713. 超加速
試合は俄かに活気を増して来た。中々得点が生まれない堅苦しい展開に業を煮やしたか、愛莉を中心に厳しい声色が飛び交う。
「そこ、守備軽いッ! 奪い切らなくて良いから、まずは遅らせるの! こんなに狭いコートで一人でもサボってみなさい、すぐに点取られるわよっ!」
怠慢な守備を見せた一年男子(経験者組)にまぁまぁ強気な語尾で叱責する。返事はあやふやだった。心なしか表情は暗い。
いや、違うな。顔に『かったるい』『たかがミニゲームでなにを必死に』と分かり易く書いてある。残念だ。キミもそこまでか。
一方、このハイテンションなゲームになんとか食らい付こうと、相手ゴール前で大きな声を挙げる大柄な子が一人。保科さんだ。
「少年!! パスパスパスっ!!」
「オッケー!」
キックインからのリスタート。和田少年がループ気味のクロスを供給すると、保科さんはステップを踏み一気にジャンプ。おおっ! 高い!
「てりゃあ!!」
残念ながらジャストミートはしなかったが、バックヘッドで放たれた山なりのシュートがゴールマウスへ向かう。しかし、そう簡単にゴールは生まれない。
「おっとっと……ちゃんと枠に飛ばすんだから、大したもんだよね! まっ、ビギナーズラックにやられるほど腑抜けちゃいないケド!」
ラインギリギリで真琴が胸トラップ。反応していたのは彼女だけだった。
サイドに構えるノノにパスを預け、そのままリターンを貰い敵陣へと侵入していく。同じチームの男子はこの一連のプレーを追い掛けるだけで精一杯。
既に入部届を提出済みの彼女。体験入部組とは意識の高さが違うのだ、なんて背中で語るよう。真琴にとってこのコートはとっくにホームグラウンドで、同時に戦場でもある。そういうこと。
「さあ、こっからどうするよ!」
「どうすると思うっ!?」
距離を縮めプレッシャーを掛けるが、表情に焦りは見えなかった。右に構えている愛莉をしっかり把握しているのだろう。簡単にボールを手放し、逆サイドへ大きく開く動きを見せる。
「少年! 本気で潰せッ!」
「はっ、はい!!」
「舐めんじゃないわよっ!!」
愛莉と和田少年。ライン際で1on1が勃発。
状況は後者がやや有利か。先ほどのアドバイス通り、左脚でのカットインシュートを警戒しつつ縦のスペースを開け過ぎない、理想的な距離感を保っている。
しかし、その程度の重りで自由が利かなくなるほど、愛莉も軟なプレーヤーではない。相手ごと引き摺り回してゴールへ叩き込むパワーと執着心、それが彼女の真骨頂だ。御覧のように。
「うわっッ!?」
「まだまだぁ!!」
ややカットインを警戒し過ぎたか、強引な縦の仕掛けに和田少年は着いて行けない。
熱量余って左腕を愛莉の肩へ伸ばすが、彼女も彼女で倒れる気配が無い。逆に弾き返す勢いだ。流石のフィジカル。女とは思えん。
ついに和田少年はバランスを崩し危うく転倒し掛ける。自由の身を得た愛莉は右足を大きく振り被る。斜め45度、絶好の位置から渾身の一撃!
「ブハァァ゛ァァッ゛ッ!!」
「ファッ!? シルヴィアちゃん!?」
「ええぞルビー! ナイス顔面ブロック!」
ギリギリのところでコースを塞いだルビーの顔面にシュートが直撃。バルアレスの潮風漂う流麗の美少女に似つかわぬ最高のアホ面と間抜けな姿だが、勇気あるナイスプレーだ!
『拾えるぞルビー!』
『ちょっとは労わりなさいよおおおお!』
鼻を抑えながらセカンドボールの回収に掛かるルビー。ノノもこれに反応し激しいデュエルが繰り広げられる。幼馴染対決第二ラウンド、その行方は。
「残念! そこは市川ノノっ!!」
またも彼女の勝利。足裏でひょいっとボールを後ろへ流し交錯を回避。クッションを失ったルビーは派手にコートへ倒れ込む。踏んだり蹴ったりだ。
その先には左へ流れていた真琴。イカンイカン、ルビーの立ち回りが面白過ぎてすっかり傍観者になっていた。今からじゃもう間に合わないか?
「むっ……!」
「うぉりゃーーーー!!!!」
まさかの伏兵。自陣まで戻った保科さんが考えなしに真琴へ突っ込んでいく。凄い勢いと威圧感だ。あれは流石の真琴も怖かろう。
真琴も女子にしては背の高い部類だが、保科さんは更に高身長。下手したら愛莉やその辺の男子よりも高い。一気に視野が狭まったことで、真琴はやや動揺しているようにも見えた。
足裏でボールを引き距離を取るが、保科さんの全力プレスは止まらない。グワっと足を伸ばし刈り取りに掛かる。
「ああもう、やり辛いなっ!」
「どわぁッ!?」
とはいえテクニックでは敵わない保科さん。軽快なダブルタッチに翻弄され絵に描いたようなすってんころりん。
だがそれで良い。十分だ。よく時間を稼いでくれた。後輩が頑張ったら先輩が褒めてあげるんだよ。こうやって。
「ぐっ……!?」
「気ィ抜いてんじゃねえよ、新入り!」
低い位置からスッと肩を入れてボールを攫い取る。タッチライン際での攻防。なんとか奪い返そうと身体を強引にぶつける真琴だが。
「うわっ!?」
「はいお疲れっ!」
脚を伸ばした瞬間を見計らいクルっと反転して股下を通す。今度は彼女が転んでしまった。精進したまえ、期待の新人よ。特に守備な。
「全員走れッ! 一点取って終わっぞ!」
号令を合図にルビー、和田少年、保科さんが一気に前線へ走り出す。ロングカウンターだ。さて、一番良いところにいるのは……。
「んん!?」
「うわ、速ッ!?」
目が飛び出るほど驚いたのは俺だけでなく和田少年も一緒。左サイドを物凄いスピードで駆け抜けるあの少女は…………小谷松さん!
いや、ちょっ、エェ!?
なにあの超加速!? 足はっや!?
『セーラ! 追い付けるわよっ!』
気付いたときには小谷松さん目掛けてロングフィードを飛ばしていた。考えるより先に身体が動いてしまったのだ。
上空を通過するソレを眺め、ルビーも浮足立った歓声を飛ばす。バックスピンの掛かったフライボールは小谷松さんへピタリ。
……が、サプライズはそこまでだった。足元の深いところに入り過ぎて、上手くトラップが出来なかったのだ。
左脚にポーンと当たってラインを割ってしまう。どよめく新館裏テニスコートだったが、今度はため息に包まれた。
(もう少しタイミングが良かったら……)
そのままシュートへ持ち込めていたかもしれない。勿論トラップ等の技術に改善の余地はあるが、それを考慮しても期待感あるプレーだった。
悔しい。彼女があんなスピードを兼ね備えているなんて知らなかったのだ。分かってたら躊躇いなく狙えていたのに。
いやでも、あんなに大人しい子がメチャクチャ俊足とか想像出来るかよ。出来ないだろ。
「惜っしいーー! いやでもでもっ、メチャメチャ良いランでしたよっ! ほらほらそこのメンズ! なにボーっと突っ立ってるんですか!」
小谷松さんを手放しで賞賛しつつ、まったく対応出来なかった一年男子に手を叩いて檄を飛ばすノノ。ビブス組のキックインで再開。
と思われたが、タイムキーパー役の瑞希がホイッスルを鳴らす。ここで一本目は終了だ。五分じゃ短いな。もっとやりたかった。
「……え、なにが起こったの?」
「せーらちゃん、中学は陸上部だったらしいんスよ! 詳しくは分かんないすけど、結構強かったらしいっス!」
「そ、そうなの……」
あんぐりと口を開け呆然とする愛莉に保科さんが代わって説明する。顔を真っ赤に腫らしコクコク頷く小谷松さん。
な、なるほど。ならあのスピードも納得だ。その見た目大人しさで元運動部なのかよ。うーむ、やはり人は見掛けによらないな……。
「じゃー次、あたしらとひーにゃんのチームね! はいビブス脱いで! さっさと交代! 締まってこーっ!」
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