737. 情報量が多過ぎる
暫くすると部員も全員集合、昼休みを利用し緊急会議が開かれることとなった。放課後に持ち越している場合ではない。
加えて真琴の進言通り、全員に鞄を持って来てもらい持ち物検査が行われる。他の面々も被害に遭っている可能性があるからだ。
「特に怪しいものは……」
「無さそう? あとは身に付けている小物とか……でもみんな、肌身離さず大事に使ってるものだしねえ」
「となると新しく買ったものは……ルビー、ちょっとカチューシャ外してくれないか。万が一ってこともあるし」
着けていたそれを外し比奈へ手渡すルビー。調べるまでも無かった。例の黒いキューブと近付けた途端、キンキンと甲高い音を立て反響し始めたのだ。
カチューシャにそんな機能が備わっている筈がない。電子機器でも仕込まれていなければ、だ。
『ちょっと、なんなのよこれっ!?』
「スライドの部分に……こんな小さい物、よほどのことが無いと見つからねえぞ」
「なんってこった! シルヴィアちゃんの貞操の危機なのですッ! いたいけな美少女を狙うとは、許し難い蛮行ですよッ! とりゃあ!!」
『あっ、ちょ、わたしのカチューシャ!?』
「高かったのにいいイイイイ!!」
銀色の板のようなものが張り付けてあった。恐らくこれも盗聴器の類だろう。ノノがカチューシャを掴み取り思いっきりへし折る。
その部分だけ取り外せば良いのにわざわざ折らなくても……持ち主のルビーよりプレゼントした瑞希の方がショック受けてるじゃねえか。
「貴方の独占欲の強さは常日頃から身に染みて実感するところですが……罪を犯すことさえ躊躇わない執着心とは……」
「待って琴音」
「こんなことをされて喜ぶのは愛莉さんだけです。反省してください。牢の中で」
「だから俺やないって」
「私の評価っていったい……」
存外厳しい扱いに顔を引き攣らせる愛莉の処遇はともかく、当たり前だが犯人は俺ではない。今日に至るまでクッションもカチューシャも一度たりとも触れていないのだから、細工をしようにも無理な相談だ。
「クッション買うたのはユッキやねんな?」
「わたしそんなことしませんよぉっ!?」
「せやなあ。はーくんがちらぶ勢のユッキがケーちゃんのプライベート探ったところでしゃあないしなあ……」
有希は包装紙に包んだままプレゼントしていたし、手渡す前に細工を仕込んだとは考えにくい。というか有希にその手の動機が一切無い。
慧ちゃんはこの一週間、ほぼ毎日クッションを学校へ持ち込んでいる。移動教室の際は席に置いたままだったそうだから、細工をされるとしたらその間。
ルビーも練習中はカチューシャを外していて、談話スペースのソファーに放置されている。その間に盗聴器を仕込まれても俺たちは気付けない。
「教室の外には持ち出してないんだな?」
「使っているのは教室の中かここでだけだね。朝は鞄にしまってるし、慧がクッションを持っていること自体知っている人が少ないと思う……となると」
「犯人はクラスメイトか、若しくは……」
失礼は承知ながら、ここまでして慧ちゃんのプライベートを知りたがっている奴が居るとは到底思えない。本人に1聞けば20は返って来るんだから必要性が無い。
と、ここで黙り込んでいた瑞希が手を挙げ一言。
「あたしが思うに、ケイでもシルヴィアでもない気がするんだよね。ターゲット」
「なら誰や」
「ハルだよ。二人とも隙だらけだから狙いやすかったんじゃねーの? こないだからずっと言ってんじゃん。なんか視線感じるって」
皆の注目が一身に集まる。俺が謎の視線に悩まされていることは部員たちにも話しているので、仮に犯人が慧ちゃんとルビーを介して俺の内情を探っているとしたら一連の不審な視線にも説明が付くが……。
「ハルトが狙われてる……!?」
「わたしもそう思うなあ。だって慧ちゃん、男の子とも仲良しなんでしょ? わざわざ盗聴器を使うまでも無いんじゃないかなあ」
「聞いてなくても喋りますからね。保科さん」
「ふーむ、言われてみればそうですねえ。シルヴィアちゃんクラスでも面白外国人扱いですし、この手の被害に遭うとは考えにくいです。ノノが保証します」
「さっきと言うとることちゃうやんけ……まぁ分からんでもないけどなぁ」
「あれえ~……? アタシの女子力まで否定されてるカンジっスか~……?」
『なに言ってるか知らないけど悪口なのはだいたい分かるわよ?』
被害者だというのにメチャクチャ雑に扱われるルビーと慧ちゃんとフォローはこの際後回しとして、確かに皆の言うことも一理ある。二人と仲良くなるのにそんな回りくどい手段を取る必要は無い。
或いは彼女たちのような大らかで快活な女の子を怖がらせたいという特殊性癖の持ち主による犯行と考えられなくもないが、二人とも山嵜にやって来て一か月。まだまだ関係性の薄いクラスメイトが辿り着く領域じゃないだろう。
(…………)
遅れて談話スペースへ現れた小谷松さんは、クッションから取り出された黒のキューブを見るや否や激しく動揺していた。言葉も必要無い。さっきからずっと顔面蒼白なのだ。厚縁の眼鏡がグラグラ揺れている。
隣に立つ瑞希と一瞬のアイコンタクト。先ほどまで昨日の件を話していたから、彼女も同じことを考えていたのだろう。
俺がターゲットなどと言い始めたのも、既にある程度見当が付いているからだ。大変心苦しい所存だが、こうなればやることは一つ。
「小谷松さん。さっき来たばっかりだから、まだ荷物見てないよな。万が一ってこともあるし、確認させて貰ってもいいか?」
「…………ッ……!?」
足元の学生鞄を拾い胸に抱え込む。
この反応は……ちょっとあからさまだ。
「そうだよ聖来ちゃんっ。もし変なものが入ってたら大変だよ! 危ない目に遭っちゃうかも……!」
「有希の言う通りや。慧ちゃんが狙われたなら小谷松さんも……ううぇッ!?」
「聖来ちゃんっ!?」
鞄を受け取ろうと有希が一歩進んだ瞬間。小谷松さんは鞄を抱えたままクルリと反転し一目散に談話スペースから走り出した。
逃げた。普通に逃げ出したぞあの子。
そんな、ええっ。もう答え合わせじゃん。
「いや速いな……」
「そんなに鞄見られるのが嫌だったんスかね?」
まさか最有力候補だとは微塵も思っていないのか暢気に構える真琴と慧ちゃんである。他の面々も同様だ。恥ずかしがりの小谷松さんならあり得なくもない行動だとすっかり油断している。
「瑞希ッ!」
「分かってる! みんなちょっと待ってろ!」
新館の階段を駆け上がる。二階から本館へ繋がる渡り廊下があるので、ここを通られると厄介だ。どこへ逃げ込んだのか目星が付かなくなる。
だが幸いにも、部内随一の俊足でもある瑞希が更に新館上へと走り抜ける小谷松さんを発見。ここから先は会議室や各部の荷物置き場などがある三階、そして基本立ち位置禁止の屋上。
施錠されていなかったようで、小谷松さんは扉を開け屋上へと逃げ込んだ。これより先に逃げる場所が無いと、まだ入学して日の浅い彼女は知らなかったのだろう。だだっ広い屋上の真ん中で鞄を必死に抱え座り込んでいる。
「まーじで速えーなランラン……」
「本館に逃げられたら追い付けなかったな……小谷松さん、大丈夫やって! 怒ったりしないから! 正直に話してくれっ!」
尻餅を付きズルズル後退。苦渋に歪む顔色からは今にも涙が噴き出しそうだ。
ここまで抵抗するということは、もう確定だろう。盗聴器を仕掛けたのも、俺をストーキングしていたのも小谷松さんだったのだ。
何度も顔を横に振り必死に否定するが、流石にこの状況で冤罪を主張するのは無理があるだろう。大人しく説明責任を果たして貰いたいところだが。
すると、俺に気を取られている間に瑞希がスルっと背後へ回り込み、学生鞄をひょいっと取り上げてしまった。
大慌てで取り返そうと腕を伸ばすが万事休す。中から出て来た電子機器は言い逃れ出来ない証拠品。
「決まりだね。さっきマコが見せてくれたやつと同じ。なんちゃらトラッカーってやつだよ」
「エライもん持ち歩いとるな……」
「ってことは、イヤホンもある筈だな。そーだよねランラン、いっつも耳元隠れて見えないもんな! はいごめんねっ!」
肩を押さえ付けると同時に髪の毛を分けて、耳に装着していたワイヤレスイヤホンを取り上げる。これでいつも慧ちゃんやルビーの話を聞いていたのか……でも、いったいどうして、なんのために。
「まだ聞こえるかな?」
「一個貸してくれ」
「あいあいよっと…………おーっ、メッチャ聞こえる! なにこれすげー!」
瑞希の装着したイヤホン越しに慧ちゃんの馬鹿デカい声が聞こえて来る。ではこっちはルビーだろうか。最近の電子機器は凄いんだな……。
『クッ! 聞こえるか小谷松聖来ッ!! 応答するのだッ! まさか『マジックアイテム』が敵の手に渡ったのではないだろうな!?』
…………ん? 誰の声だ?
日本語だ。ということはルビーじゃない。
女の子の声だ。え、なに?
マジックアイテム? なに?
『仕方あるまい、もはや不利益は避けられぬ……! 決して我が名を明かさぬよう細心の注意を払い、敵の意識をショーシャンクの彼方へと投擲するのだ! クックック……! 案ずるでない、悲願は刻一刻と迫りつつある……!』
通信が消え途絶え、声は聞こえなくなった。知る限りあんな特徴的な喋り方をする人間はフットサル部にいない筈だが……え、誰?
「あの、小谷松さん。ちょっと状況が分からないんだけど、どういう……」
「ちがう、ちがうんじゃ!栗宮さんはなんも悪うねえ!わしがなんもかも悪いんじゃあっ!」
快晴の屋上へ木霊する、舌足らずで馬鹿に甲高い、鼻に掛かった可愛らしいアニメ声。に、まったく似つかわぬ謎の方言。
待って。一旦状況を整理させて。
情報量が多過ぎる。なにが起こってるんですか。
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