739. 世界の半分をくれてやろう


 迎えた放課後。対処に時間が掛かると踏み、俺と瑞希、小谷松さんを除いたメンバーは予定を変更しロードワークへ出て貰うことになった。余計な傷を負いそうな奴らが沢山いるからだ。精神的に。


 

「げえっ!? なにこれぇ!?」

「……封印?」

「うわあ。お札がぎょうさんだあ……」


 談話スペースからコートへ繋がる出入り口の扉に、無数の陰陽師チックなお札がベタベタ貼られている。バツ印を象るガムテープには何語かも分からない謎の言語が長々と書き連なっていた。和洋折衷と言えば聞こえは良いが。


 悪戯にしては手が込み過ぎ。ここまで悪趣味な奴はフットサル部にいない、間違いなくアイツの仕業だ。よく五限の間だけでここまで完成させたな。暇かよ。



「よう廣瀬。ちょっと話が…………ハロウィンにはまだ早いんじゃないか?」

「トリックアンドトリックってな」


 ちょうど良いタイミングで峯岸が現れた。活動に顔を出すこと自体珍しいのだが、加えて書類一枚と何かを拵えている。あの手のかったるそうな顔は橘田と揉めた時以来のそれだ。



「すまん、用なら後にしてくれ。というか今日は無理。やることが多過ぎる」

「ああ、もしかして盗聴器か?」

「えっ?」


 あれ、もう峯岸には話が行っているのか? ……って、その右手に持っているの、慧ちゃんのクッションに混入していたのと同じキューブ!



「私の鞄に入ってたんだよ。ついにこの綾乃ちゃんにも春が訪れたかと今朝はそれはもうウキウキでな。職員会議に掛けるのも躊躇う所存だ」

「なに暢気に語っとんねん……そうだよ、その件でちょっとな。今から犯人を懲らしめるところや」

「なるほどな。コイツで間違いないか?」


 書類を突き出し見せて来る。瑞希と小谷松さんも中身を確認しようとワラワラ集まって来た……これは、入部届?



「今朝、私のデスクに置いてあってな。まだサインはしてないけど。得体の知れない新入部員をおいそれと招き入れるわけにはいかねえだろ」

「やっぱり入部する気はあるのか……」

栗宮未来クリミヤミクル。早くも職員室の話題を独占中の有名人さね。入学式だけ顔出して、授業は私の知る限り一回も出てねえ」


 試験がほぼ100パーセントの山嵜高校。去年の俺みたいに、授業へ出席しなかったり学校生活に馴染めていない奴は少なからず存在する。と言っても入学したての一年生がやるようなことではないが。



「建学以来の問題児と専ら評判でな。空き教室に布団持ち込んで昼寝したり、購買の弁当を全部買い占めて転売したり、しまいにゃ化学実験室に忍び込んで勝手に薬品調合したり、やりたい放題だ」

「んな奴さっさと退学させろよ……」

「とっくに対応済みさね。先週から停学処分中。ゴールデンウィークまでな……なんでこう、お前の周りは面倒な女ばっかり集まるのかね」

「こればっかりはハルに責任無いっしょ」


 自由人の瑞希でさえドン引きせざるを得ない横暴ぶり。もう癖が強いとかキャラが濃いとかそういう段階じゃない。ただの社会不適合者。


 弘毅には申し訳ないが、こんな破滅的モンスターをフットサル部へ迎え入れる気は微塵も無い。というか、無くなった。

 小谷松さんに迷惑を掛けている点もそうだし、社会生活にさえ馴染めない人間をチームメイトとして認めることは出来ない。少なくとも物理的に。



「……で? どうするんだよ」

「決まってんだろ。半殺しにしたるわ」

「とっ捕まえて罪状全部吐かせるって?」

「それもあるし、個人的に気に食わん」


 なにかしら事情があったとしても、結果的にフットサル部へ余計な火の粉を巻き散らかしているのだから見過ごすわけにはいかない。


 入りたいなら入れば良い。素直に声を掛ければ良いのに、なんで盗聴器なんか仕掛けやがった。

 やり口からして汚い。というかキモイ。女だろうと遠慮無しだ、小谷松さんを利用した罪は重い。



「二人とも、心の準備はええか」

「いちおー。爆竹くらいなら覚悟してる」

「ひいいっ……!?」

「落ち着け小谷松。まったく可能性が無いとは言い切れないのが申し訳ないが、とにかく落ち着け」


 ドアノブもガムテープでガチガチに固定してあったので無理やり剥がし取る。

 深呼吸ならびに一拍置き、いざコートへ。探すまでも無く犯人はコートのド真ん中で背を向け鎮座していた。


 明らかに自然由来のものではないピンキーな髪色。赤いリボンで纏めたツインテール。背丈は姉と同じく非常に小柄、恐らく140センチも無い。


 周辺を取り囲むフットサル部の備品であるマーカーコーン。中央で仁王立ちし、カンカン照りの太陽に向け右腕を差し伸ばしている。勝手に持ち出しやがったな。この時点で謝罪案件だぞ。



「黒炎を操りし、我が名は聖堕天使ミクエル…………いや、もっと長い方が威圧感あるな…………光に覆われし漆黒、黒炎を纏いし爆雷よ、我が名のもとに跪き、不遜なる摂理に牙を突き立てよ……!!」



「なんか召喚しようとしてない?」

「分からん。マーカーコーンが魔法陣代わりだってことだけ分かる」

「ヤバイね。今からアレの相手すんのハル」

「せやな。帰りたい」


 間違いない。あの微妙にキャラが定まっていない感じ、姉と同じ匂いだ。栗宮家の血筋なのだろうか。兄共々。


 コートへ現れた俺たちに気付き、栗宮未来は学校指定のスカート……を改造したであろうアシンメトリーなゴシック調のフレアを悠然と靡かせる。



「ハッハッハッハ! 現れたな悪の手先め! このコートは我が占拠したッ! 力無き愚かな下等生物ごときが、我がサンクチュアリを汚せると思うなッ!」

「……お前が栗宮未来か」

「フッ。下界ではそのように名乗っていた時期もあったな……だが今日こんにち、我は別の名で呼ばれ下々の民に畏怖され、崇め奉られている! 我が名は聖堕天使ミクエル! 選ばれし神の使いだッ!!」



 帰りてえ。



「おい、いい加減にしろ栗宮。学校はお前の私有地じゃねえんだよ。つうか停学処分中に学校来るな。本当に退学になるぞ」

「むっ! 貴様は先日の……! 憎き亡国のエージェントめ、誘いには乗らん! 悠久の時を刻む我とて、コーカサスの天体に身を委ねねば数刻と持たぬ身体……!」


 なに言ってるのか一ミリも分からない。

 峯岸の顔も完全に死んでいる。


 世間一般で言う厨二病だ。それもかなり性質が悪い部類の。姉の胡桃と違ってコミュニケーションが成り立たないという一点で更に厄介。


 まぁ良い。栗宮未来がどんな人間かなどさして興味は無いし、詳しく知る必要も無いのだから。本来の目的を果たさなければ。



「お前、小谷松さんになにをした?」

「フンッ。まさかこうも容易く敵の手に落ちるとは。我が心眼さえ見抜けぬ恐ろしき邪悪なオリュンポスの持ち主……噂に聞いた通りの人物だ、廣瀬陽翔!」


 さっきからコーカサスとかオリュンポスとか言ってるけど、全然意味通じてないから。それくらいは分かるから。適当に知ってる単語並べてるだけだろお前。



「良いだろう。訳を話してやる…………悲願を為すべく貴様の存在は有用な手立てとなり得る。どうだ、我の傘下に着き栄誉を手にする気は無いか? 褒美として世界の半分をくれてやろう!」

「いらんいらんいらん」


 意味はまったく分からないが、先ほど弘毅に電話で聞いた内容から察するに。

 栗宮未来は姉の胡桃と同じチームではなく、対戦相手として相まみえることを望んでいる。そこで選ばれたのが山嵜のフットサル部だった?



「あー、なるほど。だいたい分かった。ハルの弱みを握って、フットサル部を自分のものにしたいってわけな」

「左様! この黄金の左脚は有象無象の虫けら共へ寄与するために授けられたわけではないッ! この世の万物は聖堕天使ミクエルの手となり足となり、従順する運命なのだッ!」

「はーん……それでランランに盗聴器とか持たせてたんだね。きも」

「きっ、キモイ言うなッ!! 悲願を為すべく必要な犠牲だったのだッ! 貴様、この聖堕天使ミクエルに向かってなんたる侮辱ッ!」


 半笑いで受け流す瑞希にミクエルもとい栗宮未来は激しく狼狽える。見た目はちょっと派手めなギャルだからな、瑞希。先輩相手に腰が引けている。ダサい。



 要するにこの女は、姉の率いる町田南を倒すべく自身が思い通りに動かせる都合の良いチームを探していたのだ。だからアカデミーへの昇格を蹴ってわざわざ山嵜に入学して来た。


 姉から俺や愛莉の話を聞かされていたらしいし、手駒として従えるにちょうど良い人材だと思ったのだろう。

 俺たちのレベルを持ってすれば打倒町田南も夢物語というわけでもないからな。そんじょそこらの初心者チームでは意味が無いのだ。



「事情は分かった。分かったが……お前をフットサル部に入れるわけにはいかないな。そもそも入部届も受理されていないし」

「な、なんだとッ!?」

「停学処分中なんだろ? そんな危なっかしい奴をおいそれと入部させられるかよ。だいたい小谷松さんに対する非礼も詫びずよくもまぁ抜け抜けと……」

「待ってハル。こっからはあたしに任せろ」


 とっ捕まえようと一歩踏み出した俺を制し、瑞希は栗宮未来に近付いていく。なにか思惑があるようだ。



「アレだろ? あたしらのこと舐めてんだろ? 弱み握ったくらいで部を自分のものに出来るって……そう思ってんだよな?」

「なっ、なんだ貴様はッ!? 有象無象の虫けらに用は無いぞ!」

「そーゆーわけにもいかないんだよねえ……あたしたちの誰よりもフットサル上手いって思い込んでるから、こーゆー舐めたこと出来ちゃうんでしょ?」


 語気を荒げ、コートの端に放置されていたボールを拾い上げ巧みに操る。ただ呆れていただけでもないようだ。珍しく怒りを露にする瑞希。



「それ、思い上がりだよ。だったら証明してみな。少なくともあたしより上手いって、今ここで!」

「…………なに?」

「あたしが勝ったらランランに土下座しろっ! 負けたらこっちが土下寝でもなんでもしてやるよっ! あり得ないけどな! お前みてーな自己中野郎にやられるわけねえだろッ!!」



 ……え、そういう展開?


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