角を狙った良いコースだったが。

 若干距離があったことで、琴音も冷静に対処出来た。キャッチこそし損ねるが、右腕を伸ばしセービング。ボールは宙を舞う。



「キャッチや!」

「ううぉっ!? なにそれェ!?」


 セカンドボールを狙っていた弘毅を左腕で強引に制し、引き摺り倒されながらヘディングで琴音へ戻す。よし、凌ぎ切った!



「琴音ちゃん、カウンター!」

「愛莉さんっ!」


 下手投げで思いっきりブン投げる。ハーフコート分の短い距離だが、川崎英稜は揃って前掛かりだ。仕留められる!



「むっ……!? これは中々ッ!」

「ノノっ!」


 今度は愛莉のポストプレー。白石摩耶の強烈なチャージも弾き飛ばし、左サイドを駆け上がるノノへ展開。



「なによなによッ! 私を無視しといてゴールどころかカウンター!? 責任取りなさいよ馬鹿ァァーーッ!!」

「瑞希センパイ、スイッチですっ!」

「任せんしゃいっ!」


 明らかに守備は不得意そうな白石弥々。ノノも瞬時に感じ取ったのか、中央へカットインを図る。すると瑞希がクロスするように後ろから走り込み、数的有利の状況が生まれた。クロスが上がるか。


 いや……ここにも土居がピッタリ付いて来ている。そのまま瑞希を捕まえに逆サイドから流れて来たか。どう攻略する……!?



「……ッ!? ご、ごめんムリ! ハルっ!」

「ちょっと、そこは仕掛けなさいよっ!? クロスで良かったのに!」

「いやムリだって! 角度無いし人数揃ってるし! ほらっ、組み立て直し!」


 中央で構えていた愛莉が不満を垂れる。瑞希は申し訳なさそうに手を挙げ、こちらへのバックパスを選択した。


 め、珍しいこともあるな……多少位置取りが悪くても、一対一の場面ならほぼ必ずと言っていいほど仕掛けるのに。よほど状況が悪かったのか?



「琴音、リターン!」

「はいっ!」


 ゴレイロの琴音を交え自陣でのポゼッション。ブロックを固められたか……これは急いで攻めても仕方ないな。少し時間を掛けるしかないか。


 戦前の予想通り、守備には自信があるようだ。そして前線の三枚でファジーな攻撃を仕掛けて来る……ここまで序盤から攻め込んで来るとは思わなかったが。


 

 瑞希が二の足を踏んだ理由が分かった。10番の土居聖也、よく走るし守備の位置取りも上手い。縦パスを出そうとした瞬間コースを消して来る。最前線の愛莉も白石摩耶にピッタリ付かれやり辛そうだ。


 青学館が一点しか取れなかったのも納得。劣勢と見るやベタ引きでリアクションスタイルに切り替える、狡猾な戦術眼も兼ね備えている。


 だがしかし……なんだろう、この違和感。



(我慢比べは……やめておいた方がええな)


 今度はこちらから揺さぶってみよう。

 色々と気になることもある。 



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