743. リブランディング
これといって他のメンバーには説明せず今日も練習が始まった。実戦と同じ五人対五人で試合が行えるようになり、強度、熱量共に本番さながらの環境が整いつつある。カラッと晴れた快晴も僅かに後押し。
「マコ! 縦切るときはしっかり切れ! 立ってるだけじゃ意味ねーぞ!」
「はいっ、分かってます!」
「世良も一緒! もっとバランス見て考えて走れ! ケイが真ん中にいただろーが! 自分の好きなとこだけでプレーすんな!」
「にゃーーッ! はいはい気を付けますぅ!」
一際大きな声でビブス組の面々を叱咤するのは、まず形からと早速キャプテンマークを右腕に巻いた瑞希。熱くなりがちな一面が上手いこと作用しているようだ。声色は厳しいがコーチングは実に的確。
一方のノービブス組。声のデカさでは敵わないものの、最後尾から絶えず指示を送り続け奮闘を見せるもう一人の新キャプテン。
「奪い切らなくても良いんです、自由にプレーさせないのが大事ですっ。小谷松さんはそのまま前に、比奈は少し後ろから有希さんのフォローを……市川さん、さっきからどこを見ているんですか!」
「いやあ。愛莉センパイが可愛くてつい」
「集中してくださいっ!」
「はーい、すいませーん!」
俺の隣で死ぬほど落ち込んでいる愛莉がよっぽど面白いようだ。琴音の叱責に遭いノノは掌を合わせプレーへと戻る。
知識や技術では瑞希に及ばないが、彼女の生真面目な性格はチームのダラッとした空気に活を入れてくれる。
ただ一人違う色のユニフォームを纏う姿は、楠美琴音という選手、そして人間性を表すにおいてこの上ないもの。
「どうせ私なんてどうせ私なんてどうせ私なんてどうせ私なんてどうせ私なんてどうせ私なんてどうせ私なんてどうせ私なんてどうせ私なんてどうせ私なんてどうせ私なんてどうせ私なんてどうせ私なんてどうせ私なんて……」
「そこまで落ち込むことある?」
さて、コートの外で長いこと体育座りのまま呪詛を唱えている部長をそろそろなんとかしなければ。
もう三十分近くこんな具合だ。いよいよ面倒になって来た。メンヘラのポンコツは救いようが無いぞ。いくら美人でも。
「何遍も言うとるやろ。部長は愛莉のままやって」
「…………一緒じゃんッ!」
「全然違うんだな、これが」
コートへ顔を出したら先に到着していた瑞希が急にキャプテンマークを巻いていたものだから、部長の座を解任されたと勘違いしているらしい。
ようやく話を聞いてくれる体勢になったので、改めて説明し直すとしよう。唐突な配置転換にも色々と理由がある。
「役割の分担や。言うてお前、自分でも薄々分かってんだろ。上に立って人を纏めるの向いてないって」
「……まぁ、うん」
「だから瑞希なんだよ。テキトーやってるように見えて、遠くまで目が行き届く奴やろ。言いたいことはズバッと言うし、それでいて跡を濁さないからな」
「私がねちっこいとか言うわけ?」
「うん」
「…………キッツ……」
思いがけず余計に凹ませてしまった。いやでも、こういうところはちゃんと言わないと。彼女のためにならない。
日常生活の良し悪しがプレーに出てしまうのは昔から愛莉の欠点だし。稀に上限突破して覚醒するから一概に悪いとも言えんが。
そういう意味で、瑞希はオンとオフの使い分けが上手くコート内外で安定している。いつどんなときでも金澤瑞希は金澤瑞希。愛莉が駄目なんじゃなくて、アイツが凄過ぎるんだ。
加えて彼女の長所でもある人当たりの良さ、外交力はチーム内に限らず、対戦相手や審判、更に観客へも一定のパフォーマンスを発揮する。
特に試合中は、こういう奴が腕章を巻いていた方が何かと都合が良いのだ。プレー面でもメンタル面でもゲームチェンジャーになれる人間。それが瑞希。
「……でも、だったらなんで琴音ちゃんがチームキャプテンなの? そういうの一番向いてない気がするんだけど……」
「んなことねえよ。琴音はチームの委員長みたいなモンやからな。ここぞって場面で引き締めてくれるし、なにより肝っ玉が座ってる」
言葉とプレーでチームを牽引するのが瑞希なら、背中と態度で引っ張るのが琴音。
プライベートのポンコツぶりはさておき、決して驕らず誰よりも熱心にトレーニングへ励む姿は、他の部員と比べても顕著に表れている。
恐らく本意では無いだろうが、チームで一番先輩らしい先輩だ。上級生で唯一真っ当に敬われているし、有希を筆頭に頼りにしている子も多い。
更に言えば、ゴレイロなんて屈強な男でもやりたがらないような、怪我も恐怖も一入の難しいポジション。たった一人の枠をこの一年間守り抜いているのだ。それだけで尊敬に値する。
「この人の力になりたい、恥ずかしい姿を見せられない……そう思わせてくれる奴なんだよ。良い意味での緊張感というか」
「あぁー……ちょっと分かるかも」
「瑞希とは違うベクトルでチーム全体を、ゲームを安定させられる。琴音にとってもええ経験や。まだまだ伸びしろたっぷりやからなアイツ」
「なんか、お母さんみたい。むしろ父親?」
「転じて末っ子でもあるという」
「ふーん。ならさっきの言い方だと、瑞希は一番上の姉? あ、じゃあ私は?」
「俺の女」
「せめて家族絡みの流れを汲みなさいよ」
チームキャプテン、ゲームキャプテンとわざわざ名前を付けたのは、あくまで対外的な理由だ。分かり易く整理しただけ。
適材適所。一人ひとりの特徴に応じた役割を課すことで、チームの結束と連帯感は更に強固となる筈だ。
今までなにも意識せずやって来たし、なんなら必要も無かったけれど……新たな部員が加わり、関係性の薄い子も増えて来た。人数が増えたことで、一対一での対話の機会も減っている現状。
「良かったじゃねえか。これで部長の仕事は偶の予算会議に出席することと、スケジュールの管理だけや」
「……でも、わたし……っ」
「そもそも背負い過ぎだったんだよ、俺も愛莉も。せっかく頼りになる奴が沢山いるんだから、もっと自分のことを考えようぜ」
「……むー」
複雑な感情を滲ませ、愛莉はこくんと頷く。
彼女が部活動としての体に拘ったことで、俺たちはただの仲良し軍団ではなくフットサル部に、チームに、仲間になれたのだと思う。
愛莉の気持ちはよく分かるのだ。慣れ親しんだ形や立場が変わっていくのは、ちょっと寂しいよな。
「部長らしいことは偶にやりゃええ。もっと好き勝手に、自分らしく振る舞えよ。アレコレ考え過ぎじゃ皺も増えるし、何より可愛い顔が台無しや」
「……なに照れてんのよ。きも」
「どっちが」
膝に顔を埋め俯く。耳まで真っ赤。
というわけで、頼れるキャプテンが二人ほど誕生し、愛莉が吹っ切れるまではもう少し時間が掛かりそうというお話。
偶の二人の時間である程度は回復するが、春休みを皮切りにずっと不安定なままだからな……名ばかりの部長も今の愛莉には大きな負担だ。
自分のこととチームのこと、両方を急いて身の振り方が曖昧になっている。上手いこと咀嚼し良い方向へ転がるのを願うばかり。
既に一度直面した課題。生まれ変わったフットサル部、今度はチーム内における各々の立ち位置を再確認、リブランディングしなければ。目に見えないものも大切だが、分かり易い縛りも必要なのだ。
(今日は……来なさそうだな)
負担を軽減して欲しかったのは他でもない俺だったりもする。何故かって。危機感しか無いんだよ、特にこないだの岡山事変から。
ゴールデンウィーク。つまり休校期間だ。停学処分中という身の上を逆手に取って、御託を並べ必ずこのコートへ現れる。
ただでさえ会話が成り立たない面倒な相手。他のことに頭を使っているようじゃ間違いなく不覚を取る。
なんとか最終日の練習試合までに解決させたいが……襲撃を待つだけでなく、こちらからもアクションを起こすべきか。
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