712. サイコ味
「俺が後ろでバランス取るから、ポジション関係無く好きに動いてくれ。守るほうが好きならそれも構わん。上手い下手も問わない」
「とにかくゴールを目指して、シュートでもドリブルでもチャレンジしてみよう。楽しく、フェアに、頭を使って、全力でプレーすること。ええな?」
作戦にも満たぬ簡易的な指示を与えると、保科さん、和田少年の二人が元気よく返事する。ルビーには通じていないだろうが、まぁ笑ってるから良いか。
最初のゲームは俺たちのチームと、愛莉真琴の長瀬シスターズ、更にノノが加わったパッと見実力のありそうなビブス組。一年は男子三人に女子一人。経験者組も何人かいる様子だ。
ちょっとレベル差があり過ぎるかもしれないな……特に小谷松さんは大丈夫だろうか。さっきからすっごい不安そうで心配なんだよなぁ。
「センパーイ、どんなカンジにしますー!?」
「5分一本で」
「了解でーす! じゃあ皆さん、遠慮せずボコボコにしましょう! 特にあの目つきの悪いセンパイはガンガン削って良いですからねっ!」
「みんな。あの金髪アホ毛のうるさい先輩を狙うんだ。最悪殴ってええぞ」
「ノノを痛め付けて良いのはセンパイだけなので、程々でお願いしますっ!」
「じゃかあしい余計なこと言うな」
場外戦で軽く暖めゲーム開始。
愛莉がボールを下げビブス組は自陣でパスを回す。お前、こんなときくらいオフェンスのポジション譲ってやれねえのかよ。なんかフンフン鼻息荒いし。
それはともかく、ビブス組の軽快なポゼッションが続いている。峯岸は大したことの無い連中だなんだと言っていたが、流石にサッカー経験者ともなれば足元の技術はそこそこ。難なくボールを扱う。
一人が右サイドを駆け上がりドリブルを仕掛けて来た。対峙するは、わざわざ低めの位置からスタートし様子を見ていた和田少年。
「ううぉっ!?」
「よし……っ!」
フェイントもなんも無かったので、和田少年は左脚を伸ばしあっさりカットしてみせる。先ほどの台詞は訂正しよう。経験者と一括りにすれどピンキリだ。たったワンプレーで明らかな実力差が窺える。
少し持ち上がって、コート中央に構えるルビーへ斜めに入れる。真琴がディフェンスに向かうが、足裏を駆使した軽やかなターンで前を向くと。
「Vamos! ホシノ!」
「惜しいっ! 保科っす!」
相手ゴール前で構えていた保科さんに鋭いくさびのパス。青学館戦ではドリブル一辺倒だったルビーだが、アカデミーでの練習を機に周りを見て落ち着いたプレーが出来るようになった。良い傾向だ。
見学中の残る一年男子たちが感嘆の声を挙げる。得体の知れない外国人美少女がいきなりスキルを見せ付けたのだから、まぁ当然と言えば当然だが。
これくらいで驚いて貰っちゃ困る。
アイツ、上級生で一番下手くそなんだぜ。
「おっ」
さてこちらはゴール前での攻防。縦パスを受けた保科さん、初心者らしい覚束ないボールタッチを何度か繰り返す。
男子がやや遠慮気味に守備へ向かうが、女性にしては身体が大きいせいかボールを上手く捉えられず、奪い処が見つからない。
まさか意図的にやっているわけでは無いだろうが。結果的に前線で身体を張るポストプレーが成立していた。
身のこなしは上々。長身の割に動きもキレている。腕をいっぱいに広げてボールへ食らい付くあの躍動感、愛莉に通じる何かを感じるな。基礎をキッチリ仕込めば十分戦力になりそうな予感。
「だりゃっ!?」
「すいませんねえ! ノノ、誰相手でも手抜き出来ない性分なんですよっ!」
振り向きざまの強引なシュートを図った保科さんだが、これは未遂に終わった。ノノが横から現れてスルスルと脚を伸ばしボールを掻っ攫う。
そのままドリブルで突っ込んで来た。女性陣の攻防をボンヤリと眺めていた経験者組は慌てて前線へと走り出す。
有効な一手とはならないだろう。愛莉と真琴がとっくにベストポジションをキープしている。あれではパスコースを消すだけ。
「ううぉっ……!?」
「はいはいっ、通りますよ!」
自チームの一年男子、金子くんは少し脚を出しただけで簡単に振り切られてしまう。彼はロンドの最中、比奈を囲ってヘラヘラしていた連中の一人だ。聞けば中学では帰宅部だったらしい。
うーむ、明らかに試合のテンションに着いて行けていない。上手い下手はともかく、全力でやって欲しいって言ったんだけどな。
彼だけではない。このコートに立つ一年男子のほとんどが、まだフワフワしている。緊張感がまるで見られない。体験初日、男女ミックスの実力差のあるミニゲームという要素もゼロではないのだろうが。
でも、そんなこと言ってたら終わるぞ。この試合。本気でゴールを奪いに来た、闘志に満ちた三人の顔が見えないのか?
『ルビー、潰せっ!』
『任せてっ!』
左サイドからカットインを図るノノ。ルビーがコースを切り、中央へ走り込む真琴は俺が対応。さて、この暴走機関車はなにを選択する?
「んはははっ! そうそう、これですよこれッ!! やっぱ本気でやらなきゃ、楽しくないですよねっ!!」
『ナナ!? 顔が怖いわっ!?』
なんともサイコ味の深い絶叫を挙げ目をかっ開くノノ。幼馴染さえもドン引きさせる狂気。
深く腰を落とし、スピードを上げる。縦選んだか。なら目的は中央の真琴……いや、更にその奥!
「愛莉センパイっ!!」
「おっしゃあ!!」
ルビーのブロックは僅かに届かず。タッチライン寸前で左脚を巻き上げ、弾道の高いクロスが供給される。
目的地はファーサイドに陣取っていた愛莉。ゴール前で構えていた真琴は囮というわけだ。流石に今からじゃ間に合わない。
「なっ……!?」
「あっぶね!」
打点の高いヘッドがさく裂するかと思いきや、巧みなクリアで見事回避される。ボールはサイドを割った。危機を救ったのは和田少年。
「すっごい飛びますね、先輩!」
「あ、うん……どーも……っ」
なんの気ない和田少年の言葉に、人見知り爆発の愛莉は馬鹿にキョドっている。あんなおっかない顔でヘディング噛まそうしていた奴が、なんたる二面性。
しかし良いクリアだった。愛莉のジャンプ力は素晴らしいものがあったが、和田少年は身長こそ高くないもののタイミングを上手く合わせ愛莉以上の打点へ到達。先にボールへ触りピンチを防いだ。
「ナイスクリア。少年」
「あっ……はっ、はい!! 光栄ですっ!!」
こっちもこっちで俺にだけやたらキョドる。やり辛い。いちいちペコペコ頭下げてたら首が折れちまうぞ。
「小谷松さん、柴崎さん、まずはボールのあるところに走ってみよう! どれだけ失敗しても良い! 俺がカバーするから! 思いっきり! なっ!」
コートの端っこで突っ立っているだけだった二人にも檄を飛ばす。これには正反対の反応が返って来た。
相変わらず喋りはしないし顔色も不安でいっぱいだが、何度も力強く頷くヤル気は十分の小谷松さん。一方、かったるそうに軽く会釈するだけの柴崎さん。
なるほど。なるほどね。はいはい。
面白いものだ。開始たった数分でここまで見えて来るなんて。このコートでこの人数はやや多過ぎると思っていたが、さして問題にはならない筈だ。半数は使い物にならない。
「ええか少年。愛莉は右利きや、カットインに警戒すればある程度は守れる。ただクロスにも注意しろよ。ファーから金髪が突っ込んで来るから」
「りっ、了解です……っ!」
「保科さんと小谷松さんは、そのまま前で待っててくれ! すぐにボール渡してやるから!」
「分っかりましたぁーっ!!」
良い返事だ。合格点をやろう。
そして、まだ入り切れていない何人かへ。
すまない。変な期待をさせて悪かった。
俺たちはフットサル部で、間違っても同好会やただの仲良し軍団ではないんだ。強豪ではないかもしれないけれど、本気で全国の舞台とタイトルを目指している、誰にも負けない、負けられない『チーム』なんだよ。
それが分かる奴らだけ、着いて来い。
もっと面白い世界を見せてやる。
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