714. すっごい揺れてる


 余韻も引かぬまま次の試合が始まった。瑞希と琴音のチーム、ビブス組は比奈と文香。有希もこちらのチームだ。一年の男女比率はちょうど半々。


 ビブス組のキックオフでスタート。 最後方に構える比奈がボールを動かして、まずは一年女子に試合慣れさせようとパスを回している。



「ヘーイ! パスパスッ!」


 そんななか、頻りに縦パスを要求している一年男子が一人。恐らくこのゲームで唯一のサッカー経験者だ。

 先ほどの試合を見てテンションが上がったのか、声も良く出ているし動きもキレがある。これは良い傾向だと期待を交え様子を窺うが。



「あれっ!?」


 機を見たくさびのパスが通るが、背後から圧を受けイージーなトラップミス。ボールを奪ったのは瑞希だ。上手く脚を伸ばし絡め取った。


 慌てて奪い返そうとする少年だが、ここは流石の瑞希。足裏を駆使したらしい身のこなしでプレッシャーを微塵も感じさせない。時折笑顔が垣間見える辺りまだまだ余裕たっぷりだ。


 右の足裏で一度引いて左の裏でボールを晒し出す。チャンスと見た少年は脚をグッと伸ばすが、その隙を狙って左インサイドで素早く切り返し。


 ドラッグバックという高難易度のフェイクだ。あまりの素早さに少年はまるで着けて行けず、前のめりになってバランスを崩した。



「久々に目立ちますかぁ! おら、走れ走れっ!」


 試合を見守る経験者組のどよめきも余所に、腕を大きく振り回して前に出るよう一年へ指示を送る瑞希。さて、ここからどう崩したものか。



「こっちです!」

「あらまぁなんて良いところに!」


 右サイドからスルスルと中央へ潜り込んで来た琴音。縦パスがズバっと決まり、ゴール前でトラップに成功。


 一気にシュートへ持ち込みたかったが、そう簡単にはやらせまいと身体を寄せる比奈。二人の一対一は久しく見ていない、どちらに軍配が上がるか。



「むっ……!」

「文香ちゃんっ!」

「取ったどーーーー!!」


 背中から圧を受け僅かにタッチが乱れる。その隙を狙っていた文香が見事に掻っ攫った。悔し気に唇を嚙む琴音、してやったりの比奈。対照的な絵面だ。幼馴染と言えど、纏うビブスが違えばライバル。


 今度はビブス組のカウンター。文香が持ち上がると同時に一年たちもわらわらと前線へ駆け上がる。

 が、やはり7対7の狭いコートではどうしてもスペースが少ない。このままではドン詰まりだ。ひと捻り加えたいところ。



「文香さん! こっ、こっちです!」

「しゃあ! サンキューユッキ!」


 ここで一人、落ち着いてボールを引き出しに戻って来たのが有希だ。緊張しているのは声色だけでも分かるが、トラップ自体はしっかり出来ている。


 首をウロウロ振り回し、左サイドから次の出し処を窺う有希。少々時間掛かったこともあり、奪い取るチャンスと見た一年男子が距離を縮めて来た。



「ひぅっ!?」

「落ち着いて有希ちゃん!」


 後方から比奈がフォローに入ったことで、有希はホッと息を撫で下ろしバックパス。コースさえ見つけられれば問題無く対処出来るようだ。半年前乗りした成果が着実に表れている。



「ゲッ!? なにそれェェ!?」


 ここで試合が落ち着くかと思いきや、比奈は想像にも及ばぬプレーを選択した。ダイレクトで左脚を振り抜き、逆サイドへふんわりとした斜めのロングフィード。


 頭上を遥か通り過ぎる急転直下のサイドチェンジに瑞希も焦り顔。このパスを受け取ったのは……文香か!



「ふぉりゃああああァァ!!!!」

「あっぶなッ!!」

「にゃんとおおおおーーーー!?」


 なんたる芸術性。トラップなど時間の無駄と言わんばかりに、浮き球のボールをそのまま右脚で振り抜いたのだ。ドフリーの状態で放たれた会心のボレーシュートは甲にジャストミート。


 決まれば超スーパーゴール……だったが、惜しくもクロスバーに直撃。目を飛び出させて頭を抱える文香であった。


 遠征で対戦したときも、この手の意外性のある一発に度々肝を冷やした。決定力に難はあるようだが、精度さえ上がれば愛莉顔負けのゴールマシーンへ変貌することだろう。思わぬ新発見。


 一方、試合はまだ続いている。セカンドボールを拾った瑞希チームの一年男子がパスコースを探しキョロキョロしていた。敵味方入り混じって、ゴール前で団子状態になっている。



「前が空いてますっ!」


 敵陣から戻って来た琴音がパスを要求。若干もたつきながらも前を向いて、左サイドへ逃げるようにドリブル。


 序盤にボールを奪われてしまった一年男子がプレスへ向かうが、奪い切るにはやや距離が遠い。もしかしなくても琴音に接近するのを怖がっているようだ。


 まぁ気持ちは分かる。すっごい揺れてるし。

 でも気にしてるのはお前だけみたいだぞ。



「瑞希さんっ!」


 グラウンダーのクロスに反応、中央の空いたスペースへ瑞希が飛び込んで来る。決定機を逃した文香は未だに突っ立ったまま落ち込んでおり、守備の人数が足りていない。カウンターのカウンター。決定的だ。



「くすみんのカタキっ!」

「ひゃっ!?」


 比奈が慌ててブロックするが、またも瑞希の華麗なテクニックがさく裂する。先に右裏でボールへ触れると左裏で軽やかに回転。視界からボールが消え比奈は驚嘆の声を漏らした。


 マルセイユルーレットだ。五分五分の状況であれを選択するとは、相変わらず恐ろしい技術と視野の広さ。この勝負は瑞希の完勝。


 有希が頑張って戻っていたが流石に間に合わず。そのまま無人のゴールへと流し込み瑞希チームが先制。



「ハッ。忙しい試合だな」

「面子を考えればこうもなるやろ」

「ボレー外したの一年じゃないよな? また知らんうちに女増やしたのか?」

「その通りではあるが言い方よ言い方」


 隣で観戦していた峯岸は悪戯っぽく笑う。こないだの青学館との試合には居なかったから文香とは実質初対面か。面倒くせえな説明するの。



「まっ、順当と言えば順当な展開だな。金澤はこの中じゃ一枚抜けてるし、楠美と倉畑も伊達に一年プレーして来たわけじゃない。早坂の嬢ちゃんも下手なりにボールを引き出せている……にしても目立たねえな、一年男子」

「単なるミニサッカーじゃこうはならなかったかもな。ある程度オートマチックな動きが仕込まれてる奴とそうじゃない奴なら、このくらいの差は出るモンや」


 初心者がほとんどの一年女子はともかく、それなりに動ける男子たちも中々試合に入り切れていない。

 スタート直後こそ元気だった少年も瑞希はおろか琴音にすら出し抜かれ、見るからにヤル気を失っていた。


 文香がドリブルで右サイドを破りラストパス。有希のシュートは上手く当たらなかったが、零れ球を比奈がダイレクトで押し込みゴール。あっという間に同点。


 その後も守備はそこそこにハイペースでゴールが生まれていく。得点者は上級生ばかりで、一年にはチャンスさえ巡って来ない。


 単なるレベルの差と一言で片付けるには惜しい。プレゼントパスを受け取れるポジションにすら居ないのだから当然こうなる。



「どうよ。お眼鏡に適う奴は」

「わざわざ言わなきゃ分からねえか?」

「天下の廣瀬陽翔ともなれば凡人とは目の付け処も違うんじゃねえの?」

「馬鹿言え。こんなん誰が見ても一緒や」


 入部の決まっている有希を除いて、このゲームに先のフットサル部を支える存在へなり得る人材は見当たらない。

 むしろ入部どころか明日の練習に来るかも怪しいだろう。下手したら『他に見たい部あるので』と試合が終わり次第帰るかも。


 実力の問題では無い。フットサル部のテンション、空気感に着いて行けていないからだ。コートの端で突っ立っているだけのあの子なんて特に分かり易い。『思ってたよりガチでつまらない』とか考えているのだろう。


 ホント、期待させて申し訳ないけど。貴重な時間を割いて貰ったのに申し訳ないけど。高い授業料と思って諦めてくれ。いやまぁ、こっちからは言わないけどな。



 なんとなく分かるだろ。

 明確な入部条件があるんだよ。


 どんな試合、状況でも全力でプレーする。出来る出来ないではなく、まずは動いている。馴染む努力だけはしてみる。当たり前のようで、実は結構難しい。


 甘やかしたりはしない。高校生なんて実質大人みたいなものなんだから、自分で考えて結論を出してくれ。

 その先にある『何か』に気付けるかもどうかも、やはり自分次第。間違っても俺たちの仕事ではないのだ。


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