744. 変な薬とかやってない?
「あ~~゛疲゛れ゛た~……!」
「世良さん、いつまで寝ているんですか。今日の片付け当番は貴方でしょう。疲れているのは全員同じです、シャンとしてください」
「もうちょっとええやんかぁ~! ことちーウチにだけ厳し過ぎんねんっ!」
「駄目です。あと敬語を使ってください」
「マウント取ってくるし~~!!」
明日土曜からあっという間にゴールデンウォーク。金曜恒例の走り込みを終えコートに突っ伏す文香は先ほどから微動だにしない。
俊敏かつ抜け目ないオフザボールの動き出しが光る彼女だが、体力面はやや不安が残る。今日のランニングもそう、序盤で張り切り過ぎてすぐガス欠するのだ。文香らしいと言えばそうかもしれないが。
「ほらほら文香ちゃん。お片付けは良いから早くシャワー浴びようねえ」
「姉御~助けてぇ~!!」
比奈に引っ張られ新館へ連行される。これまであまりの絡みの無かった二人ともそれなりに上手くやっているようだ。
変なあだ名を付けるのは昔からの癖。でもなんで比奈が姉御なんだろう。むしろオカンやろアイツ。
新入りへの歓迎ムードも鳴りを潜め、連日ハードな練習が繰り広げられている。琴音もチームキャプテンという名の委員長役が板に付いて来た。
何かとダラけがちな文香やルビーのケツを蹴り上げたり、勝手の分からない一年組をフォローしたりと精力的に動いている。
生真面目な彼女のことだ、明確な役職や仕事を与えられた方が居心地も良いのだろう。
練習後には『今日の振舞いはどうでしたか』とアドバイスを求めにやって来る。全力で褒めてやるとそれはもう嬉しそうにそっぽを向いてニヤニヤ笑う。あれでも隠しているつもりらしい。可愛い。
「瑞希、日も落ちるしそろそろ切り上げようぜ」
「待って、もう終わるから! ケイ、無理に身体張らなくていーんだよ。もっと体重預けて」
「こんな感じっスか?」
「そーそーっ! ほら、バチンてぶつかったら自然と目線上がるっしょ? そのときに味方がどこにいるか確認して……」
こちらはギリギリまで居残り練習に励む新キャプテン。慧ちゃんにポストプレーのやり方を事細やかにレクチャーしている。
スキル、経験共に抜けたものがある瑞希にうってつけの仕事だ。ああ見えて世話焼きというか、教えたがりなところあるからな。先輩面したがるし、後輩はちゃんと可愛がるし。
責任の伴う地位を任せたことで、プレーだけでなく精神面も良い方向へ作用しているようだ。ポジティブで上昇志向の強い彼女がチームへもたらす影響は大きい。我ながら良い配置転換だったと思う。
「急に部活っぽくなってきましたね。ノノ的には全然ウェルカムですけど」
「活動中くらいはな。ユニフォーム脱いだらいつものアホ集団に戻るんだから、むしろバランス取れてちょうどええわ」
ハンドタオルで汗を拭い並び立つノノ。居残り練習に明け暮れる二人を眺め目を細める…………やけに距離近いな。いつの間に腕絡めやがった。
「脱がすのはユニフォームだけですか?」
「なにを言いたい」
「今日泊まりたいです。大丈夫な日なんで」
「……バイトあるから遅くなるぞ」
「リアル全裸待機してます。そもそもペットに衣服が必要がどうか分かりませんが」
「…………明日に影響出ない範囲でな」
「おっしゃァッ!!」
盛大にガッツポーズを決め二階更衣室へ走り去るノノ。ばたばたと揺れ動く大きな尻尾は俺にしか見えていない……話の流れで余計な約束を取り付けてしまった。別に良いけど。断る理由無いし。
どれだけ練習に熱が籠ろうと、根っこの部分は仲の良いグループだ。しっかりメリハリが付いているのが大切。修学旅行で愛莉が話していたことがようやく実現しつつある、だいぶ時間は掛かったが。
おおよそ順調だ。チームとして、大所帯の集団としてすべてが上手く回りつつある。
ゴールデンウィークを締めくくる練習試合、そして着実に近付きつつある予選に向け準備は万全。
となると、当面の問題は例のあの女。
今日はコートへ姿を表さなかったが……。
「廣瀬先輩、電話鳴りょーるよ」
「え、おう。ありがと……って、また取り出してお前。勝手に鞄開けるなって言ったやろ」
「へへへ……すんませんっ……」
ソファーに荷物を放置している俺も悪いとはいえ、小谷松さんは悪びれる様子もなくヘラヘラ笑う。ここ数日変なことはされていないが、手癖の悪さは相変わらず。これを純粋な好意でやるんだから怒るに怒れぬ。
差出人は交流センターの関根館長だった。まだバイトまで時間があるので遅刻を咎める電話では無い筈。そもそも最近は『来れるとき来ればいいよ』みたいな感じで出勤時間もなんも無いし。はて。
『ごめーん廣瀬くーん。まだ部活中?』
「いや、ちょうど終わったところです」
『悪いんだけど、急いで来てくれないかな。実はキミの知り合いだって言う女の子が来てね、ファビアンたちを連れてグラウンドにサッカーしに行ってるんだけど、やっぱりちょっと怪しいなって』
「知り合い?」
交友のある女の子は基本フットサル部の人間だ。今日も漏れなく全員出席しているし、知り合いと言っても身に覚えが無い……自称なら一人いるが。
「どんな奴ですか?」
『すっごい小っちゃい子。ピンク色の髪の毛でね、ビックリしちゃったよ』
「……ツインテールでした?」
『そうそう。廣瀬くんがここで働いてるの知ってる人なんてそう多くないし、あっさり信用しちゃったんだけど……』
「……なんて言ってました?」
『廣瀬くんの同志とかなんとか……正直よく分からなかったんだ。失礼なこと聞くけど、大丈夫? あの子。変な薬とかやってない?』
「可能性はゼロじゃないとだけ……」
そう来たか。あの野郎、直接フットサル部に手出しできないと分かったら……勝手に知り合い名乗るな。一方的にもほどがあるわ。
「先輩、もしかして……」
「ああ。悪い小谷松さん、先に帰るからみんなに言っといてくれ……ったく、特別手当くらい出してくれるんだろうなッ!」
スクールバス、電車と乗り継ぎ三十分。交流センターへ到着。建物のすぐ横にある運動公園の大きなグラウンドはファビアンら外国人少年たちの遊び場でもある。彼らの宿題を見たあとにここでサッカーに興じるのが一連の流れ。
目当ての人物はすぐに見つかった。ボロボロのサッカーボールを自在に操り子どもたちを翻弄するツインテールの小っこい女。今日は例の改造制服でなく身軽なユニフォーム姿だ。
『大丈夫かファビアン、何かされなかったか?』
『ヒロセ! 助けてっ! あのピンクの奴がボール返してくれないんだ!』
ファビアンを筆頭に少年たちがぞろぞろと集まって来る。俺の代わりにサッカーで遊んでくれるかと思いきや、ずーっと一人でドリブルし続けてボールを占領しているそうだ。ガキかよ。
「ハーーッハッハッハッハ!! 見たか廣瀬陽翔ッ! 貴様が手塩にかけ育てて来た精鋭たちは、既にこの聖堕天使ミクエルの手に堕ちた! 臣下を奪われ一人戦地に晒される気分は如何かなッ!」
「なぜ俺の職場を……ってのは流石に愚問か」
「左様! 我が調査兵団の機動力を舐めるでない! 此処が貴様の第二機密情報機動要塞であることはとうにリサーチ済みだッ!」
「懲りない奴め……」
ボールを脇に抱え込み絵に描いたような高笑い。言わずと知れた聖堕天使ミクエルもとい山嵜高校随一の問題児、栗宮未来である。
瑞希と琴音をキャプテンに任命した翌日から、懸念通り栗宮未来は早速新館裏コートへ現れるようになった。
その度にフットサル部の支配権を求め、俺と瑞希に1on1の勝負を挑み涙目敗走するのがここ数日お約束の流れ。
仕方の無いことだ。入部したいのなら素直にそう言えば良いのに、余計な権力まで求めるから追い返す以外に対策が取れないのである。
ここだけの話、ノノの話していた『部活っぽい』雰囲気は栗宮未来へ隙を見せないため上級生らによって意図的に形成されたものだったりする。
お前の厨二ごっこに付き合っているほど俺たちは暇じゃない、そんなメッセージを暗に込めているが……届いていないようだ。
……って、んん? あれは!?
「お前、マリアをどうするつもりやッ!?」
「ふっふっふ! 生贄だ!」
「テメェマジでぶっ殺すぞこの野郎ッ!!」
マリアは交流センターの常連であるポルトガル人女性の娘さん。いつもルビーの後ろを着いて回っている。
サッカーより絵を描いたりおままごとをする方が好きで、俺たちがいないときはファビアンにべったりだ。
「少女を返してほしければ要求を呑めッ! 我をフットサル部に招き入れ、絶対的支配者として君臨させろッ! さぁ、時間が経てば経つほどこの子の自我は崩壊していくぞ!」
『うわああああああああん!!』
特に拘束されているわけではないが、栗宮未来の異様な雰囲気に圧されマリアは地面に座ったまま泣いている。
そりゃ怖いよな。言葉が通じないなんて些細な問題だ。大の大人でも同じだよ。俺も辛いよ。
嗚呼、結局こんな流れか。そろそろ相手するのも疲れて来たな……とにかくマリアの安全だけでも確保しなければ。生贄にされるのは困る。
「どうしてもと言うのなら、力づくで奪ってみるが良い! 至極簡単、単純明快! 圧倒的イージー! 今日こそ貴様が首を垂れ蹲う日だッ!」
「何度やっても同じやッ!!」
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