741. でーれー


 栗宮未来が意識を取り戻した頃(近付いて確認したら本当に気絶していた)、ちょうどランニングを終えた皆が戻って来た。


 意識が戻るまでほったらかしにしたのは失敗だった。こちらの接近に気付くや否や栗宮未来は俊敏にゴロゴロ後転し距離を置くと、改造制服の汚れを払いキンキン喧しい声色でこのように叫ぶ。



「――――今回はここまでにしてやろうッ!」


「だが努々忘れるなッ! 聖堕天使ミクエルは必ず戻って来る! 例えそうでなくとも、第二第三のミクエルがサンクチュアリの奪還に向け牙を研ぎ、その瞬間をしかと待ち構えているのだッ! あいるびーばっく! かみんぐすーん!」


「神殺しの栄華は然るべく終焉を迎えるッ! それまで精々、眠気覚ましに満たぬ陳腐な御伽噺を細々生き長らえるが良いッ! いざ行かん、ショーシャンクの彼方へ!審判の時は近いぞォォッ!!」



 ……大袈裟にもほどがある捨て台詞を大量にばら撒き、栗宮未来はコートから脱兎の如く逃げ出すのであった。無差別テロだこんなものは。


 微妙な空気が漂い始めたところで、事のあらましを部員たちへ細やかに説明する流れとなる。まずはすべての発端、小谷松さんの後処理から。



「慧ちゃんをきょーとがらせるつもりはまったく無うて、わしの考えが及ばなんだばっかりに……ほんまにごめんなせー……」

「お、おぉっ……全然ヘーキっスよ。アタシみたいな女っ気の無い奴にストーカーなんて、よくよく考えたらあり得ないっスもんねえ……」


『はーん、シルヴィアのカチューシャに細工したのは栗宮本人だったわけな。まぁそりゃそうか。練習中はランランも手出し出来ないもんな』

『わたしだけすっごい損してる気が……』

『それ言ったらプレゼントしたあたしが一番損してるから。諦めろ』


「テレビで芸人が喋ってるところしか見たこと無いですけど、間近で聴くとマジでおっかないですね……」

「皆まで言うな」


 そんなこんなで小谷松さんの岡山弁は部員全員に知れ渡ることとなった。ノノを筆頭にドキマギしている奴が何人かいるが、まぁ慣れるしかない。



「あのね聖来ちゃんっ。わたし、岡山の訛りはよく分からないんだけど……でも、全然気にすること無いって思うよ」

「早坂さん……け、けどわしゃあ……」

「確かに聴き慣れるまで時間は掛かるかもしれないケド……それを理由に聖来を怖がったり馬鹿にする奴は、自分たちが許さないから。大丈夫だよ聖来」


 有希と真琴が口々に諭す。

 小谷松さんは潤んだ瞳で二人を見渡した。


 必要なら俺から伝えるつもりだったが、無用な心配だったみたいだ。

 その通り。話し言葉がおっかなくても小谷松さんは小谷松さん。そんなしょうもないことで彼女を虐げる人間はフットサル部に存在しない。



「そーだよランラン。よく考えてもみなって。あたしらまぁまぁな多国籍チームっしょ? 世良だってなに言っているかたまに分かんねえし、シルヴィアに至ってはあたしとハル以外誰も理解してないし」

「うんうん、みんなの言う通りだよ聖来ちゃん。陽翔くんだってこっちに来てから長いけど、よく分からない大阪の言葉とか、偶に使ってるもんね」

「自転車をチャリキって言うあれな」

「チャリキはチャリキやろ」

「うるせえハルは黙ってろ面倒だから」


 なんでだよ理不尽だよその扱い。


「まぁ、みんなと同じこと言っちゃうけどさ。結局フットサル部って、頭のネジが外れた変な奴しかいないのよ。ホントに」

「まったくです。一字一句同意します」

「琴音ちゃんに同意されてもそれはそれで納得いかないんだけど……と、とにかくっ! 小谷松さんが必要以上に気に病むことはないのっ! そういうこと!」


 最後は部長たる愛莉が若干フラつきながら話を締める。俺もそう思う、盗聴器は一線を越えた感があるというか、明らかにやり過ぎだけれど……小谷松さんの意志ではなかったわけだからな。


 今回の件が無くとも分かっている。小谷松さんは本当に恥ずかしがりなだけで、胸のうちに熱い気持ちと高い志を持った、強い人間だ。

 フットサル部の決して温くはない練習にしっかり着いて来ているのもそうだし。


 最初のやり方こそ間違えてしまったけれど、部のみんなと仲良くなりたいのも本心だろう。

 まさに俺が求めていた、新入部員たる資格を持ち合わせた理想的な人材。チームメイト。仲間。


 

「確かに岡山弁は……まぁ、ちょっと怖いけど。でも、それも小谷松さんの個性だからさ。俺も方言勉強するよ。ちゃんと理解したいし」

「へ、へえっ……っ!」

「小谷松さんも努力してくれよ。先輩後輩とか、上下関係とか、そんなん関係無いから。これからも大変なことはあるだろうし、沢山のものを求めると思うけど……それは小谷松さんのことを信頼しているから、愛情があるからや」


 根っこの人見知りな性格はそう簡単には治らないだろう。栗宮未来に唆されてしまったように、意志の弱さが何らかの問題をもたらすかもしれない。


 でもそれで良い。小谷松さんの問題は俺たちの問題。彼女が辛いなら俺たちも嘆き悲しむし、嬉しいときは一緒に喜ぶ。フットサル部はただの部活仲間じゃない。ファミリーなんだから。


 そして彼女も、同じように俺たちチームのことを想ってくれたら……俺たちはもっともっと、強い集団になれる。必ず。



「遠慮しなくて良いんだぜ。というか、逆に怒ってやるわ。克真には悪いけど、小谷松さんはもう入部しちゃったんだから。今更逃げられねえぞ?」

「そうそう! アタシもセーラちゃんも、もはや運命共同体! 一蓮タクショーの間柄ってことっス!」


 小谷松さんはちょっぴり涙を垂らしながら何度も深々と頷き、心底嬉しそうににこりと微笑んだ。

 オドオドしている姿も中々に愛くるしいけれど、笑っている方がやっぱり可愛いな。


 さて、大団円で纏まったことだし。練習再開だ。


 栗宮未来の処遇は……まぁ次の機会で良いか。

 どうせすぐ現れるだろうし。追い返すけど。



「なぁルビルビ。ウチらなに言うてるか分からへんらしいで。バチクソええ話やってのに、ウチらだけ扱いどないなってん?」

「フミカ、カオキモイ! ヘンガオ! ババア!」

「なんでこないなときだけ日本語使うん? 鬼?」


 綺麗にオチを持って行ってくれてありがとう。あとでフォローするから。ごめんね。






 練習後。やはりいつもの流れでフットサル部寮(仮称)(自宅)へと赴き、改めて小谷松さんを取り囲んで歓迎会を仕切り直すことに。


 有希の部屋に計十二人が無理やり押し込まれ、俺はほとんどの時間をベランダで過ごす羽目に。

 自分の部屋へ戻りたいと懇願しても一年組が意地悪して帰してくれなかった。半強制立ち食い激辛カレー。もはや拷問。



 明日も普通に学校なので、日付が変わるよりだいぶ前にお開きとなる。

 ようやくベランダから解放され自室へ戻ると、玄関をノックする音が。解錠すると小谷松さんが一人立ち構えていた。



「お疲れさん。どした」

「あの、改めて今日のことと今までのこと、ちゃんとお礼を言いてーなえて……あと、謝ることも沢山……」

「最後のはいらんよ。お礼だけ聞かせてくれ」

「……頭ごなしに怒ったりせんで、ちゃんと話を聞いてくれて……わしのこと、信頼しとる言うてくれて……でーれー嬉しかった。ありがとござんます……っ」

「んっ。こちらこそ。改めて宜しくな」


 滲み出るようなホクホクの笑顔を浮かべ、照れ臭そうに頬を引っ掻く。もう心配は無用だな。


 先の歓談も相変わらず口数は少ないけれど、偽りない岡山弁でお喋りも出来ていた。これからはこの可愛らしい声がもっと聞ける筈だ。



「あと、それとっ……ごめんなせー。もう一つ謝らにゃあおえんことがあるんじゃ」

「謝る? なにを?」

「スマホ、持って来てくんせー」

「俺のスマホ? おん、ええけど」


 ベッドに放置していたそれを持って来る。ロックを解除して欲しいと言うので素直に従い渡してみると。



「……これでせわーねー。ちゃんと削除した」

「削除?」

「栗宮さんに教えて貰うた、じーぴーえすアプリじゃ。海外のよう分からんやつで、わしのと連携すれば音声も聞こえる。ちいと精度は低いけど……」

「はっ?」


 返されたスマホのアプリ一覧を覗いてみる。確かに、今まで見たことも無い謎のアプリがインストールされ、そしてアンインストールされていた。


 一応、フットサル部の上級生は各々の居場所が分かるアプリを入れているけれど……それとは別にってこと? え? なに?



「こないだ、わしが先輩のスマホを渡しに行ったじゃねえか。放課後に」

「……その時に入れたと?」

「へー……こりゃその、栗宮さんの入れ知恵ではあるんじゃが、いくらなんでもりすきーじゃけぇ、ほんまにやるかはおめぇに任せるって……わしの意志でやったことなんで……ごめんなせー」


 ぺこりと頭を下げむず痒そうに唇を尖らせる。

 え、ちょっと待って。一旦冷静に考えさせて?


 栗宮未来にやり方を教えて貰ったとはいえ、小谷松さんは自分の意志で俺のスマホに細工を仕掛けた。まぁそうだ。俺をストーキングしていたのは事実っちゃ事実。


 でもそれはあくまで、栗宮未来に俺の弱みを握れと脅されていたからで……彼女の意志とはいえ、言ってしまえば半強制的なものではないのか?



「知りたかったのもほんまなんじゃ。先輩が普段、どねーな風な生活をしとるのか」

「えっ」

「けど、こねーなやり方は卑怯じゃけぇ……わしゃわしのやり方で、正々堂々、先輩たちと勝負しよう思う」

「えっ」

「こねーな気持ち、生まれて初めてなんじゃ。先輩のこと知りとうて知りとうて、わしがわしじゃねえみてーで……抑えられんのじゃ……!」


 あまりに突然の告白に、俺は適切な対処を見失った。こんな帰り際の、どのタイミングで誰が来るかも分からない玄関先で、いきなり。



「先輩のこと、もっとぎょうさん知りてー。もっともっと仲良うなりてー……!」


「先輩のすとーかー、これからも続いてええか……!?」





 

 

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