733. 暫しの歓談


 フットサル部の練習は長くても二時間、たいてい一時間半で終わるのが慣例。

 ダラダラ続けるより短い時間で集中して行った方が効率的という、俺と愛莉が持ち込んだ無駄に高いプロ意識の賜物である。


 完全下校時刻は6時半なので、練習を切り上げてから最後の一時間はいつも談話スペースでダラダラしている計算になる。

 バイト組は早々に抜けて、暇な奴はそのままファミレスへ移動して晩飯。帰るのは9時過ぎ。確立されたルーティーン。



「うわぁ、なんかお洒落……!」

「ほえ~。もうフットサル部の寮みたいになっちゃってるんスね~!」

「図らずともな」


 だったのだが、春になってから溜まり場が自宅のアパートへ変わりつつある。

 特に橘田から注意されたわけでもないが『学校にいるより帰るとき楽じゃん』と瑞希の癖に真っ当なことを言うものだから誰も反対しない。


 俺の住処を見学し慧ちゃんと克真は有希の部屋へ。晩飯を食べていくらしい。二人はまだ有希の手料理を食べたことが無い。敢えて黙っている。リアクションを見てみたい。



「ひーにゃーんお腹すいた~!」

「はいはーいちょっと待っててねえ~。今日は肉じゃがだよ~」

「うぇぇ~~い家庭の味~~!」


 我が家の台所は専ら愛莉か比奈の独壇場。二人が来ないときはあり合わせで済ませるので、かれこれ丸一か月はキッチンに立っていない。


 掃除洗濯もしてくれるし、その度に見知らぬ衣類も増えていく。もはや誰の住処か分からない。家賃だけ払ってるみたいな状況。


 来るだけでダラけている瑞希やノノにしても同様。俺さえ知らなかったコンセント見つけてスマホの充電してるし、Wi-Fiのパスワード覚えてるし、ゲーム機持ち込むし、終いには勝手にネット〇リックス契約してるし。全部事後承諾。


 来月頭には新しいベッドが届く予定だ。今まで使っていた折り畳み式の物は布団を敷いて寝ていた文香へ譲渡される。


 これで部屋の半分はベッドが占めることになる。四、五人なら横に並んで寝れるので、不定期のお泊り会もさぞ捗るに違いない。

 いよいよ一人で居る時間の方が珍しい。半同棲(入れ替わり制)を名乗っても良い頃だ。



「はーいお待たせ~。テーブル片付けて~」

「おい真琴、いつまで桃〇やってんだよ。手伝え」

「ちょっと待って。宝くじ引いてるから」

「どうせ六等しか当たらんわ。はよしまえ」


 現在こちらの部屋は計五人。瑞希、比奈、真琴、そして小谷松さん。今日は珍しく有希に着いて行かずこっちに残っている。

 愛莉、ノノ、文香はバイトのため不在。琴音とルビーは家の用事だそうで先に帰って行った。割と珍しい構成だな。



「最近なんかもう、ずっとハルんちで合宿してるみたいな感じだよな」

「ね~。家にいる時間の方が少ないかも?」

「許可も取らんと勝手に来るやんお前ら」

「合鍵放流してる時点で兄さんの責任だよ」

「ド正論過ぎてなんも言えん」


 小分けの肉じゃがを突き暫しの歓談。合宿というよりルームシェア。もしくは五人兄妹の日常と称してもなんら差し支えない奇妙な絵面である。


 すっかり慣れっことはいえ、六畳一間に五人はちょっと狭過ぎる。瑞希に至っては母親との問題が片付いたら同棲する気満々のようだし、高校卒業を待たず新居を探すべきだろうか、なんて真面目に考えてみたり。


 大人数で暮らすとなると、瑞希がよく言っているテラ〇ハウス的な家が必要だよな。俺はもうなんでも良いけど、女性陣にはプライベートな空間も必要だし。


 家賃の相場とかどれくらいなんだろう。市川財団(ノノのポケットマネー)の協力をどこまで得られるかが大きなポイントだな……。



「聖来ちゃん、ご飯お代わりする?」

「…………」

「おっけー。まだまだ沢山あるから、遠慮せずいっぱい食べてね~」

「ランラン見掛けによらずめっちゃ食べるよな。くすみんほどじゃねーけど」

「なんかフットサル部ってそういう風潮ありますよね。小柄な人ほど大食漢っていうか。瑞希先輩はそうでもないですケド」

「食っても胸に栄養行かんし。無駄じゃん」

「ケツばっかデカくなるしな」

「黙ってメシ食えんのかセクハラ大臣ごら」

「兄さん、聖来もいるんだから控えてよ」

「分っかんねえその微妙な線引き」


 だったらまず俺の膝から降りるのが先決だと思うんですがどうなんですかね瑞希さん。ずっと重いんですよ。食べ辛いんですよ。解せん。



 という具合に、一言も発せずとも当たり前のように馴染んでいる今日日の小谷松さんである。

 みんなも少しずつコミュニケーションの取り方を心得て来たのか、首を振ったり視線の動かし方でなにを言いたいのかだいたい分かるようだ。


 先のシモ臭いやり取りに小谷松さんはほんのり顔を染め恥ずかしそうに俯く。存在感が希薄なばかりに配慮を忘れていた。猛省。



(うーん……)


 現状なにも困っていないのだから槍玉に挙げるまでもないのだが、こうも徹底的に貫かれるとそろそろ気になって来る頃。


 そう。小谷松さんマジで喋らない問題。


 かれこれひと月近い付き合いになる彼女だが……今の今まで喋っているところを一度も見掛けないし、声も聞いたことが無い。


 他の面々もまだ小谷松さんの声を聞いていないそうだ。クラスメイトの有希や真琴、慧ちゃんにさえ話さないらしい。

 克真曰く『いっつも早坂さんとか女子と一緒にいるんでイジメとかは全然無いですよ』とのことだが。会話無しで輪に居続けるのも逆に凄い。



「悪い小谷松さん、醤油取ってくれるか」

「…………」

「ありがと。部屋、暑くないか? 雨降りそうだから窓閉めちゃったんだけど、冷房とか欲しい? 遠慮せんでもええで」

「…………」


 字面だけだと無視されているようにも見えるが、すぐに醤油は取ってくれたし、大して暑くもないようで首をふるふると横に振る。一応やり取りは出来ている。


 いやまぁ、別に良いんだけどな。俺だって昔は必要最低限の会話はおろか偶に喋っては悪口ばっかの欠陥人間だったし。それと比べたら全然マシ。


 個性みたいなものだ。瑞希やノノ、慧ちゃんみたいに年がら年中口の閉じない奴が居ても良いし、琴音のような基本物静かな子も居るし。小谷松さん自身が困っていないのなら無用な悩みの種。



 ただ、それはあくまで日常生活の中に限ったこと。部活中や実際の試合ではまたちょっと話が変わって来る。


 フットサルに限らずチームスポーツは試合中喋ってナンボ。シンプルな指示出しだったり、モチベーションを高める何気ないフレーズだったり。一言も発さず試合を終えるというのは、普通ならあり得ないことだ。


 練習中から声を出して味方のプレーを褒めたり発破を掛けたり、必要ならば厳しく渇を入れろとしょっちゅう話している。

 勿論上手くこなせる奴とそうでない奴はいるが、みんな自分なりに言語化は出来ている。自らの成長、そしてチームのために必要なことだ。



 そう考えたときに小谷松さん。このまま一言も発さず大会を迎えてしまいそうな雰囲気もありやや不安が残る。練習態度には何ら不満はないが、もう少し自己主張をして貰いたいところ。


 技術云々ではなく、試合中まったく喋らない選手を起用するのはチームマネジメントの観点から見てもちょっと心配だ。

 せめてイエスとノーくらいは声に出して欲しいのだが……個々の性格的な問題もあるし、強要するのも違うよなぁ。



「ごちそーさまっ! 今日も美味であった!」

「お粗末様でした~。陽翔くん、洗い物手伝ってくれる? あ、聖来ちゃんは食べてて良いからね。足りなかったら有希ちゃんの方に行っても良いよ」

「酷い奴やな。慧ちゃんの悲鳴が聞こえんのか」


 二人で洗い物をしている間、瑞希と真琴は〇鉄を再開し小谷松さんは興味が湧いたのかすぐに残りを食べ終え有希の部屋へ。


 喋らないのはともかく、同級生とは問題なく仲良くしているし、当然のように男の先輩の家でメシ食ってるし。フットサル部の一員としてソツのない感性の持ち主ではあるのだろうが。


 気になるよなぁ。やっぱり。

 どういう声で、どんなことを話すんだろう。



「慧ちゃんの声すっごい響くねえ」

「小谷松さんの声を全部吸い取ってると考ればまぁ納得やな」

「わたしもカレー貰いに行こうかなぁ~。今日は陽翔くん食べられないし」

「自重しろセクハラ大臣二号」

「んー、ちょっと熱いかも。洗い物終わったら一緒にシャワー浴びようね」

「一人で流して来い性欲ごと」

「ぶー」


 

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