709. おさーるさーんだね~♪


『以上、フットサル部でした。昨年創部された新しい部活です。これといって実績があるわけでもなく、部員も癖のある方ばかりですが……まぁ、怖いもの見たさで顔を出してみるのも良いかと思います』


『……今年から始まる、男女混合の大会に出場するそうです。全国優勝が目標だと言っていました。私はスポーツに縁が無いので、どこまで現実味のある話なのかは分かりませんが……』


『……少なくとも、本気で取り組んではいるみたいです。彼らの熱量に応える自信があれば、きっと良い居場所になると思います。個人的な感想ですが』


『では、部活説明会を終わります。明日から一週間、体験入部期間が始まります。手続きは各部ごとに行いますので、書類の提出など不備の無いように……』



「大、成、功っ!!」

「お疲れさん!」


 最後の大技を決めた瑞希が舞台袖に戻って来る。ハイタッチと共に一欠けらの汗が弾け飛び、互いに笑顔が溢れる。


 体育館は惜しみない拍手と歓声に包まれ、橘田のアナウンスはほぼ搔き消されてしまった。良いこと言ってるのに。ちゃんと聞いてやれ。



 贔屓目無しにフットサル部の催しは非常に盛り上がった。ノノがグダグダなMCでハードルを下げに下げてから高等テクニックで盛り返し。


 文香とルビー、比奈と琴音が二組でボール交換。どちらも一度も失敗せず愛莉、俺と繋がり、こちらも問題無く出番を終える。


 が、結局瑞希の独壇場になってしまった。最後の片手で逆立ちして足で挟み込む技とかもう意味が分からない。一人だけ実質ブレイクダンスだもん。バランス感覚どうなってるの。人間辞め過ぎ。



「ホントなんとか成功って感じ……でもアピールになったわね」

「ね~。愛莉ちゃんのファンになった子がいっぱい集まっちゃうかも?」

「ごめん、比奈ちゃん。マジでやめて……ッ」


 橘田の呪縛がまだ解けていない愛莉。

 身を震わせまだ見ぬ刺客に怯えるのであった。


 残念だが恐らくそうなるだろう。男女問わず最も歓声が上がったのは愛莉がステージに現れたとき。流石ビジュアルだけは最強の女。中身のポンコツぶりがどうかバレませんように。



「センパイ、二人とも手ェ振ってますよ」

「おー、あそこにおったか…………むっ」


 体育館を去る二人をノノが発見する。だがその姿よりも、アリーナに立ち尽くしたままステージで眺めている一人の少女がどうしても気になった。


 二人のクラスメイトだという例の青髪眼鏡ロリ少女。小谷松さんだったか。隣の女子生徒に手を引っ張られ慌ててアリーナを出る。



『新しい獲物でも見つけたの?』

『アホ抜かすな。ちょっと気になっただけや』

「まーたかわい子ちゃんに目ェ付けよって」

「二か国語で同じ弄りすんなメンドくせえな」


 滅多なことを抜かしクスクス笑う文香とルビーだが、実を言うと催しの最中から小谷松さんの姿は見えていた。隣の女子生徒が煩くてすぐに発見出来たのだ。


 スポーツに縁が無いのは想像が付くが、フットサル部が気になっているのは様子を見ればだいたい分かる。

 喋るのもおざなりな性格じゃ一人でコートを訪れるのも大変だろうし、個人的に誘ってみようか。



「陽翔さん。撤収するそうですよ」

「ん。おっけ」

「……誰か気になる方でも見つけましたか」

「俺はいつだって琴音のことが気になってるよ」

「そんな軽薄な言葉は求めていません。態度で示してください。態度で」

「あとで誰も居ないところでな」

「ふむっ」


 頭をポンと叩くと、鼻から息を漏らし満足げに頷く琴音。出番終わってからずーっと俺の後ろに引っ付いている。早く褒めて欲しくて仕方ないのだろう。超可愛い。あとでいっぱいナデナデしよ。



 何はともあれ、説明会の催しを成功させつつ橘田との関係改善、延いてはフットサル部の存続という二つのミッションを無事に達成したわけだ。


 気になる小谷松さんや噂の和田少年を含め、暫くは新入部員を纏めるのに苦労するだろうが。

 どちらにせよ俺たちのやることは一つ。七月から始まる関東予選に向けて準備を進めなければ。


 勿論、彼女たちとの蜜月の日々を存分に味わいながら。実はこれが一番大切。


 これからもっと忙しくなる。不安もあるけれど、それ以上に楽しみだ。なんの問題も無いだろう。



 ……しかし翌日、体験入部期間初日。楽観的な未来予想図は、いとも簡単に覆ることとなった。




*     *     *     *




 始業式の日に『授業ごとの単位制になるから同じクラスでもあまり意味が無い』と瑞希が話していたが、確かにその通りだった。

 共通科目を除いてみんな教室もバラバラ。休み時間に五人で過ごすのは結構難しい。


 昼休みも全員が揃うことは無かった。愛莉は早速橘田に捕まり、比奈と琴音も奥野さんに誘われ食堂へ出向いている。



「コーハイ共は?」

「暫くはクラスメイトと交流深めるってよ」

「ふーん。まっ、それも大事ですな」


 久々に瑞希と二人。

 場所は勿論談話スペース。


 少し冷えるのか、誕生日に琴音からプレゼントされたネックウォーマーを頭に乗せコロコロ転がしていた。


 珍しくスカートの下はジャージ。トータルでダサい。半端に調子乗ってる田舎モンみたいだ。冬場の練習で南雲がこんな格好をしていたことを思い出す。



「今朝、一年に囲まれたらしいな」

「いやそれな。マージでダルかったわ」

「変装?」

「んー。まーそれもある」

「それじゃないほうの理由は?」

「寒いし。フツーに。あとパンチラ対策」

「今更かよ。気にするの遅過ぎやろ」

「だって昨日もさあ。階段上がるときとかすっげえ見られんだもん。たぶん一年だと思うけど。あー。まーでもあれか。ハルよりはサカってねーか」

「俺はたまにしか覗かねえよ」

「おさーるさーんだね~♪」

「うるせえ黙れ歌うな」


 小っちゃい紙パックのジュースを飲みながらソファーへ寝転ぶ瑞希。いつもならこのタイミングで拝めるのに。おのれクソダサジャージめ。許さん。



「で、今日どうすんの? いつもならフィジカル練でしょこの曜日って」

「せやな……体験組がどれだけ来るか分からんし、軽くミニゲームだけにしておくか。一日ズラしても問題ねえやろ」

「明日一気に地獄見せるってわけ?」

「そういうこっちゃ」

「ハッ。性格わるっ」


 有希にクラスメイトたちの反応がどんなものか聞いてみたのだが、男女問わずフットサル部が気になっている奴が何人かいるようだ。今日も早速出来た女の子の友達を連れて来てくれるらしい。


 ついでに小谷松さんにも声を掛けるよう頼んでみたのだが、これは杞憂に終わった。真琴が先んじて誘ってくれたそうだ。

 なんでも朝からフットサル部のチラシを大事そうに抱えていたらしく、察するまでもなかったとか。



「何人くらい入るんだろーね」

「さあ。想像も付かん」

「何だかんだで練習ハードだからなー。コンジョー無しはすぐ察して他んところ逃げちまうだろーし、三、四人入るかなってくらいかもね」


 早朝に入部届を叩き付けに来た有希と真琴を合わせて、現在フットサル部は10人。公式戦の登録メンバーにはあと二人空きがある。


 この枠を新入部員で争う形となるのだろう。恐らく未経験者ばかりが集まる筈だ、元々いたメンバーが枠から漏れるとは考えにくい。


 でも、そうか。噂の和田少年をはじめとした、そこそこ動ける男子部員が加わったら……まだまだ初心者の有希はちょっと危ないかもな。付き合いの長さがあるとはいえ、大会を勝ち進むのなら依怙贔屓は出来ないしなぁ……。



「……こーやって二人でダラダラするのも、あんまり出来なくなるのかな」

「そもそも俺ら二人だけってのも珍しいやろ」

「でもさあ。あたしたちが談話スペース占領してるの知ったら絶対みんな使いたがるじゃん?」

「んだよ。寂しいのか?」

「うん。泣いちゃう」

「家来ればええやん」

「それとこれとは別なのだよ、君キミィ。学校でしか味わえないエモーショナルなふいんきもまた格別なのだ。お分かりかね?」

「…………おい。まだメシ食ってんだろが」

「知らん。なんなら食わせろ」

「ふぉらよ」


 咥えた卵焼きを半分持って行かれる。そのままモグモグしながら近付いて来て、唇が触れ合う。

 俺の口にある咀嚼済みのものまで引っ張り出して涎をズルっと垂らし、満足げにニカっと笑う。なんという至福の表情。



「きったねえ」

「ん~、ふぁるのあじがふる~♪」

「作ったの愛莉やけどな」

「ひらねー♪」


 なんやねんお前。クソ可愛いな。

 俺がお猿さんだとしたら絶対お前のせいだよ。



「ったく……橘田にでも見つかってみろ。また振り出しに戻っちまうぞ」

「なんのために長瀬差し出したと思ってんだよ」

「お前の差し金かい」

「だってアイツ、最近ハルのこと独占し過ぎだし。たまには良いっしょ?」

「……まぁ、うん。文句は無いな」

「ほら全部食っただろ! あたしの相手しろっ!」


 膝元に飛び込んで、顔に腕をグーっと伸ばして来る。薬指のリングが頬に触れてほんのり冷たい。仕方ない、たっぷり甘やかすとするか。俺も本望だ。


 二人だけののんびりとした時間が過ぎて行く。互いに五限は空いているから、活動が始まるまでずっとこのままなのだろう。



 すっかり油断していた。こうやってイチャイチャするときは、窓ガラスを覆うカーテンを使って遮断するのがお決まりだったのに。失念していた。


 誰にも見られない秘密の逢瀬。の筈が、物陰から窺う少女が一人。無論、その存在に気が付くどころではない俺たちである。


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