746. チェンジで
諸々の後処理を済ませ交流センターを離れたのは午後9時過ぎ。何だかんだで通常通りの就業時間だ。ルビーを送り届けるために遠回りしない分いつもより早い帰りだったりする。
が、それだけでは補えない精神的疲労。早く帰ってノノに甘えたい。明日からゴールデンウィーク、練習は毎日あるが集合は少し遅め。可能な限りダラダラしたい。癒しが足りない。
「お疲れさん。バイト帰りか?」
「最近この時間によう会うな」
「いやあ。男からの誘いが絶えないモンでね」
「絶対ウソやん」
晩飯を作る気力も無いのでスーパーのお総菜コーナーをうろついていると、こちらも仕事帰りと思わしきスーツ姿の峯岸と遭遇する。
峯岸には珍しくマトモな格好だ。初めて会った進路相談会でもワイシャツとジーンズ姿で現れたと真琴が話していたくらいで、よほどのことが無ければ見てくれに拘らない軟派な女である。どういう風の吹き回しだろう。
「ゴールデンウィークのどっかでええから顔出してくれよ。ちょっと相談したいことがあってな」
「あー、すまん。ちと野暮用でな、暫くこっちに居ないんだわ。悪いね」
「出張?」
「まぁそんな感じ。あぁ、栗宮の件か? なんならメシついでに話聞くけど」
「だったらいい。人待たせてるから」
「充実しやがって……」
「誰も女とは言ってないぞ」
「見りゃ分かるさね、その浮かれた顔」
彼女に限らず教師揃って栗宮未来の扱いには頭を悩ませているようだし、何かしら有益の情報を得られるかと思ったが。そういうことなら後回しにしよう。アイツの件で脳内キャパ埋めたくないし。
「で、まぁ……私も気になって、少し調べてみてな。アイツ、U-14まで代表の常連だったみたいじゃねえか」
「らしいな。試合は出てないっぽいけど」
「代表に限らずあのプレースタイルじゃな……どのチームでも持て余すだろうさ。小兵ドリブラーは先が細くて大変さね」
割引シールの付いた総菜を大量に囲い込む。相変わらず酷い食生活だな。人にアレコレ口出し出来る立場か。出張より健康診断行け。
プレー映像ならともかく、女子のフットサルクラブ、それもアカデミー選手の詳細となるとインターネットでも中々に情報は少なく、栗宮未来の経歴は上面のものが多かった。
現状集まっている情報は、最後の一年間まったく試合に出場しておらず、それを機に世代別代表からも遠ざかっていること。
あとは精々『栗宮胡桃の妹も超逸材! 所属チームは? プレースタイルは? 調べてみました!』的な信ぴょう性皆無のブログ記事くらいか。
余談も余談だが、俺個人にスポットを当てた内容ペラッペラのしょうもない記事は今もネットの海にごまんと存在する……調べてみましたって言う割にどこでも得られる情報しか載ってないんだよな。なんなんだろうなアレ。
「言いたいこた分かるさね。奴の打開力をチームに組み込めれば、大幅な戦力アップは間違いない……だがしかし、あれほどのじゃじゃ馬を扱い切れるかどうか」
「せやな。小谷松さんみたいに被害を受けた子もいるし、今後似たようなケースが起こらないとも断言出来ん」
「こればっかりはねぇ……まぁでも、私に権限があるならお試しで入れてみるけどな。合わなかったら適当に理由付けて梯子外せば良いんだよ」
「仮にも教え子だというのに」
「近々生徒ですらなくなるかもしれない奴に余計な気ィ遣ってる場合か」
顔を引き攣らせ遠い目で天井を見つめる。それもそうか。アイツいま停学処分中なんだっけ。サラッと流してたけどまぁまぁな身の上だ。
空き教室を昼寝スペースに改造するくらいならまだしも、購買弁当の転売や薬品調合は洒落にならない。普通に犯罪。悩んでるの馬鹿らしくなって来るわ。こんな奴どう足掻いても扱い切れんわ。
「まっ、その辺りの判断はお前らに任せるわ。どうしてもアドバイスが欲しいってなら聞いてやらんことも無いが。これでも顧問だしな」
「今までロクに干渉してこなかった幽霊顧問がなんだって? エエン?」
「そう言うなって。これでも出来る範囲で動いてやってんだから。ほら、カゴ寄越せ。これくらい出してやるよ」
「ん、おう。あんがとな」
「練習試合、ゴールデンウィークの最後だろ? 頑張れよ。中々面白そうなチームだぜ、川崎英稜」
一緒に会計を済ませてくれた。
これは普通に嬉しい。先生大好き。
ぷらぷら右腕とポニーテールを振り揺らし帰路へと着く峯岸。後ろ姿を暫し眺めていた。よう分からんところで絵になる女だ。喫煙者じゃなかったらもう少し男子人気も上がるだろうに。
自宅アパートの階段を上ると、通路側にあるユニットバスの明かりがちょうど消えるところだった。シャワーでも浴びていたらしい。
ドアを開くとバスタオルを肩に引っ提げ髪の毛の濡れを拭き取るノノの姿が。後輩美少女のシャワー上がりに遭遇、これ以上無いラッキースケベもといハプニングの筈なのに、どうして俺は驚きもしないのだろう。感受性死に掛けてる。
「ありゃ。まだ帰って来ないものかと」
「なんか用意してた?」
「いや別になんも。三つ指ついてお出迎えするくらいです。全裸で。まぁ半分達成できたので良しとしましょう」
「じゃあテイク2な。一回閉めるから」
「えぇ~。欲しがりさんですねぇ~」
……………………
「ただいま」
「お帰りなさいませ、ご主人様♡」
「チェンジで」
「ひどォォっ!?」
楽しい。
これくらいはお遊びの範疇だが、二人きりの時間はこのような
すっかり馴染んでしまい言及するにも今更だが、練習中を除き誕生日プレゼントのチョーカーは毎日欠かさず着けて来ている。生活指導の厳しい先生に取り上げられた時は泣いて土下座して来たな……。
「センパイ、なんだかお疲れですかっ?」
「ついに仕事場にまでちょっかい掛けて来てな」
「あー、また出没したんですね堕天使ちゃん。すいませんいっつも、センパイと瑞希センパイに任せっきりで。ノノじゃあの人止められませんし……」
「ええねんお前はなんもせんで、先輩の仕事なんだから。いつも通り賑やかしてればそれでええ」
「……それだけですかっ?」
「言われなきゃ分からないと?」
「ムフフっ♪ はいはい、そうですよね~。センパイをいっぱいお世話して癒しちゃうのがノノの一番のお仕事ですもんね~♪」
部屋着に着替える間もなく飛び付いて来て、絡み合ったままベッドへ倒れ込む。明日には新しいものが届く、ここでイチャつくのも今日で最後か。
主張の激しい胸部に留まらず、ノノの身体はどこもかしこも柔らかくて最高だ。ただでさえ暖かいのに、風呂上がりで更にポカポカする。
お日様の匂いが全身を包み込み、不思議と穏やかな気持ちになって来る……はぁ、あったか。
「ほらほら、センパイも早く脱いでください。一人だけ素っ裸って意外と恥ずかしいんですよ?」
「なら着ろって」
「お断りで~す。センパイの温もりを余すことなく味わうに、ありとあらゆる繊維は障壁でしかないのですっ! さあ! よりネイティブに、ナチュラルに!」
これ以上ノータリンの相手をするのも億劫なところだが、服に手を伸ばした俺もまた同類である。四の五の言わず御所望通りにしよう。
こんな風に出来るだけ障害物を減らして、肌と肌をぴったり密着させるのがノノは好きらしい。アホ毛を潰し頭を撫でてやると、それはもう本物の犬みたいにころころと喉を鳴らしムフフと笑う。妙に変態チックでこれがまた可愛い。
見えないリードが浮き出て、チョーカーは見たまま首輪へと様変わり。大型犬の相手をしている気分だ……この温もりを感じたまま眠りに就く以上の幸せは無い。ペット気分なのは実は俺の方だったり。
「メンドっちいなことは一旦忘れて、まずはノノのお相手してください。なにも気に病む必要はありません。思うまま、為すがままにノノを可愛がるのです! 出来るだけ長く、ディープに!」
「お前ほどやなくても、多少の自己犠牲精神ってやっぱり必要だよな……」
「もぉぉーっ! 他の子のこと考えてる場合じゃないんですよっ! ノノのおっぱいはセンパイのストレス解消グッズ……かもしれないですけどッ!」
「良いんだよ否定して。ごめんね」
これ以上雑に扱っては機嫌を損ねそうだ。
仰る通りなにも考えず彼女へ溺れるとする。
会話が通じる。想いが重なる。人類とペットが積み上げて来た偉大なる成果だ。少なくとも堕天使には向いていない作業なのだろう。
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