750. 心なしか嬉しそう


 駅からシャトルバスで約10分。高速の料金所にほど近い山の上。自然公園の中に併設されている程度の小規模な動物園だ。日本では珍しくコアラを飼育していることで結構有名らしい。


 雲がちらちら浮かんでいるが、空の大半は澄んだ青色。ゴールデンウィークを丸ごと体現したような快晴だ。四方を覆い尽くす緑は気温の高さを感じさせず、まさに絶好の遠足日和。



「ブタいるらしいですよブタっ! しかも触れる!」

「¡Guau! ブタヤロー! タベルタベル!」

「シルヴィアさん。食用ではないですよ」

「No debes、コトネ! トモグイダメ!」

「怒りますよ!?」


 到着するや否やふれあいコーナーへ一直線のノノとルビー。琴音もぷんすか湯気を立たせ二人を慌てて追い掛ける。

 アイツ、たどたどしいフリして分かって言ってるな。言葉の壁を都合よく利用しやがって。まぁ美味しいけど。琴音のお肉。この話はやめよう。



「三日後はもう試合だってのに、なんでこんなところにいるのかしら……」

「まーまー、来てもうたのはもうしゃあないしな。ここんところ練習ばっかやし、リフレッシュの機会っちゅうことで」

「アンタはハルトと遊びたいだけでしょ」

「そんなんあーりんも一緒やろ?」

「…………恨みっこ無しよ!」

「っしゃあ掛かって来いやッ!」


 ギリギリまで渋っていた愛莉だったが、いざ着いてしまえば童心には逆らえないようで。文香と壮絶なじゃんけんを繰り広げる。

 あいこばっかりで一向に勝負が付かない。普段は水と油みたいなコンビなのに、こんなときばかり相性が良い不思議。



 とうわけでやって来た動物園。文香の言う通りリフレッシュには最適な遊び場だが、これは本来の目的ではない。


 檻の中の動物たちを興味深そうに一瞥する栗宮未来。なんでも動物園は生まれて初めて来たそうだ。落ち着かない様子でフレアスカートをはためかせる。



「なんと……! 見たことの無い召喚獣ばかりだ、実に興味深い……試練とはこれらの召喚獣を使役することか?」

「んー。まーそんなとこだね。お、ポニーの乗馬体験やってるんだ。じゃーこれでいっか」

「フハハハハ! あの程度の雑魚モンスター、この聖堕天使ミクエルの片手間にも及ばぬっ! 二秒で片付けてやろう!」


 目をキラキラと輝かせ乗馬コーナーを目指し駆け出すミクエル。乗りたいんですね。ポニー。さしもの堕天使もこういうところは年相応なんですね。


 結局、瑞希の言うところのハンター試験がなんなのかまだ分かっていない。本人が来たかったのもそうなのだろうが、彼女を動物園で暴れさせるのとフットサル部へ入部させるか云々の件は、どんな関係があるのだろう。



「いーよハル。テキトーにその辺ブラついてて。あたしが面倒見るからさ」

「本当に大丈夫か?」

「ぬっふっふ! 任せんしゃい!」


 頼り気にドンと胸を叩く瑞希。相変わらず意図がサッパリ読めないが、まぁそこまで言うのなら一任してみるか。俺にはもうどうしようも出来ん。


 文香が駄々を捏ね『五回勝負だ』なんだと言い出した辺りからじゃんけんは終わる様子が無い。いいや、放っておこう。比奈に相手してもらお。久々に一眼レフ持って来たからいっぱい撮っちゃうぞ。



「んふふっ。役得役得~♪」

「少しでもセクハラしたら置いてくからな」

「む~。そんなことしないよぉ~!」


 手の握り方からして厭らしさ抜群である。スリスリしないで。こっちも変な気起こしちゃうから。普通にデートさせろ。



 入り口近くにあるのはオセアニアゾーンなるエリア。生息している地域ごとに分かれているらしい。

 俺も動物園は人生初体験。去年瑞希と水族館に行ったけど、あれは水槽越しだからな。ここまで接近するのは初めてだ。楽しみ。


 やたら子連れで賑わっていると思ったら、あれだ。カンガルーだ。イメージよりだいぶデカいな。隣の背が低い奴は子どもだろうか。



「かわい~~♪ もう袋からは出ちゃったのかな?」

「なんか戦闘力高そうやん」

「ね~。意外と筋肉質だよねえ。街中で出くわしたら腰抜けちゃいそう」

「まぁ日本では起こり得ないな……あー、でもイノシシなら通学路に出て来たわ。文香がバッタリ遭遇して追い回されたらしいで。小二の頃やったかな」

「大丈夫だったの?」

「川に飛び込んで回避したとか……でもアイツたまに虚言癖っていうか、冗談でそういうこと言うからな。嘘かも分からん」

「文香ちゃんもちょっと変わった子だからねえ」

「お前が言うなお前が」


 取り留めも無い温いトークを肴に園内ツアーは続く。一押しのコアラはあまりの混雑ぶりに早々断念。アオバネワライカワセミという目がイっちゃってる鳥もなんか怖いので適当に流し見。


 お次はアフリカゾーン。こちらも中々の盛況ぶりである。キリン、サイ、ペリカンと王道どころをサクッと周り、続いて現れたのはオカピなる生物。絶滅危惧種の結構珍しい動物らしい。脚はシマウマで身体が馬。そんな感じ。


 

「わぁ~。久しぶりに見たなぁ」

「前にもあんの?」

「ちょっと先に有名な動物園があるでしょ? あそこでも飼育してるの。みんな小学生の頃に遠足で行くから、市民なら一回は見たことあるよ」

「有難みねえな」


 種類はキリン科なのか。生物実験の末に生まれたキメラみたいな奴だな。諸々の釣り合いが取れないという意味で琴音と同類か。そう、これは悪口。


 勾配のある道を超えた先はユーラシアゾーン。こちらも大混雑だ。パンフレット片手に一際騒がしい若い集団は山嵜の一年生だろうか。そう言えば、フットサル部の一年たちはどこにいるのかな。



「先輩センパイっ! あれがスーチョワンバーラルっスよ! 目つき悪いところが先輩にそっくり…………って、あれ!? なんでここに先輩が!?」

「気付くの遅せえな」

「和田くん大丈夫? 重くない?」

「へ、平気ですッ、じゃんけん負けたオレが悪……グォ゛ッ……!?」


 キリンが檻から逃げて来たかと思ったら、克真に肩車された慧ちゃんだった。息抜きに訪れたのだと話すと、せっかくだし一緒に回りましょうと行動を共にすることとなる。全然克真から降りない。顔死んでるぞコイツ。



「珍しい組み合わせやな」

「いやぁ~色々あったんスよ。最初はみんな一緒だったんスけど、セーラちゃんが近付いて来たヒツジに驚いて腰抜かしちゃって。今はユーキちゃんと真琴氏が様子を……おいこらカツマ! ちゃんと立たないと危ないっスよ!」

「誰のせいでこうなってるとッ!?」


 二人の絡みはあまり見たこと無かったが、結構仲良いんだな。男勝りな慧ちゃん相手なら奥手の克真も気後れしないのだろう。


 残る三人はふれあい広場にいるとのことで、そろそろ小谷松さんも復活した頃だろうとそちらを目指すことにした。

 ニホンイノシシに興味津々の慧ちゃん。克真の肩から飛び降り比奈の手を引いて全力ダッシュ。楽しそうだな。そしておるんかい。イノシシ。



「なんや、真琴に取られちまったのか」

「……な、なんのことですか?」

「せっかく洒落込んだのに残念やな」

「いやいやいやっ……」


 サラッと躱されてしまうが、わざわざ深掘りするまでも無い。本当は有希と一緒に散策したかったのだろう。

 でも慧ちゃんにダル絡みされるわ真琴がぴったりガードしているわでロクにチャンスが無かったと。可哀想に。



「可愛いよな。有希」

「……そ、そうですね。クラスでも一番人気ありますし……いや、だからなんだって話ですけどっ!」


 わざとらしく咳ばらいを挟む。誤魔化すにも下手くそだ。間違いなく有希に気があるな……午後に機会が巡って来るだろうか。まぁ何事も経験だ、頑張れ若人。良い雰囲気になったら俺がブチ壊すけど。



「猪突猛進カーーーード!!」

「グォォ゛ォォ゛ッッ!?」


 すっかりハイテンションの慧ちゃんである。イノシシの真似をして克真に体当たり。地面に突っ伏し身悶えているが、心なしか嬉しそうな気も……有希より慧ちゃんの方が相性良さそうだな。姉さん女房って感じで。分からんが。



 到着するは園内の外れにあるふれあい広場。小っちゃめの動物が放し飼いされていて、真琴が楽しみにしていた餌やりはここで出来る。


 凄い。ブタとかヒツジとか普通にその辺の芝生をほっつき歩いているぞ。小さい子どもがヒツジに囲まれ泣いている。なるほど、小谷松さんもあんな感じで被害を喰らったのか。確かにちょっと怖い。



「聖来が全然起きなくてさ。そろそろいい時間だしお昼にしようかなって」

「俺たちの存在にもっと驚けよ」

「瑞希先輩に聞いた」


 ベンチに横たわる小谷松さんを囲みながら弁当箱を開く有希と真琴。こんなところでメシ食ったら動物に持ってかれそう。


 近くのショボい売店で軽食を購入。普通に売店のすぐ傍までブタが寄って来るのか……フガフガうるせえな。絶対食べさせねえぞ。



「そういやポニーの乗馬体験もこの辺りか」

「あれ? 今乗ってるのって……」

「…………アイツやな」

「ぬぉオオ゛オオォ゛ォォォー゛ーッッ!?」


 有希が興味深そうに眺める先には、暴れ狂うポニーに跨り……いや、跨ろうとして何度も振り落とされる栗宮未来が。


 隣でゲラゲラ笑い転げる瑞希らフットサル部員数名。ハンター試験の最中なのか……?


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