751. お約束


「くぅぅ……ッッ!! 何故ッ、何故言うことを聞かぬのだッ! 貴様のような下等生物に生殺与奪の権を握られる筈が……ぬほわああアアァ゛ァァ゛ァ!?」


 幾度となく乗馬を試みるが、少しでも触れようものならポニーが露骨に嫌がり、後ろ足で軽々と吹っ飛ばされる始末である。隣の男の子は軽々と一人で乗りこなしているというのに……。



「落ち着いてくださいっ、ポニーを興奮させないでくださいっ!!」

「喧しいッ!! この程度の召喚獣を使役出来ぬなど聖堕天使ミクエルの名が廃ヴエエエエ゛ェェァァ゛ァァー゛ーー゛ー!!」

「お客様ああああ!!」


 そうやって大声出してバンバン叩くからだ。

 注意書きあるだろ字が読めんのか貴様は。


 渾身の台詞は体当たりに遮られる。芝生の遥か彼方までブッ飛ばされ、他の暇していた数頭が周りに集まり栗宮を足蹴りし始めた。お前こないだも子どもに囲まれてリンチされてたな。ボールの気持ちがよく分かることだろう。


 瑞希ら金髪トリオはそれぞれスマホを掲げ様子を撮影している。大爆笑だ。どう見ても試験の最中とは思えないが。



「まさかお前、アイツを玩具にしたいがために試練云々言い出したのか?」

「んー? まー半分くらい?」

「半分もあるのかよ」


 言うところの第一ハンター試験は失敗に終わった。やはりその意図は読めないが、栗宮を助ける道理は無いし瑞希が満足なら良いか。この件は彼女に一任、ノータッチを貫くと決めたのだ。


 ウッドテーブルに軽食を広げのんびりとした時間が流れる。栗宮の悲鳴を肴に食事を楽しむというなんともシュールな絵面だ。ついでに写真でも撮っておこう。後々役に立つかもしれない。



「シェイクスピアの戯曲みたいだね」

「馬に足蹴りされる場面があると?」

「そういうシーンは無いけど……パーティーの余興みたいな? 道化がダンスを踊ったり劇中劇をしているのを、メイン役の人たちが眺める場面がよくあるんだよ。喜劇ではお約束の展開なの。夏の夜の夢とか、恋の骨折り損とか」

「具体例出されても分からんっす」


 サンドウィッチを摘まみお得意の偏った博学を披露する比奈。ルビーもその手の知識があるらしく、瑞希を通訳にお喋りを始めてしまった。蚊帳の外。


 ふむ。確かに似たような構図かもしれない。優雅に昼食をつつく俺たちは上流階級の人間で、笑いものになっている栗宮は実質道化みたいなものか。


 ……道化、ねえ。

 


「あれ……廣瀬先輩? どしてここにおるん?」

「おはよう。ちと入り用でな」


 ベンチに寝そべっていた小谷松さんがようやく復活。あとは俺たちに任せたと、ユキマコはお目当ての餌やりへ向かう。


 方言の秘密を餌に諜報活動の使い走りにされた過去を持つ小谷松さん。栗宮には良い印象が無い筈だが……心配そうな面持ちで様子を眺めている。



「栗宮さん、せわーねーんか?」

「死にゃせんやろ。たぶん」

「……ちいと行って来る」

「ん、おう?」


 ポニーの群れへ駆け寄る小谷松さん。小柄な彼女では新たな標的になり兼ねないと思われたが、これが中々に上手いこと手懐けている。ヒツジは駄目なのにポニーはイケるのか。謎。


 慣れた様子で乗り方をレクチャーしている。あぁ、前にもやったことあるのか。田舎出身だとそういう機会が多いのだろうか。分からんが。



「おー! 乗れてるっスよ!」

「乗りこなしているとは言い難いな……」


 丁寧な手解きのおかげか、ようやく栗宮もポニーに跨れるようになった。

 が、猛スピードで広場を駆け回るポニーにしがみ付くだけで精一杯。召喚獣の癖に生意気だなんだと騒いでいるが、暫く落ち着くことは無いだろう。


 しかし小谷松さん、アイツには割と酷い目に遭わされているというのに、随分と親身なんだな。共に諜報活動へ勤しむ間に変な信頼関係でも生まれてしまったのだろうか。ストックホルム症候群的なアレか。



「栗宮ちゃん、一応アタシらと同じクラスなんスよ。授業一回も出てないっスけど」

「あぁ、そうなんか」

「隣の席がポッカリ空いてるモンで、セーラちゃんずっと気にしてたんスよ。休み時間に栗宮ちゃん探しに行くこともありましたし。まー見つからなくてすぐ帰って来るんスけど」

「喋らんのによう分かったな」

「紙に書いて渡して来たっス」


 理由は分からないが、入学当初から栗宮のことを気に掛けていたようだ。なのに下手に出た途端弱みを握られたと。可哀想に。


 なるほど。だがそうなると……案外ハードルは多くないのかもしれないな。小谷松さんが奴にそれほど悪い感情を抱いていないのなら、フットサル部へ招き入れるにあたり一番の不安要素とも呼べる障壁も無くなるわけだし……。


 ……いやいや、でも栗宮だぞ。聖堕天使ミクエルだぞ。日常会話さえ覚束ない人間をどうやって懐柔しろと言うのだ。

 いくら瑞希が腰を折ってくれているとはいえ、あんなじゃじゃ馬を他の連中が認めてるとは到底……。



「おーっとここでディープノートルダム、ディープノートルダム! ついにクリミヤアドマイヤを捉えたーッ!」

「市川さんっ、ヒツジに乗っちゃダメです!? どこへ行くんですか!?」

「世界のホースマンよッ、これが日本近代競馬の結晶だああああ!!!!」


 ……ヒツジを颯爽と乗りこなし栗宮のポニーを追い掛けるノノ。広場真ん中でアワアワしている琴音を煽るよう二頭がグルグルと周回している。今のうちに係の人に謝っておこう。


 聖堕天使だぞ。人間以下の問題児だぞ。

 何故こうも馴染んでいるのだ。解せん。






 係の人がそんなに怒っていなかったのでそれはまぁ良かったのだが、流石に居心地が悪くなってしまい総出でふれあい広場から移動する羽目となる。揃って常識が無い。猛省。


 ハンター試験に付き合わせるわけにもいかないので、一年組とはここで一旦お別れとなる。ようやく有希と園内を周れると克真は陰でガッツポーズを決めていた。真琴のガードと慧ちゃんのダル絡みを回避出来るかどうか。頑張れ。



「センパイセンパイっ! デンジャラスゾーンっていうのがありますよ! 行きましょうっ!」

「元気過ぎお前」


 有馬記念ふれあい広場大会に勝利しすっかり上機嫌のノノに手を引かれ、やって来たのはデンジャラスゾーンなるエリア。お化け屋敷の入り口にも見間違えるおどろおどろしい看板を潜り抜ける。


 名前の通り危険生物に至近距離まで近付けるのがウリの最近オープンしたエリアだそうだ。奥から悲鳴が聞こえて来る。ヤだな。普通に行きたくない。



「『死んでも責任は取りません』……だと?」

「誓約書の意味はあるのでしょうか……」


 ビビり散らかす琴音の代わりにサインし、ついにエリアの中へ。幾つかの小屋が点在していて、これを通り抜けなければならないようだ。



「わあ~。オオトカゲだって陽翔くん」

「放し飼いにして良いのかそんな危険生物……」

「手を噛まれたら腐っちゃうらしいよ」

「なんでそんなのほほんとしてるお前?」


 爬虫類可愛いから好きなんだ~と暢気に宣う比奈。そんな恐ろしいことは掲示板に書かずちゃんと説明しろ。いやそもそも説明したとしても意味分からん。



「じゃ、栗宮が先頭ね」

「フッ、一向に構わぬ……しっ、所詮は人間の手によって甘やかされた、野生本能を失った俗物に過ぎんのだ……ッ!」


 当たり前のように先頭へ押し出される栗宮。これが第二のハンター試験か。それだけではないと思うけどな。瑞希も珍しく怖がっている。


 ポニーさえも十分に扱えなかったわけだから、栗宮も流石に気後れするのか中々前に進まない。ようやく深呼吸一つ拵えドアを開け……ちょっ、いきなり目の前にいるんですけどォ!?



「キャストさん! 出口塞いでるアイツ!?」

「あぁ~はいはい。今退かしますね~」

「暢気過ぎる……ッ!!」


 なんの防護もせずオオトカゲを端っこの水辺へ追い出す係の人。ええ、メッチャブチ切れてるオオトカゲ……ちょ、デカいデカいデカい速い速いッ!!



「待てッ、おい貴様ッ!? 今こっちに来たら確実に襲われていたぞ!?」

「大丈夫ですよ~結構怖がりなんで~」

「あれに噛まれたら腐るのか!?」

「腐りますよ~」

「ひいいいいいいいッッ!?」

「馬鹿テメェッ、しがみ付くなッ!!」


 進まない。足も話も。


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