710. 分からせ
「なにが起こった……ッ?」
「あらまぁ……エライよう集まっとるな」
放課後。体験入部期間最初の練習。
着替えを済ませ文香と一緒に新館一階まで降りて来ると、窓ガラス越しのコートに見慣れない顔がわんさか集まっていた。
中にはボールを持参してアップを始めている男子たちの姿も。いったいどういうことかとコート脇に立つ峯岸へ慌てて声を掛ける。
「これ全員体験入部か……!?」
「みたいだな。勧誘の成果が出たってわけさね」
「……えぇ~」
男女がちょうど半分ずつ。これだけの人数が新館裏テニスコートに介した記憶はちょっと無い。軽い人込みと化している。
先にコートへ降りていた連中は早くも新入生たちに囲まれている。比奈と琴音は女子の、瑞希とノノが男子の相手をしているようだ。そして俺を見つけるや否やコソコソとこちらへ逃げて来た愛莉。
「どうしようハルトぉ……!」
俺の影に隠れてぷるぷる震えている。周囲の新入生を見渡し更にブルブル。
「流石にこの人数は予想外やな……数えたか?」
「有希ちゃんと真琴も合わせたら、ちょうど二十人……ど、どうする……っ?」
これだけの大所帯となると纏めるのも一苦労だ。名ばかりの部長と副部長である俺たちはこのような状況にまるで慣れていない。
「そもそもボールが足りんな……しゃあねえ、サッカー部から借りて来るわ。軽くロンドやらせてゲームって感じで行くか」
「ううっ、なんでこんなに多いのよぉ……!」
年下だろうと人見知りに変わりは無い。愛莉には辛い状況だろう。だが原因はお前にもある。
明らかに愛莉目当てと思われるチャラめの男子たちが、ずっとこちらを見ているのだ。どうやら説明会の催しで目を付けられたようだな……。
サッカー部から幾つかボールを拝借し戻って来る。瑞希が軽いレクチャーをしているようだ。
しかし、ほとんどの子はあまり真面目に聞いていない。真剣に耳を傾けているのはそれこそ有希と真琴、その周りにいる女の子数人くらい。
瑞希もどことなくやり辛そうで、戻って来た俺を引っ張って無理やり前に立たせる。ええ。なにを話せと。
「コイツがハルな。唯一の男子部員! あと副部長! ほい、挨拶!」
「いやええってそんなん」
「いーからいーから! ……今のうちにガツっと言ってとけって。なっ?」
珍しく真面目な顔でコソっと耳打ち。
なんとなく分かる。ちょっと苛付いてるコイツ。
視線が一気に集中する。女性ばかりのフットサル部に男が一人だけとなれば興味も一入か。
仕方ない。愛莉が人前で喋れない以上こうなることを予想出来なかったわけでもないし。嫌な先輩役は俺が引き受けよう。
「三年の廣瀬陽翔や、よろしく。一応副部長ってことになっとる……俺のこと知ってる奴、どれくらいいる? ……あ、はい。ええよ降ろして」
男子がチラホラ手を挙げている。彼らもサッカー部と天秤に掛けているのか、時折『本物だ』とか『本当にサッカー辞めたんだな』みたいな噂話が聞こえて来た。やだもう。超やり辛い。
「見ての通り、男は俺しか居ない。部としての目標は今年から始まる混合大会。説明会で会長も言うとったけど、本気で全国目指しとるチームや」
「上級生は経験者から初心者まで幅広い。実力を理由に区別することはねえから、そういう意味では安心しろ」
「……サッカー部よりレギュラー取り易そうとか、なんかカッコいいからとか、面白そうだとか……動機はこの際なんでもええ。チームのために、そして何より自分自身のために本気でやってくれる奴と、一緒に頑張りたいと思ってる」
「普段はチョケとる奴ばっかやけど、練習はまぁまぁハードやぞ。楽しくボール蹴るのは結構。それが第一。だがしかし、適当にやる奴、モチベーションの無い奴は知らん。面倒見る義理もねえ。そこだけは理解しといてくれ。以上」
これでも抑えめに話したつもりだが、少し怖い印象を与えてしまったか。拍手は疎らだった。緊張感がこちらにまで伝わって来る。
慌ててノノが『じゃあまずは軽くボール蹴りましょう!』と音頭を取り、ウォーミングアップ代わりのロンドが始まった。
仲の良さそうな奴らはそのまま一纏めに、一人で来ている子はこちらがバランスを見てグループ分けする。
「ではでは始めましょうっ! 慣れてる子はタッチ少なめでガンガンお願いします! 初心者はお手手バンザイ! はいはいっ、ノノが説明しますねっ!」
「……結構バラつきあるわね」
「女子はほぼほぼ初心者やな……どうした急に落ち着いて。俺の隣はそんなに安心か。それとも峯岸に茶化されたのが気に食わないのか?」
「うっさい」
後者だな。間違いなく。
コートの脇に逸れロンドの様子を見守る俺と愛莉、ついでに峯岸。上級生がそれぞれの輪に入ってレクチャーを施している。
四つのグループに分かれているのだが、実力差は顕著だ。サッカー経験者と思わしき男子たちと、コーチ役の比奈にデレデレしているワンチャン勢。
女性陣は有希と真琴が中心となった琴音が面倒を見ているグループと、今一つ緊張感に欠けるノノがコーチ役のエンジョイ勢。こんな具合で綺麗に割れている。
「なるほどねえ……経験者と言っても中学でレギュラーにも入れなかった程度。お世辞にも上手いとは言えねえな。市川や長瀬妹にも劣るレベルか」
「ふむ。同意見や」
「おっ。アイツは中々……フロレンツィアのジュニアユースだっけ? 流石に足元はしっかりしてるな」
峯岸の視線の先には、経験者組の中でも一際質の高いボールタッチを見せる短髪黒髪の少年。あれが比奈と谷口の話していた和田という子か。
確かに一人だけプレーに余裕がある。パスの受け方、軽い身のこなし、視野の広さ。共にロンドへ混ざる瑞希と比べてもそん色ない。
何よりも、真剣に取り組む必死な表情が印象的だ。比奈の言っていた通り真面目な性格なのかもしれない。
「うーん……真琴はともかく、有希ちゃんでも上手く見えるのよねえ……」
「そんなモンやろ。お前や瑞希みたいな突然変異レベルの化け物が毎年入ってきたら世話ねえわ」
愛莉は女子のグループを注視している。有希と真琴、ルビーがしっかり声を出して引っ張っているな。良い傾向だ。
だがそれ以上に印象的なのが、先ほどからその二人とベッタリくっ付いている赤み掛かったウェーブヘアの少女。身体も大きく遠くからでも分かりやすい。その分軽率なミスも目立つが。
なんとなく見覚えがある。確か説明会のとき、小谷松さんの隣に居た少女だ。ということは二人と同じクラス、有希が連れて来たというのもあの子のことか。
「って、小谷松さんもいるのか」
「誰?」
「あの青髪の眼鏡掛けた小っちゃい子。唯一怖がらないで話聞いてくれた天使」
「大袈裟ね……まぁ気持ちは分かるけど。アンタ髪切ってから目つきの悪さすっごい目立ってるし」
「うるせえな…………ふむ。動きは悪くない」
全然気付かなかった。
あまりにも小柄で輪に混ざるとまるで姿が見えん。
初心者らしくボールタッチはまったく出来ていないが、身のこなし自体は中々に軽い。他にスポーツをやっていたのだろうか。とてもそうは見えない外面だが。
下手なりに精一杯頑張っているのが見て取れる。特に真剣に取り組んでいるのはこの小谷松さんとウェーブの赤髪少女だ。
ああいう向上心のある子は見ていて気持ちが良い。ポテンシャルも中々のものがあると言って良いだろう。
「男女それぞれ対照的やな……」
「うん……ちょっとね」
ロンド一つでも真剣味が分かるというものだ。
明らかに違いが見て取れる。
比奈が混ざっているワンチャン勢は常にペチャクチャ喋りながらダラダラしているし、ノノが担当するもう一つの女子グループもキャーキャー煩い。共にプレーしている文香も居心地が悪そう。
どうやら俺の演説は一部の人間にしか届かなかったようだ。全員が入部するわけでもなかろうが、少なくともこの二つのグループは……。
「お断りってわけにもいかねえしな」
「やっぱりランニングとか筋トレもやらせる? 態度も真剣さも分かりやすく出て来ると思うわよ」
「流石に可哀想じゃねえか?」
「そう? 本気で頑張れるなら辛くたって着いて来るわよ。その程度の志ならむしろお断りね」
「急にスパルタ気取ってんじゃねえよ」
愛莉の意見はもっともだが、まずはフットサルそのものの楽しさを味わって貰わないことには。幾らやる気があっても、具体的なイメージが湧かないことには努力の方向性も分からないし。
「ったく、頭の固いツートップだな。お前らの中だけで完結させんじゃねえよ」
「ああ? どういうこっちゃ」
「適材適所って言葉があるだろ。もっとチームメイトを頼ってみろよ」
こなれたニヒルな微笑を浮かべ峯岸はそう言った。チームメイトを頼る……それもその通りだ。であれば、少し試してみたい方法があるな。
「ミニゲーム。やるか」
「結局?」
「上級生の偉大さってモンを知って貰わないねえとな……特にあの二グループ。比奈とノノだよ。どう見ても舐められてるだろ」
「……生意気な後輩を分からせるってわけ?」
「ハッ。嫌な先輩だこった」
「アンタもね」
多少の横暴は許して欲しいものだ。
こっちもこっちで必死なんだから。
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