755. プークスクス♪
県最北部に構える金持ち難関私立である。
「広すぎる……ッ」
「自前でようこんなん用意するなぁ……てかそもそも、第二アリーナってなんやねん。嫌味かいな」
入り口に立つ愛莉と文香もポカンとした顔をしている。体育館の良し悪しは分からないが、取りあえず新築ではあるのだろう。
新鮮な木材の匂いが鼻先まで飛んで来た。小規模ではあるが見学用のスタンドまで備わっている。その気になれば大会も開けそうだ。
「こりゃまた恵まれた環境やな」
「いやぁ。ところがそーでもないと言う。女子が使ってるばっかでオレら基本除け者だしな。ホームと思ったことは無いねえ」
遅れてやって来た背高のっぽの茶髪が似合う青年。ゴールデンウィーク中に掛けたというパーマはちっとも似合っていない、川崎英稜の事実上のエース。ブラザーズの黒一点、
「みんなまだカラダ暖めてる途中だから、テキトーにアップしといて。てゆーか未来いないの?」
「まぁそのうちな……じゃ、お言葉に甘えて」
ぷらぷらと手を振り暢気な面でアリーナを出ていく弘毅。日本語さえ怪しい妹と違い会話が成り立つだけで大いに有難いが、決して接しやすい相手とは思わない。なんか調子狂う。
「それにしても、意外な接点だね」
「あの頃は弘毅と知り合いでもなかったしな……しかし、青学館と女性陣だけで互角にやり合ったとは」
スマホを横に傾け、真琴は送られてきた試合の映像に齧りついている。お行儀は少々悪いが、目を離せないのも致し方ないところ。
そんなこんなでやって来た試合当日。
午前10時。フットサル部総勢、コートイン。
曲がりなりにもチームのスポークスマン同士なので、日比野栞とは頻繁に連絡を取り情報を交換し合っている。途中からダル絡みになるのですぐ切り上げるけど。
春休みを利用し関東へ遠征を行っていた日比野率いる青学館高校。川崎英稜も対戦校の一つだったとは知る由も無かった。
結果は1-1のドローゲーム。青学館は男子をフル活用したベストメンバーで挑んだが、中々に苦戦を強いられたそうだ。
「去年の全国選手権予選に出場しているんですね。県でベスト8……」
「凄いよねえ。大人相手にってことでしょ?」
同じくスマホを共有しながら情報収集に余念の無い比奈と琴音。味気ないPDFのトーナメント表に、女子のプロクラブと並んで連なる高校名。
そう、川崎英稜女子フットサル部。結構強い。ちゃんと実績があるのだ。
成人大会である全国選手権の予選に出場し、そこそこ勝ち進んでいる。
元々は女子チームしか無かったようで、現在も正式には女子フットサル部を名乗っている。そこへ弘毅ら男子が加わり、今夏から始まる混合大会へエントリーすることになったとのこと。
男子メンバーは弘毅を含め二人。正式に加入していたわけではなく、気分転換がてら偶に練習へ参加していたそうだ。確かに初対面のとき『一応フットサル部』と話していた。そういう事情だったのか。
「ホント今更ですけど、同じ地域の強い高校とか、伝統のある強豪校とか、そういうの全然知らないっすよね」
「いっつも自分たちのことで手一杯やしな……研究する暇も無いわ」
ノノが語るように、栗宮胡桃と出逢うまで同世代の有名なフットサル選手とか、まともに調べようともして来なかったな。
冬の遠征で戦った瀬谷北と青学館が地域トップレベルの強豪だってことも、試合する直前にようやく知ったくらいだし。
という意味で川崎英稜。上の二校と比べれば知名度こそ劣るものの……俺たちの現在地を図るにおいて、最適なスパーリング相手と言えるかも。
面白いゲームになる筈だ。
んでもって、やはり負けられない闘い。
少なくとも彼女の面倒を見ている余裕は無さそうだな……せっかく時間と場所教えたのに、全然来ねえじゃねえか。なんやねんアイツ。
「良いっ!? 相手は青学館相手に連勝している強いチームよ! アップからしっかり集中してやらないと、序盤で食われてもおかしくないわ! 絶対に手を抜かないこと! 試合だけでなく、この段階からイニシアチブを握りなさいっ!」
試合直前のウォームアップ。反対サイドで語気の強い指示を送っているのは、川崎英稜の顧問兼監督である若い女性教諭だ。選手たちも威勢の良い返事。モチベーションの高さが窺える。
初めて顧問が顧問らしい仕事をしている様子を見た気がする。峯岸はあんなんだし、瀬谷北も青学館も纏め役はキャプテンが務めていたからな。まぁあれが本来の部活チームの姿か。
「ふーん。なんかこう、思ったよりちゃんと『部活』って感じだね。こーゆーチームとの試合って何だかんだ初めてじゃない?」
「そのせいで野郎共死ぬほど浮いとるけどな」
「ヤル気無さそーだよね」
フットワークの相方を務める瑞希も、体育会系特有の暑苦しい空気が蔓延するコート内ではなく、端っこへ固まりヘラヘラ頼りない様子でリフティング交換をする弘毅と、もう一人の男性選手を注視している。
先の顧問も二人を咎める様子は無く、女性陣の指導に集中している。弘毅が話していたように、男子と女子の融合がまだ進んでいないのだろうか?
って、なんだ。寄って来たぞ。
「おーっ……本物の廣瀬陽翔だー……」
「え、おん。おおきに」
「
無表情で握手を求めて来る。言葉通りの反応には見えない。表情筋がまるで動いていないぞ……なんだか不気味な奴だ。背丈は俺と同じくらいか。
「コイツ、オレの相棒。中学んときのチームメイトでさ。町田南のセレクションも一緒に受けようとしたんだけど、日にち間違えて来なかったんだよ」
「……お茶目さん、です」
「今はアトレティコ府中のアカデミーでやってる。去年はトップの試合にも帯同したんだぜ。まっ、オレが無理やり辞めさせたんだけどねぇん!」
「……辞めさせられ、ました」
プロ入り目前だったのに、混合大会へ出場するために辞めてしまったのか。
良いのか土居くん。さっきから自分の意志というものは無いのか。その喜怒哀楽を失ったような頷きはなんだ。焦点合ってないよ。怖いって。
「こらこら。二人とも抜け駆けするんじゃない……っと、そちらのキャプテンは何方かな? すまないね、挨拶が遅れてしまって」
と、更に続けてウォームアップを抜け出した女性選手が一人、こちらへ歩み寄って来る。おお、デカいな。慧ちゃんと同じくらいの長身だ。
ポニーテールの黒髪と大人びたクールな眼差しが印象的。長瀬姉妹にも劣らぬ美の遺伝子を感じさせる。長髪ではあるがボーイッシュというか王子様系というか。男より女にモテそう。
「あたしだよ。みーちゃんって呼んでね」
「
「え。あ、うん。よろしく」
会心の小ボケをあっさり躱されてしまい、どことなくやり難そうに手を握り返す瑞希。油断させるつもりがカウンターを喰らっている。作戦失敗。
「しかしまさか、あの廣瀬陽翔と同じコートで戦う日が来るとはね。人生分からないものだ。興奮して昨日は眠れなかったよ」
「いや、そんな有難られても」
「キミが全国に出場すると知ればマスコミも大喜びだろう。まったく、栗宮胡桃に続いて困ったものだ。新設大会だというのにこうもビッグネームが集まるとは、いったい誰の差し金なのやら」
やれやれといった様子で両腕を広げる。褒めているのか挑発しているのか分からんな……いかにも牙を隠していそうな装いだ。
「やっぱ栗宮ってユーメイなん?」
「有名もなにも、既になでしこジャパンのエースと言っても過言じゃないだろう? オリンピックのメンバーに入らなかったのが不思議なくらいさ」
「あー。そーいや今年の夏だっけ」
「噂では飛行機が苦手で辞退したとか……弘毅に至っては電車すら酔って乗れないからな。栗宮家の血筋というわけか。はっはっは」
キャプテン同士の世間話もそこそこに、隣でヘラついている弘毅とイチャイチャし出すまーちゃんこと白石主将。
意外にも軟派な雰囲気だ。栗宮の人間になんらかの共通項があるとしたら、川崎英稜にもまた似たような何かがあるな……。
「ところで、そちらには末っ子が籍を置いていると弘毅から聞いたが……姿が見えないな。今日は欠席か?」
「欠席というか末席にも居ないというか……時間と場所は伝えてあるし、来るならそろそろ……」
「アアア゛アーーーーッッ!? きっ、貴様、何故こんなところにィィッ!?」
辺りを見渡していると、アリーナの入り口から何やら騒がしい怒鳴り声が幾つか聞こえて来た。あの特徴的なキンキン声は栗宮未来に違いないが。
「あーら! 仮装大賞の予選でもやってるのかと思ったら、アンタだったのね! 栗宮一門の恥さらしっ! プークスクス♪」
「喧しいッ!! 我の足元にも及ばぬ有象無象の虫けらがッ! 貴様のような低俗な人間にこの
「分からなくていいもーん、そんなダッサイ恰好! アホ面晒してよく川崎まで来れたものねっ! それだけは褒めてあげてもいいわっ!」
「んだとゴラァァァァ゛ーーッ゛!!」
厨二ごっこもおざなりに怒り狂う栗宮。
取っ組み合いの喧嘩が始まる。
また濃い奴が出て来たな……。
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