732. 変に歪んじゃってる
翌週。琴音の伝聞を聞き付けた部員共が『そんなに凄いのなら体験してみたい』とこぞって慧ちゃんのもとを訪れた。
午後から雨が降り外練が出来なかったのである意味ちょうど良いタイミングではあったのだが。
「整体ねえ……何回か行ったことあるけど、あんまり効果無かったよのよね。あ、別に慧ちゃんの腕を疑ってるわけじゃなくて、元々身体柔ら」
「ほいよおおおお!!!!」
「んほおおおお゛おおおおオ゛ォォ゛ォォ!?」
「ったく、長瀬はいつもオーゲサなんだよっ! さあさあケイ、あたしを満足させてみるのだっ! 鍛え抜かれた貴様の技をいま発揮す」
「ていやああああ!!!!」
「んひい゛いィィぃ゛ぃいいイ゛イイ゛イ!?」
「ウチもせっかくやしお願いしよかな~。にゃっふっふ……言うとくけど、痛いのは滅法強いからなっ! ウチを泣かせたら大したも」
「チェストおおおお!!!!」
「おおおおオオオ゛オォォ゛お゛おお゛お!?」
「わぁ~、みんなすごい顔してる……そんなに気持ち良かったら、わたし、どうなっちゃうんだろう……あっ、陽翔く~ん? いまえっちなこと考え」
「よいしょおおおお!!!!」
「んふぁああぁぁあぁぁあああああ♡♡♡♡」
「いやいやいやッ、この惨状を見て自分もとか言い出すほどノノ馬鹿じゃないですからッ! ちょっ、やめてくださいシルヴィアちゃんッ!? いくら厚顔無恥に定評のあるノノでも学校でイ〇散らか」
「どりゃああああ!!!!」
「んおお゛おおおだ゛めですこりぇええええ゛しゅ゛ごしゅぎましゅうううう゛う゛いぐ゛う゛うウウ゛ううう゛う♡♡゛♡♡」
という具合に慧ちゃんの妙技がさく裂し、談話スペースのソファーは屍と化した面々で埋め尽くされるのであった。
月曜なので克真が合流する予定だが、適当に雨天中止とでも言っておこう。流石に他の男には見せられない絵面だ。こんなんAVやもう。
「マッサージってこれが普通なのか……?」
「先輩たちみーんな骨盤がゴリゴリのゴリなんで、軽~く矯正しただけっスよ? たぶん練習がハード過ぎて、身体が変に歪んじゃってるっス!」
一仕事やってやったぜと薄目で汗を拭う慧ちゃん。なんでも慧ちゃんの施術を受けると若い女性客はほぼほぼこんな感じになってしまうとのこと。
身体の歪んだ部分を矯正してスッキリさせる程度のものらしいが、到底それだけとは思えない。実は性感マッサージでしたと言われても納得。
「世良先輩はそうでもなかったっスけど、みんな下半身の歪みがヤバいことになってたんで、バッチリ仕込んどきましたッ!」
「あ、そう……」
文香以外って、思いっきり該当するメンバーじゃん。逆に何故違和感を持たない。そして文香はどうしてそうなった。溜まってるのか。
加えて慧ちゃん式マッサージの弊害は施術直後に留まらなかった。皆の惨状を横目に眺めていた琴音だが、今朝からどうも様子がおかしい。
やたら距離が近いだけでなく、隙あらば人目の無いところで腕を掴みスリスリして来る。どことなく火照った色っぽい表情が実に扇情的。
「なに? 寒いの?」
「……そういうわけでは」
「また受けたくなったとか?」
「いえ、もう結構です……ただ、身体の調子がどうにも……昨日からすこぶる快調なのですが、それ故に問題と言うべきか……」
「どういうこと?」
「……ポッカリと穴が開いてしまったようです。あのっ、陽翔さん……今日は雨ですし、練習は中止にしましょう。あと横になりたいので、ご自宅へ伺いたいです」
「えぇっ……」
とろんとした瞳で制服の裾をギュギュっと引っ張る。膝をもじもじと擦り合わせ立っているだけでもやっとという具合だ。
口に出すのも憚れる所業だが、発情しているようにしか見えない。確かに慧ちゃんも『施術を受けたあとは身体が軽くなって運動したくなる』みたいなこと言ってたけど、ソッチ方面に作用するのかよ。聞いてないって。
「え、施術後にムラムラしちゃう人? たま~にいるっスよ。オイル使ったときとか結構多いっスね~。でもそーゆーときは親父に交代するとだいたい収まるっス! どうしてもってときはアタシがトドメ刺す感じっスね!」
その手の療法にも精通しているらしい慧ちゃんからしたら、この惨たらしい光景も日常茶飯事でしかないようだ。根本的な解決には至らなかった。
結局断り切ることも出来ず、皆を新館に放置したまま琴音を連れ一足お先に帰宅することとなる。
その日の晩は史上かつてない盛り上がりを見せ、翌日以降も廣瀬家は大変な盛況ぶりであった。これはまた別のお話。
一年たちも次々に餌食となり、一週間ロクに練習にならず『アタシもまだまだっス……もっともっと修行して、先輩たちを喜ばせてみせるっス!』と変な方向に開眼してしまった慧ちゃんの処遇に関しても、やはり別の話である。
* * * *
「悪いな、結局一週間待たせちまって」
「いえ、それは全然大丈夫なんですけど……なにかあったんですか?」
「ゴッドハンドが降臨したものでな……」
「降臨……?」
サッカー部の水色のジャージを纏う細身な少年、和田克真。月曜日限定でフットサル部の練習生としてトレーニングに参加している。まぁ初日なんだけど。先週なにが起こったかなど彼に話すわけにはいかない。劇薬。
遅れてのサッカー部加入となった克真だが、これといったトラブルも無く過ごせているそうだ。
フロレンツィアの連中とはまだ若干距離があるようだが、同年代の友人も出来たようで一安心。
昨日は新入生主体の練習試合だったらしく、テツオミ谷口の三人に聞くとボランチで印象的なプレーを見せていたとかなんとか。
それでも『納得いかない場面が幾つもあったから早く改善したい』と放課後いの一番に飛び込んで来たのだから大した向上心だ。
「例えばこうやって、タッチライン際で後ろ向きで処理するときに……ディフェンスの位置取りが悪いと、後ろに戻せないじゃないですか?」
「マーカーとの距離感が近過ぎるからや。大袈裟でもシザースで跨いだりするだけで余裕も生まれる。半端に触っちまうと逆に詰められるで」
「なるほど……! こんな感じですかっ?」
「そうそう。少しでも相手の圧を軽減させればこっちの勝ち。この年代まではバックラインで攫われて失点することも多いからな。これが出来るようになれば全体も一気に安定するわけよ」
「やっぱり距離を取るのが大事なんですか?」
「せやな。相手より味方との距離感が重要や。多少近くても細々と繋いだ方が効果的なときもある。突っ込んでも奪えないって錯覚させるんだよ」
「取り処を見つけさせないってことですね?」
「そういうこった」
教えたことはなんでも素直に吸収してくれるし、専門的な言葉も通じるので彼のコーチ役は非常にやり甲斐がある。
技術もさることながらこの意識の高さ、やはりフットサル部に欲しかった人材だ。今更言い出しても仕方ないが。
皆も続々と合流し、個人的なレクチャーは一旦終了。ここからは克真もコーチ役として新入部員たちのために働いて貰おう。相互利益というやつだ。
「和田くんっ! よろしくね!」
「あっ、早坂さん……こちらこそよろしく」
「先週は雨だったから、今日楽しみだったんだあ。ねっ、マコくん!」
「いや自分は別に……あんまりフラフラしてると兄さんに嫌われるよ」
「えっ? なんで~?」
「気にしないなら良いケドさ」
クラスメイトの有希と真琴に囲まれ流石の克真もヘラヘラし出していた。なんて分かりやすい態度。もしかしなくても有希にちょっと気があるみたい。
男子に対する壁が欠片も無い有希は、早くもクラスの人気者にだそうだ。せっかくお隣さんになったのに、それに甘んじているようじゃまだまだだね。なんて鼻で笑っていた今朝の真琴を思い出す。
俺とて複雑な感情がまったく無いというわけでもないが、生真面目で奥手な克真のことだ。早々進展は見られないだろう。
有希も今のところ鞍替えする気は無さそうだし、生暖かい目で見守るとする。どの立場からモノを言ってるのかという話だが。
「じゃ、始めるわよ! 練習試合まで日も無いし、一つひとつ集中してプレーするように! フットワーク五分くらいやって、あとはゲーム! はい準備!」
珍しく愛莉が部長らしく振舞う。今まで練習の纏め役は俺が担って来たのだが、自分も少しは協力すると言うので任せている次第。
色恋沙汰に現を抜かしていないうちは体育会系の真面目な性分だからな。心配もいらないだろう。まだ腰擦ってるけど。今週も泊まりやがったコイツ。
愛莉の言う練習試合とは、ゴールデンウィークの最終日に俺が取り付けて来たものだ。対戦相手はブラオヴィーゼのアカデミーで知り合った栗宮ブラザーズの片割れ、
互いにスパーリング相手を探しており、連絡先を交換してから試合の出来る日をずっと窺っていた。7月頭の予選開始まで実戦の機会はさして多くないし、一年生にとっても良い機会となるだろう。
「ハルぅー。ボーっとすんなー」
「ん。おぉ、悪い」
「ほうほう。あたしの美脚のせいでこーふんしてしまったというのか。先に抜いとくか? おおん?」
「ちげえよ。とっくに見慣れとるわ」
「それはそれでムカつくのだが?」
「……なぁ、なんか視線感じねえか?」
「視線? ハルのアツいまなざし?」
「そうじゃなくて……まぁええか」
それ以上の興味も示さず瑞希は愛莉を捕まえフットワークに興じる。ウォームアップし直すと言って輪を外れた俺は、身体を伸ばしながら新館二階の更衣室ベランダ周辺を確認するのだが。
(峯岸は……いねえな)
あの場所から練習風景を偶に眺めているのだが、お生憎今日は姿が無い。わざわざ隠れる必要も無いだろうし、誰も居ないのだろう。
……勘違い、かなぁ……。
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