749. 伝説のハンター


「はむ、ふむぐっ、ズズズズ……ひかにも。祖は一門の正統後継者たる我を安全な地へ匿うべく、断腸の想いひと持ちにアルテノンの宮殿を去ったのだ……もく、もくっ……ひりゅルルルル、んぐんッ……美味いッ!!」


 掃除片付けも終わり何人か座れるだけのスペースも確保されたので、部屋の片隅で死んでいた栗宮未来を叩き起こしに行く。

 瑞希を除く清掃組は俺の部屋で休んで貰うことにした。匂いが酷かったからだ。狭いユニットバスはエライ混雑ぶりである。


 よほど腹を空かせていたのか、或いは真っ当な食事にありつくのも久々ですっかり気を許してしまったのか。奴はここ数か月の身の上を事細やかに語り出した。メシ食いながら。箸の使い方がなっちゃいない。食い方も汚たねえ。



「だがそれからが問題だ……祖はサンドリアンの管理者を名乗る邪神との融合を図った。アレは中々の好き者でな。禁断の果実へ手を差し出すことさえ厭わぬ愚か者よ……まったく、危うく後継者の資格を失うところだったわ」

「そんなっ……!? 酷いっ!」

「だからなんで解読出来るんだよお前は」


 厨二学に精通する比奈の翻訳によると、父親の不倫を機に母と家出したまでは良いが、実は母親も浮気をしていたと。ダブル不倫というやつだ。で、居候先がその浮気相手の家だったらしく。


 しかも母親の浮気相手はまぁまぁなロリコン気質で、栗宮を性的対象として見ていたのだそうだ。このままでは貞操の危機と命辛々逃げ出して来たと。


 ……って、本当に訳アリだったのかよ。

 全然そう見えないからリアクションに困る。 



「事態を重く見た我はサンドリアンを脱出した。だがアルテノンの宮殿も中々の荒廃ぶりでな……」

「そっか……お父さんもだもんねえ」

「我が愚兄グケイ、半身共々、始祖の横暴に愛想を尽かし宮殿を後にした。今は同胞の厄介になっているそうだ。そこはもはや安住の地では無かった……」


 上兄妹の弘毅と胡桃は友達の家で暮らしているそうだ。弘毅の奴、そんな素振りちっとも……見掛けによらず苦労しているんだな。



「そんな状況でよく家借りられたね」

「おじいちゃ……始祖の始祖が手を貸してくれたのだ。おこづか……白金貨50枚ほどの施しを受けてな。この地へ留まることを赦してくれた」

「じーちゃんち遠いの?」

「南方の遥か彼方だ……その地にはアーティファクトを司る者がいないからな」


 危うく標準語に戻り掛ける。苦渋の面持ちも納得の範疇、家族と生き甲斐も同等のフットサルを天秤に掛けるなんて、15歳の少女には辛過ぎる現実だ。



「じゃー、姉貴と違うチームでプレーしたいとか、フットサル部を乗っ取るとか、そーゆーのは全部ブラフだったわけ?」

「……魂の分割、と言ったところか。唯一人のチカラで、我が半身をも凌ぐ成果を挙げれば……一族も元の姿へ戻るやもしれぬ。今夏行われる天下一武道会は、我の余りある才覚を知らしめるに恰好の機会……ッ!」

「ふーん……」


 姉の胡桃をライバル視しているのも本当のことだが、本来の目的は……自身の実力を証明し結果を残すことで、両親の関心を取り戻すことか。


 今年から始まる混合大会は、男女が同じコートでプレーするという特異性のみならず、女子サッカー界期待の星でもある栗宮胡桃が参戦を表明し、徐々に世間の関心を集め始めている。両親の目に留まる可能性も高い。


 そうか。弘毅がブラオヴィーゼのトップ昇格を断ったのも……俺と戦いたいというのも本心だろうが、半分は妹と似たような理由なのかもしれないな。もしかしたら胡桃も同じように考えているのかも。



「陽翔くん……」

「分かってる。身の上はよく理解した。でもその話と、小谷松さんに迷惑掛けて一度の頭も下げねえコイツの腐った性格はまた別の問題や」


 親身になってしまった比奈の気持ちも分かるが、ここは一旦冷静になるべきだ。確かに同情の余地はある。

 だがそれ以上に酌量の余地も無い。小谷松さんの件もそうだし、これまで散々フットサル部に迷惑を掛けているのだから。


 一緒に全国目指して頑張ろう、と受け入れるのは簡単だ。だが彼女のキャラクター、自己中心的な在り方が他のメンバーへ与える影響も無視は出来まい。


 優先順位があるのだ。大会を勝ち進むに越したことは無いが、そればかり追い求めてフットサル部らしさを失ってしまっては元も子もない。



「……保留やな。さっきの話はチーム全員で共有する。ちゃんと話し合って、みんなが納得するのなら……」

「いーよそんなことしなくて。プライベートの問題なんだし、わざわざ話広げなくたっていいじゃん」

「……瑞希?」

「なるほどな。よー分かった。つまりハルは、ホントはなんとかしてフットサル部に入れたいんだね」

「え。いや、別にそうとは言っ」

「これもキャプテンの仕事ってわけか……!」


 腕を組み深々と頷く。

 いや、瑞希さん。一人で納得されても。

 間違ってもそんな理由で任命してないぞ。



「よーするに、あたしがカンペキにセーギョすればいいんでしょ? いやぁ、大変な仕事ですわ……退学寸前の問題児を教育し直すなんてな……っ!」

「あの、瑞希。俺はそうしろなんて一言も」

「いーんだハルっ! 分かる、分かるよその気持ち! 今までいろんなことに気ィつかって来てさ。疲れちゃうよな……!」

「瑞希さんや」

「長瀬も相変わらずダメダメだし、ひーにゃんは変態になっちまったし、くすみんはホントに猫みたいだし、市川に至ってはマジのペット……押し掛け女房に日本語の不自由な外国人、生意気な一年共……毎日大変だよなっ……!」

「何故いきなり全方位射撃を」


 変なスイッチが入ってしまったようだ。感極まった様子で俺の右肩をバシバシと叩く。隣で冷や汗を垂らす誰かさんのフォローはともかくとして。



「心配すんなハルっ! なんとかしてやる! 今までハルが頑張って来た半分は、あたしが担ってやるよ! それがキャプテンのセキニンってやつだ!」

「え。お、おう。ありがと?」

「ハルはなんもしなくていいから! 全部あたしに任せろっ! なっ!」

「……わ、分かった」


 そこへ至る動機がまったく分からないが、栗宮未来を更正させるべく躍起になっているようだ。鼻息荒く上がり、いったいどういうつもりだと怪訝な目で見つめる栗宮未来の前に立ち塞がる。



「おっし! じゃあ栗宮、まずはシャワー浴びて着替えろ! てゆーか、いま着てるのも臭い!」

「……何故貴様に命令されなければならないのだ。何度も言っただろう、聖堕天使ミクエルは孤高の存在! 誰の支配下にも入らぬと!」

「ほーう……言ったなあ? だったら改めて証明してもらおーじゃねえか!」

「ふっ、構わぬ。勝負なら幾らでも……!」

「のん、のん、のんっ。もう1on1は飽きちまったからさ……フットサル部の鉄則を教えてやるよ。ウチで偉いのは、フットサルが上手い奴でも、一番結果を出した奴でもない……もっと重要なことがあるのさ!」


 ビシッと指を突き立てキメポーズ。

 俺もサッパリだ。もっと重要なこと?



「まさか、噂に聞く伝説のハンター試験か!?」

「そーゆーこった! 今からお前に試練を与えてやる!その試練を乗り越えられたら、部長でもキャプテンでもエースでも、なんでも譲ってやるよ!」

「確かに言ったな!? 二言は無いか!?」

「マジでマジで!」


 すっかり落ち込んでいた栗宮未来だが、ぱぁっと瞳を輝かせ意気揚々と立ち上がる。着替えの改造制服を引っ張り出して風呂へ飛び込んで行った。


 なんだか話の流れでよく分からないことになっているが……瑞希は本気で言っているのか? というか、試練ってなに?



「……なにをさせようと?」

「んー? ハンター試験」

「その中身を聞いているんでしょうに」

「だから、ハンターになって貰うんだよ。ハンティング。読んで字のごとし!」


 懐からスマホを取り出し差し向ける。

 有希とのラインのやり取りだ。

 遠足は滞りなく進んでいるようだが。



「アイツも一年なんだしさ。いくら停学処分中だからって、一人だけ除け者じゃ可哀想だろ? てゆーか、あたしも興味あるし!」

「つまり?」

「……行くぞ! 動物園っ!」


 何故そうなる。


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