745. お辞儀をするのだ


 栗宮未来との決闘デュエルもとい1on1はこれが初めてでもなく、既に何度か撃退に成功している。こちらも特徴はリサーチ済みだ。中学時代から著名な選手であった彼女のプレーはネットの海を潜れば幾らでも確認出来る。


 単騎突破型の独善的ボールプレーヤーである点は姉妹似たり寄ったりだが、技術と間合いで守備網を切り裂く姉の胡桃とは違い、スピードとキレ、仕掛けの手数で勝負するロングドリブラー。とにかくボールを手放さないタイプ。



「クッ……!? 我がノーチラスに匹敵する速度とは、過去の栄華とはいえあの禍々しき暗黒魔界を統一しただけはあるなッ!」

「んな実績は無いッ!」


 トップスピードに乗ってもコントロールを損なわない技術の高さ。目もくれぬ速さで相手の急所を突き打ち破る様は、まさに弾丸と呼ぶに相応しい。


 単純なテクニックなら瑞希が上回るが、スキルをドリブル突破に全振りしていることもあり、彼女以上にを感じる選手だ。



「必殺! ファイナンシャルフェアトレード!」

「絶対に意味違うからそれッ!」

『すげー! ピンクの奴もメチャクチャ上手い!』

『ヒロセだって負けてねーぞ!』


 少年たちも思わず声を上げる。ボールを浮かしたままインサイド、アウトサイドと二回タッチ。

 空中エラシコと呼ばれる高難易度のテクニックだ。これをスピードに乗ったまま繰り出すとは。意味分からん。


 小柄さ故に目視すら簡単ではないし、身体をぶつける前に脇を抜かれてしまう。ドリブラーは小さければ小さいほど対処が難しいのだ。



「ええい、煩わしいッ!! 何故これだけの神技を前にして動じぬのだ!?」

「さぁ、どうしてだろうな! 流石にビビり過ぎじゃねえか、厨二野郎!」

「黙れッ! うるせえ死ねボケナス!!」

「シンプルに口悪いな!?」


 とはいえ、そんな栗宮未来にも弱点はある。目にも止まらぬ素早いボールタッチでかく乱を図るが、ここまで有効な一手に欠ける印象。



(そりゃそうだろうな……昨日一昨日と何回吹っ飛ばされてんだって話や)


 140センチ半ばの有希や小谷松さんより小柄だから、多めに見積もってもギリギリ届くかどうか。高一にしても背が低過ぎる。線もかなり細い。


 ロジックは単純。ちょっとでも身体をぶつければ簡単に吹っ飛ぶのだ。持久戦に持ち込めば流石のコイツでも多少キレは落ちて来る。

 気を抜いた一瞬の隙を狙ってゴリ押し。上手く転んでファールを貰おうみたいな考えも無いので、実際に対峙してみると案外やり合える。



「どわああああアアアアァァァァ!?」

『いいぞヒロセ! ナイスディフェンス!』


 喧しい悲鳴と共にグラウンドへ叩き込まれる栗宮未来。敢えてボールを晒し向こうっ気を引き出したかったのだろうが、僅かにタッチが大きくなった。右肩をぶつけ身体ごとブッ飛ばす。


 勝負を眺めていた子どもたちは勝利を確信し万歳三唱。泣きじゃくっていたマリアの元へ駆け寄り大慌てで宥めるファビアン。一件落着だ。良かった生贄にされなくて。



「クゥゥゥゥッ! 何故、何故勝てぬのだ!! 血の契約と引き換えに最終奥義『エレメンタル・ブリザード』を会得した我に死角は無かった筈……!」

「素直にシャペウでええやろ、カッコいい名前付いてるんだから……まぁ今のは分かり易かったわ。これに関してはお前より上手い奴がいてな」

「だっ、誰だソイツは!?」

「オレ」

「むがああああアアアアァァァァーーッ!!」


 いよいよ勝負関係無しに暴れ出しそうだったので、少年たちを招集し栗宮未来もとい不審者兼誘拐犯を拘束に掛かる。

 縄跳びを持って来ていた子がいたので協力を要請し、上手いこと縛り上げて貰った。酷い絵面だ。器用だなキミたち。



「何度やっても結果は同じや。俺には勿論、フットサル部の誰にも勝てねえよ。今のお前ではな」

「なんだと……!?では、まだ解放されていないが……!?」

「あるかもな」

「クぅっ! この程度の拘束など我の手に掛かれば……! おい貴様、今すぐ信託を与えよッ! 八つ目のドラゴ〇ボールが必要なのだッ!」

「七つ集めたんかい」

「分霊箱でも一向に構わぬッ! 這い蹲れ! お辞儀をするのだポッター!!」

「世界観統一して出直せ」


 関根館長の心配事が脳裏を過ぎった。俺も疑ってるよ本当にラリってるんじゃないかって。この状況でどうして強気に出れる。怖い。



(厨二病さえ治ればなぁ……)


 実力にだけスポットを当てれば、フットサル部の新たな核弾頭、強力な武器となり得る存在だ。

 愛莉や瑞希にも匹敵する圧倒的な個の力。社会不適合者の烙印を押しほったらかすにはあまりに惜しい人材。


 一方、どう足掻いてもやはり核弾頭。使い方を間違えればこちらへ被害が及ぶ。コートの外に限った話でも無い。偏に協調性が無さ過ぎる。


 これだけの実力を兼ね備えながら、姉の胡桃と比較して今一つ知名度に欠ける理由がよく分かる。チームプレーの概念が欠片も無い。仮にこの場に味方が居たとしても、彼女はきっとパスを出さない。


 ただでさえコートが狭くドリブル技術を発揮し辛いフットサルで、この球離れの悪さは致命的。

 中学まで所属していたクラブが彼女を強く引き留めなかったのも、性格やプレースタイルを矯正する自信が無かったからなのだろう……。



「耳かっぽじってよう聞け、へなちょこ堕天使。実力は認めてやるが、そのふざけた態度を正す気が無い限り、フットサル部への入部は一切認めん」

「……それは、評議会の判断か?」

「俺が議事長や。たぶん」

「クッ……! 我が悲願を邪魔するばかりか、暗黒下界のサーバントさえも買収してみせるとは……それほどまでに聖堕天使ミクエルを恐れるか!?」


 駄目だわ。まるで話通じんわ。

 諦めよう。見限るにはあまりに惜しいが……。



『チャナ、この縄跳びお前の?』

『セキネから借りた!』

『なら暫くこのままでええか……みんな、センターに戻ろう。もう日も暮れるしな。この姉ちゃんに食べられちまうぞ』

『あははは! ざまー見ろー!』

「ふごぉぉお゛おオオッ!?」


 トドメとばかりに栗宮未来を足蹴りにしグラウンドから駆け去る少年たち。怒るに怒れない。貴様には相応の理由がある。



「百歩譲って俺に迷惑掛けるのは良い。でも今日みたいに子どもを怖がらせたり、また小谷松さんにちょっかい掛けるようなら……次は無いぞ。ホンマに」

「おいッ!? このまま放置するつもりか!?」

「そこで反省しとけ。すぐ近くに交番があるから、精々補導されないように気を付けろ。事情を話したところで疑われるのはお前やけどな」

「待てナイトメア! 話はまだ終わっ――――」


 待ちません。

 ナイトメアじゃないので。


 ギャーギャー喚いているがこの期に及んで慈悲も情けも無い。たっぷり反省して貰おう。一人暮らしだと弘毅が話していたし、まぁその辺は大丈夫だろ。


 中々泣き止まないマリアをファビアンと二人で宥めつつ交流センターへ戻る道中。背後の栗宮未来をチラチラ気にしながら、ファビアンはこんなことを言う。



『あの人、ヒロセの知り合いなの?』

『一応学校の後輩でな。フットサル部に入りたいらしいんだけど、それならエースもキャプテンも全部自分のものだって言って聞かないんだよ』

『ふーん』


 彼女のことが気になっているようだ。まさか見てくれがタイプとか言うんじゃないだろうな。外国人の美的感性は日本人と丸きり異なるが、アレを女として見ているなら徹底的に情操教育を施す用意があるぞ。



『ヒロセと同じくらい上手いんだから、チームに入れてあげればいいのに』

『上手いだけじゃダメなんだよ。なに言ってるか分からない、敵意剥き出しの人間をチームメイトとして受け入れられるか? ファビアンも嫌だろ、自分が一番上手いんだっていっつも威張ってるような奴』

『それ、ヒロセのことじゃん!』

『なんだとォ~!』

『わー! 怒ったーー!』


 髪の毛をグシャグシャ弄繰り回すと、マリアの手を引いて駆け出していく。なんだ、二人ともすっかり元気じゃないか。まぁ良いけど。


 ファビアンの気持ちはちょっとだけ。いや、よく分かるのだ。栗宮未来と同じユニフォームを着てコートへ立つ姿はまったく想像出来ないが。もしそれが現実となれば、いったいどれだけの化学反応が巻き起こるのか。


 勿論、根っこの大切な部分を忘れてはいけない。フットサル部はチームである以上に友達で、仲間で、ファミリーなのだから。

 彼女の飛び抜けた個性が屋台骨もろとも爆散させるようなら、いくら飛び抜けた実力があっても……。


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