740. 喰らえッ!


 突如渡されたボールを栗宮未来が蹴り返したと同時に、瑞希は対面のゴールへ向かってドリブルで突進。いきなり1on1が始まった。


 不意打ちに面食らう栗宮未来だがすぐさま意図を察し、キリリと不敵な笑みを溢すと腰を深く落とし臨戦態勢へ。

 贅沢にもフルコート丸々使った真剣勝負だ。もっとも方や練習着、方や改造制服という相容れない装いではある。



「お前みてーな空気読めねえ、ふざけていいラインも分かってねえ雑なキャラ作ってる奴がなぁ! あたしは世界で一番嫌いなんだっ! つまんねえんだよ厨二病!」

「キャラ言うなッ! 厨二言うなァァァァーーッ!!」


 互いに怒号を飛ばしがっぷり四つで組み合う。同じだけの熱量で押し返す栗宮未来はともかく、瑞希はどこで琴線に触れてしまったのだろう。



「ハッ、ストレス溜まってんな。一年の世話ばっかで相手しねえからだぞ」

「俺のせいってかよ」

「半分くらい素直に受け取っておけ」

「ならもう半分は?」

「お前が一番よく知ってる筈さね。縄張り意識強いんだよ、我が物顔で自分たちのテリトリーを荒らされたのが気に食わないんだろ」


 自然な成り行きであると半笑いで一対一の勝負を眺める峯岸。まぁ言わんとすることは分かる。本来、栗宮未来のような倫理観皆無の面白人間、瑞希からしたら恰好の獲物というか、むしろ波長が合うまであるが。


 ルールの中、仕切られた土俵でどこまでふざけられるか常にギリギリを狙っているのが瑞希たる所以。

 馬鹿を装う……と言うと本当に馬鹿なのでそれは嘘になってしまうが、ああ見えて常識は拵えているというか。


 ナチュラルボーン奇人の栗宮未来とは似て非なる存在なのだ。啖呵を切ったように、彼女の中で超えざる一線があり栗宮未来はそれを踏みにじったと。



「まぁ大人しく観戦しとけば?」

「他に選択肢は無いな……」

「ううっ……すんません先輩、わしのせいでこねーなんなってしもうて……!」

「ええよ気にせんで。んな深刻な話ちゃうし」


 一貫して平謝りの小谷松さんだが、彼女だけでなく俺たちも部外者同然だ。いやね。真面目に語ってみましたけれどね。どう足掻いてもシリアスなムードには傾きませんよ。もはやこの絵面は。



「へぇ……意外とやるじゃねえか……!」

「ハッハッハッハ! 拍子抜けだな! 預言書にも記されているそれ程度か、意思無き蛮族めッ!」

「なんつってるか全然分かんないけど、たぶんバカにしてんだろおらぁっ!」


 だからそういうところだよ。変にカッコつけてるから、栗宮未来のペースと噛み合っちゃってるんだよ。実は相性抜群だろお前ら。



「しかし、普通に動けるなアイツ」

「あぁ。流石は栗宮一族の秘密兵器やな」

「お前も厨二移ってるぞ」

「断固受け入れん」


 峯岸が語るように、瑞希の繰り出す緩急巧みなドリブルを栗宮未来は幾度となく防いでいる。五分五分の争いだ。


 アウトサイドと足裏で細やかにボールを突き、不規則なリズムで相手の重心をズラすドリブルは瑞希の真骨頂。だが栗宮未来も的確なポジショニングと軽快なステップで応戦し突破口を与えない。


 時折大きく蹴り出してサイドから打ち破ろうとするが、栗宮未来はこれも完璧に防いでみせる。ボールこそ失わないが、いつも余裕綽々で俺たちを翻弄する瑞希とは思えぬ苦渋の面持ちだ。



「クッソ、マジで上手いじゃねえかよッ!」

「フッ、見誤ったな! アーティファクトの扱いに掛けて、我と肩を並べる人間はこの世にただ一人! 虫けらに用は無いッ!」


 一旦距離を置きリセット。汗を拭い疲労感を露わにする瑞希とは対照的に、栗宮未来は腰に手を当て高笑い。

 アーティファクトってまさかフットサルボールのことだろうか。ちょっとだけ解読できるようになって来た自分が嫌いだ。


 

(これで一年生……末恐ろしいな)


 フットサル部のドリブルキングたる瑞希を軽々と制する巧みな身のこなし。間違いなく熟練者だ。しかも動きにくかろう改造制服で。底が見えない。


 姉と同様非常に小柄な体格から察するに、恐らく守備の選手でもないだろう。不味い、瑞希を応援しなきゃいけないというのに、ボールを持ったプレーも見たくなって来た。悪い癖だ。



「瑞希、攻守交代や」

「ふっ、一向に構わんっ! あたしが違いってモンを教えてやるよっ!」

「お前も厨二移ってるじゃねえか……これから練習あるんだから、たかが余興で体力使い切るなよ」

「ほう。余興、とな……!」


 その言葉に栗宮未来が反応。

 頬をピクリと動かし青筋を色めき立たせる。



「見下げたものだ。懲りずに過ちを繰り返そうとしているのか……良いだろう。その腐り果てた性根、聖堕天使ミクエルが叩き直してやろうではないかッ!!」


 挑発するつもりは無かったが、更にやる気を出してしまったようだ。まぁ良い。生意気な後輩をシバくのも先輩の務めというもの。もう少し頑張って貰うか。


 ……あぁ、瑞希が自棄に喧嘩腰だったの、こういうことだったのか。なんか気持ちが分かって来たわ。確かに人をイラつかせる才能があるわコイツ。



「掛かって来いや厨二野郎ッ!」

「だからっ、厨二言うなァァーーッ!!」


 瑞希がボールを蹴り渡すや否や、ツインテールを揺らし弾丸の如き猛スピードで懐へ飛び込んで来る。なんて速さだ。それも身体が小さいせいで動きを捉え辛い……!



「秘儀ッ、ファントムメナスッ!!」

「ただのダブルタッチだろっ!!」


 わざわざ必殺技っぽく叫ぶので対処自体は簡単そうだが、先の台詞は訂正しなければならない。恐ろしく素早いタッチと身のこなしから繰り出された、目にも止まらぬ超高速ダブルタッチだ。


 ギリギリのところでコースを消してみせた瑞希だが、あまり余裕は無さそうだ。止まってからの仕切り直しも非常に速い。足裏を駆使しいとも簡単に動から静、静から動へと移り変わる。


 外から見ている分にはなんとも言えないが……単純なスピードなら恐らく瑞希以上。冬に舞洲で対峙した内海にも匹敵するキレだ。これが俺より年下? しかも女の子……!?



「負けんな瑞希ッ! 根性見せろっ!」

「金澤先輩、頑張りんせーっ!」


 次から次へとフェイクを繰り出し突破を試みる栗宮未来に対し、瑞希は奪い処をまったく見つけられないままでいた。身体をぶつけようとしてもすぐさま切り返し距離を離されてしまうのだ。悔しそうに歯を食い縛る瑞希。


 勝ち目があるとしたら、推定15センチ近い彼女と栗宮未来の対格差。覆い被さるように身体を当て挙動範囲はおろか視野ごと潰しに掛かるほかないが……それすら敵わないスピーディーな身のこなしだ。どこかに隙は無いのか……!



「喰らえッ! インフィニットディスカバリー!」

「ハッ!? なんそれっ!?」


 右足裏でボールを転がし、左で跨ぐ。そのまま右脚を裏から通しラボーナタッチ。更に左足アウトに当てて急加速。

 云うならばラボーナダブルスイッチとでも名付けようか。こんな曲芸染みた技をこのスピード感で繰り出すとは。目で追えただけ褒めて欲しい。


 ついぞ振り切れそうになる。クソ、生意気な一年に才能だけで叩き潰されるのかよ! なんとかしろ瑞希ッ!



「舐めんなッ!!」

「ぬうぁ嗚呼アアア゛アッッ!!」


 が、勝負は思わぬ形で決着を迎えた。


 シュートモーションへ移ったところを瑞希は全力ダッシュで襲い掛かり、低い位置から思いきり肩をぶつける。審判によってはファールを取られるレベルのそれ。


 栗宮未来はコートを囲う緑の防球ネットへ弾き飛ばされる。正面から衝突し顔面タイツ状態。そこからピクリとも動かなくなったのだ。



「ハァッ、ハァーッ……! あっぶねー、マジではえーコイツ……!」

「か、勝ったのか……?」

「超ギリギリだったけどな。マジでありえねえ、残像見え掛けたわ」

「よく最後に身体張れたな……」

「いや、完全に賭けだったよ。もっかい切り返されたら終わってた。こんなことならさっさとぶつかっとけば良かったわぁ……」


 コートにバタリと倒れ深々と息を吸う瑞希。その少し先では、ネットに絡まったまま屍と化している栗宮未来の姿。


 そうか。フットサル部の中でも抜きん出て身軽な瑞希にああも簡単に吹っ飛ばされるということは……弱点はフィジカル面か、そりゃそうだよな。あんなに小さいんだから。


 

「あの、先輩……っ?」

「しばらく寝かせておけ……」

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