735. 趣味悪


 小谷松さんも最寄り駅からすぐ近くに住んでおり、克真も先に帰らせてしまったようなので俺が改めて送り届けることに。片道十五分。超ご近所さんだった。


 ベッドで力尽き眠りこけてしまった瑞希と比奈を無理に退かすことも出来ず、本当に文香の部屋で一晩明かすことになったりと忙しなくはあったが、その後は謎の視線に怯えることもなく穏やかな夜を過ごした次第である。


 同じ布団では寝かせて貰えなかった。手を出したら殺すとしつこく言われ終いに手錠を掛けられた。

 どうしてなの文香さん。俺のこと好きなんじゃないの。ちょっと期待してたのに。どうして。



「良いじゃないですか。貞操観念がハッキリしているに越したことはありません。ノノその辺超適当に済ませちゃったのでむしろ尊敬してます」

「おん……」

「そーゆープラトニックなやつは世良さんに一任しているのです。発散したいのならどうぞノノを使ってください。パンツ見ます?」

「遠慮しとくわ……」

「紐パンですよ? 本当に良いんですか?」

「ええから黙っとれセクハラ大臣三号」


 珍しく二人で昼ご飯を食べようと誘って来たので、三年組には断りを入れ食堂へ出向いた。文香とルビーが委員会に駆り出され暇していたらしい。

 

 昼飯は基本談話スペース、若しくは教室か中庭で食べているので、食堂を使うのはフットサル部結成時の顔合わせ以来、実に一年ぶりである。特徴的な箸遣いで日替わりランチを貪り、ノノはこのように話を切り出す。



「最近やたら周りの目気にしてますね」

「……気付いた?」

「そりゃもうあちこち見回して警戒してますから、誰でも分かりますよ。新しいターゲットでも探してるんですか?」

「生憎、両手どころか指まで一杯だもんでな」

「おぉー。流石、可愛いコウハイをペット扱いしているだけはありますねっ」

「お前が勝手に就任しとんねん」


 どうやらノノは頼れそうにない。普通に二人きりの時間楽しんでる。ただただ可愛いな。クソめ。


 一先ず解決したと思っていたのは俺だけだったようで、謎の視線は今日も変わらず続いていた。大勢の生徒で賑わう食堂、影から俺たちを監視していたとしてもその根源を探り当てるのは極めて難しい。



 確かにフットサル部は学校きっての美少女揃いという一点で非常に目立つ集団。一方的に顔と名前を知られているというケースも往々にして良くある。


 愛莉なんて一年から届いたラブレターが下駄箱にしょっちゅう入ってるし。ビリビリに破いてるけど。わざわざ俺の前で。嬉しいけどちょっと怖い。

 これは極端なケースだが、こちらの意図せぬところで過剰な好奇心を持たれている場合が多々ある。橘田の時と同じように。


 困ったことに、俺の周りでも似たような事例が結構起こっている。女に囲まれているから、絡みの無い野郎共からは基本敵視されているし。愛莉曰く『普段から無意識で威圧してる』ようなので直接文句を言われたことは無いが。


 フットサル部の面々は謎の視線を一切感じないというのだから、俺にだけということはつまりそういうことだ。

 恐らく誰かしらの琴線に触れてしまい、過剰な敵対心を向けられている。可能性としてはこれが一番高い。



「普通に女子なんじゃないすかあ? センパイ何だかんだで人気ありますし。ノノもたま~ですけど、面と向かって悪口ブッ叩かれますよ。なんでお前なんかが陽翔センパイと付き合ってるんだって」

「まだ生きてんのかよその設定」

「いやあ、今更やっぱ嘘でしたとは言えませんし。まぁ仲良い子にはバレてますけどね。沢山いる彼女の一人ってことで、上手く躱してます」

「躱せてねえよ火に油注いでるって」


 どうやら俺の女性関係に纏わる噂は取り返しの付かないところまで行ってしまっているようだ。もうええけどな。どうせ事実やし。理解して貰おうとも思ってないし。でもちょっと辛い。



(マジでどっから見てるんだよ……)


 ねっとりとした視線が背中へ纏わりつき、払うように背後へ振り返る。が、それらしい人物はやはり見当たらず。

 気になって箸が進まない。せっかくの愛莉の弁当だというのに味わう余裕も無いとは、いよいよ本格的にどうにかしなければ。


 俺だけが困るのなら構わないが、フットサル部の皆に危害が加わるような事態だけは避けなければならない。琴音を筆頭に無警戒な奴も少なくないし、変に話が大きくなる前に解決したいところ。



「せんぱーいッ! 一緒に食べましょーッ!」

「やっと見つけましたっ! ダメですよノノさんっ、廣瀬さんを独り占めだなんて、お天道様が許してもこの早坂有希が許しませんっ!」

「よく言うよ、さっきまで男子に囲まれて楽しそうにしてた癖に」

「良いのっ! みんなお友達なんだからっ!」

「……………………」


 人波を掻き分け馬鹿デカい声量と共に慧ちゃんら一年生たちが現れた。後ろには小谷松さんもくっ付いている。左肩には何故か学生鞄。


 あっという間にテーブルを囲んでしまい、計六人での昼食となった。今日も今日とて喧しい慧ちゃんとそれに負けないくらい煩い有希に乗せられ、ノノも俺の相手をほっぽりだしフリートークに夢中になっている。



「克真なら置いて来たよ。アイツも可哀そうだよね。せっかく楽しい昼休みだったのに、慧がちっとも空気読まないからさ」

「そっちも大変そうやな」

「まぁね。中学の時と大して変わんないケド。教室で兄さんの話をし出すようになったら少しは落ち着くんじゃない?」

「お前も下の名前で呼んでるのか」

「なに? 嫉妬?」

「そりゃもうバリバリよ」

「余裕無いんだね。女々しい兄さん」

「黙らっしゃい生意気な奴め」


 真琴と軽口を飛ばしている間に、謎の視線は鳴りを潜めていた。そう簡単に区別が付くものかと思うだろうが、それくらいあからさまだったのだ。視線だけでなく、言動なにもかも監視されているような気味悪さ。



「そのクッションずーっと持ち歩いとるんな」

「そうなんスよ~! 超使い心地良くてもう手放せないっス! 枕にしてもお尻に敷いても最高ッ! ユーキちゃんマジでセンスあるっス!」

「えへへ~。気に入ってくれて良かったぁ~」


 慧ちゃんが座布団代わりにしているのは、誕生日パーティーで有希からプレゼントされた正方形のビーズクッション。

 既視感のあるデザインだと思ったらシャザイーヌのグッズだ。趣味悪。



「でもアレなんスよね~。たま~にゴリッとするところがあるっていうか、変に固い部分があるんスよねえ」

「有希がこっそりハバネロ丸ごと仕込んだんじゃない? サブリミナル効果的な」

「……うぅっ、なんだか頭痛と腹痛が……ッ!」

「そんなことしないよぉっ!?」


 昨晩の悲劇が脳裏を過ぎったのか、慧ちゃんは頭を抱え有希は大慌て。微笑ましい小芝居も挟みつつ実に喉かな光景だが。



「小谷松さんはお弁当なんやな」

「これ、自分で作ってるんですか?」

「……………………」


 俺とノノが次々に問い掛けると、鼻息荒くフンフン頷き弁当箱を隠すよう食べ進める。中身を見られるのが恥ずかしいのだろうか。

 これがまた非常に量が多い。真琴の倍はサイズあるぞ。どんだけ食べるんだよ。


 しかし本当に喋らんなあ。小谷松さん。

 どうすれば声聞けるんだろう。



(……ん?)


 すると小谷松さん。右手で器用に箸を進めながら、テーブルの下で何やらゴソゴソと持って来た学生鞄を弄っている。いま、なにかしまった?


 尋ねようにも有希と慧ちゃんに話を振られてしまい、それ以上詳しく追及することは出来ず。

 というか、そもそもなんで食堂に鞄持って来てるんだろう。この後移動教室で荷物が嵩むとか? でも他の三人は手ぶらだしなぁ……。


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