708. 私と友達になって


「全国大会っていうか、いわゆる公式戦ってさ、外じゃなくて体育館とかアリーナのコートじゃん? なんであたしたちテニスコートで練習してんの?」

「その質問は一年遅かったかも分からん」


 舞台袖からアリーナの様子を窺う瑞希。特に椅子などは用意されず、新入生たちは雑に放置されている。


 聞けば説明会は強制参加ではないらしいが、加入率が高ければどの部も盛んなことで有名な山嵜高校。何だかんだで新入生ほぼ全員が集まっているようだ。


 しかしまぁ、ロクに内情も知らん癖に『あの部は面白そうあそこはつまらない』と勝手に判断されるのか。急にヤル気無くなって来るな。



「あー緊張するぅ~……!」

「結局ノーリハでやらされるしな」

「しかもよりによって大トリだし!」

「お前がじゃんけん負けたからやろが」


 心なしか背中の9番も小さく見える。人前に立つのが苦手な愛莉は午前中からずっとこんな調子だ。メンタルケアが必要だったのは琴音じゃなくてこちらだったかもしれない。



 橘田と奥野さんがステージへ。生徒会の堅苦しい挨拶を先頭に部活説明会が始まった。一番手のチアダンス部が狭いステージで華麗な演技を披露。


 演技が終わると入れ替わりで橘田が現れ、どこで週何回練習しているとか、直近でどんな成績を出しましたとか、簡単な説明を資料片手に読み上げる。他の部も似たような流れが続き、着々とフットサル部の出番が近付いて来た。



『……以上、鉄道研究部でした。部員が三年生しか居ないので、新入部員が来ないと今年で廃部です。協力してあげてください。続いて柔道部、どうぞ』


『バレーボール部の皆さん、ありがとうございました。ステージでボールを使うなと散々忠告したのですが、守ってくれませんでした。まぁそういう方たちです。今年は地区予選くらい突破出来ると良いですね。では続いて……』

『会長! そういうことわざわざ言わないっ! あっ、つ、次はバドミントン部ですねっ!はい、 張り切ってどーぞー!』


 橘田が余計な情報を付け加えるせいで、隣の奥野さんが毎回大慌てでフォローしている。漫才の掛け合いを見ているようだ。

 新入生は深く考えずもせずゲラゲラ笑っているから致命傷でもないだろうが……一言喋るってそういう意味かよ。やめてやれって。



「ほえ~。どの部も結構しっかり準備してるんですね~」

「お前去年見たんじゃねえの?」

「ノノ、自由参加の催しは絶対に参加しないって固く心に誓ってるんで」

「んなワケ分からん拘り今すぐ捨てろ」


 すぐ近くでは、催しを終えたバレーボール部が橘田にガッツリ叱られていた。思いっきりボールをステージにダムダム叩き付けていたのが駄目だったらしい。


 となると、ウチの催しもグレーゾーンではあるな。絶対にボールをステージに落としちゃいけないってことは、失敗したらああやって怒られるんだろ。


 自分から首絞めに行ってるようなものだ。

 誰だ発案者。そうだコイツと瑞希だ。怒る。



「緊張するか?」

「……こればかりはどうしても……」


 輪に掛けて人前に立つのが苦手な琴音。ステージの様子を眺め大きなため息を溢した。比奈が手を繋いで和らげてくれてはいるが。



「失敗したってええよ。どうせ怒られるのは俺と愛莉やし…………いや、違うな。俺が怒るわ。琴音に」

「えっ」

「ミスったらケツ引っ叩いたるわ。トイレも不自由なくらい真っ赤にしてやる」

「や、やめてくださいっ……」


 こういう言い方は良くないんだよな。だって琴音も、成功させるために必死に練習したんだから。負けず嫌いの彼女が失敗を易々と受け入れる筈が無い。



「しっかりしろ。あの楠美琴音が……あんなに努力して来たお前が、こんな試合でもねえどうでもいいところで失敗するわけねえだろ?」

「……陽翔さん?」

「もし仮に、万が一にもあり得ねえけど、失敗しちまったら……俺のせいにしてええから。お前がもっと教えてくれなかったのが悪いってな」

「……さっきと言っていることが違い過ぎます」

「だから頑張れ。俺のせいにしたくないなら」

「……分かりました。では、貴方をどうやって罵倒するかちゃんと考えておきます」

「そこは素直にハイでええやろが」


 そっぽを向いてしまうが、俺に見えない角度でどんな顔をしているかはおおよそ見当がついた。この調子なら大丈夫だ。必ず上手く行く。


 併せてもう一人。後顧の憂いは消しておこう。



「駄々スベリやなサッカー部」

「……もう見てられません」

「ちゃんと慰めてやれよ」

「なっ……!? なんで私がそんなことしなきゃいけないよ……ッ!?」

「さあ。どうしてかね」


 テツオミ渾身のコントは新入生の笑いのツボには刺さらなかったようだ。さっきからやたら静かだと思ったら。酷い。


 思い人の惨状を目の当たりにし、橘田もガックリ肩を落とす。分かるよ。自分が恥掻いてるみたいで嫌だよな。共感性羞恥ってやつ。可哀そうに。



「ボールを使うのが駄目やなくて、ステージを傷付けるのがアカンのやろ?」

「その通りです……本当に大丈夫なんですか?」

「使う前より綺麗にして返してやるよ」

「……そうですか。まぁ、期待はしません」


 素っ気ない態度を取る橘田だが、こうして面と向かって冷静に会話が出来るだけ成長したというものだ。お互いに。


 すると橘田。ゴホンゴホンとわざとらしく咳ばらいを挟み。



「まぁ、その。なんと言いますか。上手いこと嵌められたようで、まるで良い気はしませんが……一応、礼は言っておきます」

「あ? なんの?」

「だから……先日の件について、です」

「はて。何かしたかしら」

「…………申し訳ありませんでした。なにも知らない癖に、頭ごなしに否定するような真似をしてしまって。反省しています」


 決まりの悪い顔で礼儀正しく頭を下げる。謝罪を受けるような無礼などそれこそ一つも身に覚えが無いが、まぁ黙って聞いておくか。



「フットサル部を疎ましく思っていたのは……生徒会長としての立場だとか、私個人の考え方とか……そんな大したものでは無かったんです」

「ならなんだってんだよ」

「…………私もあんな風になりたいって、そう思っていたんです。自分には縁の無い、絶対に出来ないことだから……」

「ハッ。たったあれだけのことで青春の尊さに気付いたって?」

「……貴方の言っていた通りです。私は自分にも、周りの人間に対しても……本気で向き合っていなかった。失敗を恐れていた」


 なるほど。度の過ぎたお節介かと思ったが、少しは届いていたようだ。何度も言うように今後の彼女について責任を取るつもりは一切無いが。


 けれど、それが決して悪手ではなかったことは。サッカー部のステージを気に掛ける表情一つでよく分かるというものだ。



「コント。面白くないですね」

「ああ。クソつまらん」

「……前までの私なら、この時点で冷めていたと思います。肝心なところで締まらない奴だと、勝手に決め付けて……断片的な情報だけで判断してしまう、浅はかな人間だったから」

「今は違うと?」

「……知ってますから。葛西くんの良いところも。勿論悪いところも」


 渾身の一発ギャグがスベリにスベる。冷や汗の止まらないオミを、橘田はクスクス笑いながら愛おしそうに見つめるのであった。



「これが本物の恋かどうか、ちゃんと見極めます。私なりの答えを出します。どれだけ時間が掛かっても……そうじゃないと葛西くんにも、私にも、失礼ですから」

「…………せやな。ええ心掛けや」

「今ならちょっとだけですけど、分かります。フットサル部も、貴方も、最初からあんな風だったわけじゃない。沢山の衝突やわだかまりを乗り越えて、漸く今のような形になったのだと……ですよね?」

「そうかもな」

「…………あの、長瀬さん。ちょっとこちらに」


 瑞希と最後の打ち合わせをしていた愛莉を橘田が呼び付ける。レズ疑惑が浮上して以降、愛莉は彼女から意図的に距離を置いていた。露骨にビビっている。

 


「な、なに……っ!?」

「色々とご迷惑を掛けて、すみませんでした。あの、こんなこと言われても、気持ち悪いって思うだけだと思いますけど……ッ」

「う、うん?」

「一年の頃しか知らない私が言ってもアレですけど……その……前よりずっと、魅力的な女性になったと、そう思います」

「…………へ?」

「貴方がどうやって変わったか、どうして変わってしまったのか……私もやっと理由が分かりました。今なら貴方とも、まともな付き合いが出来ると思います」


 目をパチクリさせてキョトンとする愛莉。

 凄いな。ここまで一気に解決してしまうのか。


 想像以上のスピードで彼女も変わってしまったらしい。呆気に取られる愛莉と憑き物の取れたような清々しい橘田の対比は実におかしなもので、テツオミのコントよりよっぽど笑えた。



「私と友達になって欲しいの」

「……う、うん。良いけど?」

「薫子って呼んで。出番、次ですよね。頑張って」

「あ、ありがとう……?」


 こっ恥ずかしそうにコクンと頷く。ちょうどサッカー部のコントが終わったようで、奥野さんに声を掛けられ慌ててステージへと向かう橘田であった。



「…………え? なに? どういうこと?」

「レズは引退だってさ」

「は? えっ?」


 状況がまるで理解出来ない愛莉。それもそうか、先日のデートごっこを間近で見ていたわけでもなしに、いきなり態度が一変したようにも思うよな。



「面白いよな。人間こうも短時間で変わるものかね」

「ち、ちょっと待って。全然着いてけないんだけど?」

「良かったな。友達増えて」

「……えぇ~?」


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