754. ダッシュ!


 束の間のゴールデンウィークもあっという間に過ぎ去り、僅か二日を残すばかりとなった。そもそも五日間しか無いし。そりゃ早い。


 明日は栗宮ブラザーズの長男こと栗宮弘毅率いる、私立川崎英稜高校との練習試合だ。新入生が加わってから初の対外試合であり、恐らく本大会前最後の実戦となる可能性が高い。



「ハーッハッハッハ!! 見よ、これぞ聖堕天使ミクエルの生み出した最終奥義、爆裂魔法エクスプロージどほ゛わああ゛゛アアアアァァーーッッ!?」

「はい軽すぎッ! ノノ、そのまま!」

「任っかされましたぁー!」


 動物園の疲れもなんもその。高い強度と集中力を保ったミニゲームが行われている。栗宮を除いて。


 で、そう。聖堕天使ミクエルの処遇だが。


 遊び相手としてなら問題無いということで上級生の意見も一致したため、次は練習に混じってどうなるかというところを観察中。


 ロクに味方へパスを出さないという点で『明日の試合では使えない』という結論にこそ達したが、卓越したスキルに疑いの余地は無い。

 一先ずスパーリングにはちょうど良い相手ということでゲームに参加させている。



 これがまた上手いこと馴染んでくれた。遠慮なしにドリブル一本で突っ込んで来る栗宮の相手はそう簡単ではない。

 先の愛莉のように順応し始めた奴もいるが、ほとんど連中は奴の対応に手を焼いている。


 俺や愛莉、瑞希を筆頭とする経験者組は練習中どうしても経験の浅い連中に遠慮してしまう嫌いがあるから、フルスロットルで立ち向かってくる栗宮の存在は非常に有難いのだ。



「やっぱ上手いっスねー栗宮ちゃん。フェイントとか全然目で追えないっスよ」

「もう少し静かなら尚良いのですが」


 コートの外れでパントキックを蹴り合う琴音と慧ちゃん。二人は俺の指導の下、ゴレイロの特訓中だ。


 これも明日の練習試合、延いては大会へ向けた準備の一環。十中八九レギュラーは琴音で決まりだが、もし彼女が怪我でもしたら交代要員が一人もいない。そこで女性陣最長身である慧ちゃんに白羽の矢が立った。


 本当は攻守のパワープレー要員としてフィールドで活躍して貰いたいのだが、まだまだ足元の技術が覚束なく、実戦経験も無い慧ちゃん。

 一年の初心者組は中々プレータイムも伸びないだろうし、それなら少しでも特徴を生かして、何かしら貢献して貰おうという愛莉のアイデアだ。



「っしゃあ!! ハットトリック!」

「わあ! 流石ですっ、愛莉さん!」

「有希ちゃん、今のナイスパス! そんな感じでもっとラフに預けて良いわよ!」

「はいっ! がんばりますっ!」


 矢のような一撃がゴールへ突き刺さる。有希も少しずつではあるが試合に順応出来るようになった。ハイタッチを交わし喜び合う二人。


 ……まぁ、慧ちゃんをゴレイロに推した理由の半分はそっちなんだろうな。最近練習でもゴール少なかったし。

 慧ちゃんがピヴォとして覚醒したら、愛莉のレギュラーとしての立場も危うくなる。文香もストライカータイプだしな。尻に火が付いたんだろう。



(そうか、栗宮が加入したら……)


 現在フットサル部は十二人。これは大会へエントリー出来る人数、つまりベンチ入り出来る選手の上限でもある。


 栗宮が正式に入部したら十三人。

 一人はベンチからも外れてしまうわけだ。


 彼女がチームの一員として問題無くプレー出来るようになったら、という条件付きではあるが……いや、正直に言おう。ある程度のリスクに目を瞑ってでも、あの個人技と突破力はスカッドへ加えたい。


 もしそうなったら、メンバーから外れるのは誰か。俺たち三年生、そして二年は実力的な面からもマスト。これだけで八人は埋まる。


 一年組に目を向けると、既に主力である真琴、二役を担う慧ちゃんもやはり外せない。これで十人。となると、やはり最後の二枠を争うのは……。


 ……今から考えても仕方ないか。まだ栗宮は部の一員じゃないし、今後の成長次第で大きく逆転する可能性だってある。明日の試合に集中しないと。



「っし、じゃあ今日はここまで。慧ちゃんと小谷松さん。あぁ、あと文香も。ちょっとこっち来て」

「わおっ! ユニフォームじゃないっスか!」

「おぉーっ! ついにウチのもか!ほれ、じゃじゃ丸! アンタのやで!」

「じっ……じゃじゃ丸……? それまさか、わしのことか……!?」


 文香お得意のよう分からんあだ名に困惑し若干出足が遅れた小谷松さんも含め、段ボールを抱えた俺のもとへ三人が集まる。


 若い順から小谷松さんが3番。慧ちゃんは4番。文香は10番だ。一年二人は特に希望が無かったので適当に割り振ったが、文香は『はーくんと同じのが良い』ということで、俺がセレゾン時代に着けていた番号になった。


 ここだけの話、俺が10番を着けていたのはジュニアユース時代とユースの半年だけで、意外に回数は少なかったりする。

 U-17のワールドカップも23番だった。いっつも上の世代に帯同していたから、若い番号を背負う機会が少なかったんだよな。まぁなんでも良いが。



「あれっ? その白いのはなんですか?」

「セカンド。川崎英稜もユニ緑らしくてな。俺らもライトグリーンと白の二色で見分けにくいし、どちらにせよ大会で必要やろ」

「おぉ~! シンプルで良い感じですね!」


 オールホワイトのユニフォームを手に取り喜ぶノノ。可愛いピンクのナンバーネームがポイントだ。無論比奈のゴリ押しによるものである。アウェーユニって逆に強そうに見えて良いよね。主観だけど。



「ゴレイロのは無いんですか?」

「紺色のユニなん早々被らんし大丈夫やろ」

「…………まぁ良いですけど。別に」

「新しいグローブ買いに行こうな」

「むんっ」


 頭をポンと叩くと素直に頷く琴音。流石にもう一着分はデザイン料が嵩むので頼めなかった。部費も有限だし。他の埋め合わせも考えておこう。


 さて。皆が新しいユニフォームを手に取り騒いでいるなか、一人輪に入れず羨ましそうに眺めている栗宮である。



「お前の分はねえぞ。まだ入部してねえからな」

「……心得ている。我に構うでない」

「もう一着分くらい世話ねえけど、ネーム入りともなるとまぁまぁな値段でよ。そう簡単にはな……まっ、今後機会が無いと言えば分からんが」

「…………フッ。我のゴージャスな戦闘服コーディネートに比べれば、こんな粗末な代物……!」

「おい、どこ行くねん」

「今日はここまでで勘弁してやるッ!」

「いやビブス脱いでけよ」

「…………ふんっ!」


 乱暴にビブスを投げ付けコートを後にする栗宮。態度こそ悪いが、あの露骨にガッカリした目を見ればだいたい分かる。ちょっと期待してたなアイツ。



「結局どうするの? あの子」

「さっき決めたやろ。明日の試合には出さない。まぁ、こないだの青学館との三本目みたいな機会があれば……考えなくもないけどな」

「でも出たいわよね。兄のいるチームだし」


 愛莉が語るように、川崎英稜との練習試合のウワサを聞き付け、栗宮は今日一日中ずっとソワソワしていた。聞けば最後に会ったのは去年の秋頃で、かれこれ半年以上顔も見ていないとか。


 試合時間と集合場所は伝えてあるので、来るには来ると思う。でも流石に試合はな。今日の練習を見た限り、まだまだチームプレーの欠片も理解していない様子だし。試したい奴も沢山いる。


 とりあえず、受け入れる体制だけは整えてやった。あとは栗宮次第だ。チームの権力だなんだと言わずしっかり現実を見て、ちょうど良い落し処を見つけてくれればいいのだが……様子を見るしかないな。



「まっ、始まってみないことには分からないわね……あの子の相手ばっかりしてる場合でもないし。誰かさんに梯子外れちゃって、大変よこっちは」

「だから部長の座ははく奪しとらんやろ」

「はいはい、分かってるっつうの。せめて部長らしく振る舞いますぅー! 琴音ちゃん、一年のクールダウン見てあげて! 二年組は片付け! ほらダッシュ!」


 相変わらずキャプテン云々の件は不満そうな愛莉だが、そればかり気にしていても仕方ないとある程度腹は括ったようだ。


 まったく、いつまで経っても手の掛かる奴め。まぁでも、良いけどな。お前は焦り散らかしている方が結果も出るし、可愛げがあってちょうど良いよ。



「ところで兄さん。練習試合とは言っても、多少はスカウティングとか必要なんじゃないの? 自分たち川崎英稜のこと何も知らないんだケド」

「あとでミーティングするから、教えてやるよ。アイツがどこまで本気で言ってるか知らねえが……初心者だらけの安パイってわけや無さそうやな」


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