700. 利害だけは一致している


「いっ、良いですかッ!? 半径一メートル以内に近づかないでくださいッ! 領域を犯した瞬間、貴方は性犯罪者ですッ!! 分かったッ!?」

「やめろッ! 人前で言うなそんなことッ!?」


 あれよあれよという間に無理やりスクールバスへ乗せられるオミ。同様に文香とルビーが橘田会長を無理やり連行。

 最寄駅すぐ近くのショッピングモールへ到着し『後は頼んだ』と華麗なサムズアップを決めたところで傍から離れる。


 勿論四人揃って尾行は継続中。文香とルビーの組み合わせでもかなり珍しいのにテツが引っ付いているとは。二度と実現しない組み合わせかも分からん。



「はっはっは。早速揉めてるねぇ~」

「乱闘沙汰だけは避けて欲しいところやな」

「言い出しっぺのはーくんがそんなん心配し出したらもう終わりやん」

『面白くなって来たわねっ!』


 ギャーギャー言い争いを繰り広げながらア〇タへ入って行く。パッと見だけなら爽やかな好青年と知的美少女の理想的なコンビだというのに、こうもアンバランスな絵面になるものか。人間って奥深いわ。



 そんなこんなで始まった、余り者同士くっ付けて諸々丸く収めてしまおう(火の粉を振り払おう)大作戦。実況はワタクシ廣瀬。豪華ゲスト三名を解説に迎えたお節介カルテット計四名でお届けします。


 遊びは遊びだがふざけているだけではない。これを機に橘田会長が男女の交友というものを少しでも理解することが出来たら、フットサル部への過剰な嫌悪も消え失せ余計な心配をする必要も無くなるというわけだ。



「なーんでこうなったんだろうなァ……」

「そんなの私が知りたいですよッ! これはあくまで禊ッ! 食堂で人目も憚らず騒ぎ立てた私自身に対する戒めなんですッ! あの人たちに余計な借りを作りたくないから、嫌々乗っかっているだけ、それだけなのッ!!」

「声デカいよぉ抑えてよぉ……!」


 とにもかくにも彼女が欲しいオミと、男の実態を知る機会さえ無く悲惨な目に遭い続けて来た橘田会長。

 ひとまず利害だけは一致しているこの二人。即席デートの結末やいかに。早くも破綻し掛けている点については、ノーコメントで。



「言うてヒロロン、倉畑ちゃんにちょっかい掛けられるの気に食わないんでしょ」

「アホが。唯の善意に決まっとるやろ」


 サラッと躱してはみたがこれはテツの言う通り。俺が愛莉と付き合っているという風潮が定着してからのオミはずーっと比奈がどうこう煩かったので、ここらで新しい恋に目覚めて貰おうという恩着せがましい魂胆。


 ここで『二股野郎だ~死んだほうが良いよ~』とか言い出さないのがテツの長所というか空気の読めるというか、彼女持ちたる所以というか。

 或いはフットサル部の妖しい雰囲気になんとなく気付いているのかも。まぁバレてたらバレてたでもうどうしようもないわ。



『二階に上がったわよ!』

「全員配置に着け! 隠密行動を心掛けろッ!」

「ヒロロン超ノリノリじゃん。ウケる」

「後ろにいるって向こう知っとるのにな」


 楽しい。



 流石にノープランでは目的の一つも達成出来ないだろうということで、オミには予めデートコースを指示しておいた。ア〇タがデートスポットに相応しい場所でないことなどみんな分かっている。黙って聞け。


 地元民ばかりの弱小ショッピングモールとはいえ、二階のフロアにはそこそこ名の知れた庶民向けのファッションブランドが幾つか入っている。橘田さんに似合いそうな服を見つけろ、という第一ミッションだ。



「このミッションの意図はどのようなところにあるのでしょう。解説の文香さん」

「まずは会長さんの自己肯定感を高めなアカンからな。顔だけやなくてスタイルとか雰囲気とか、自覚してないところを褒めて機嫌を治して貰うっちゅうわけや」

「なるほど。同時に『自分のことを理解しようとしている』という印象を植え付けてムードの改善を狙うのですね?」

「そーゆーことや。なんやねんそのテンション、バリキショいではーくん」

「うるせえ」


 レディース向けのお店の前で立ち止まった二人。オミが何やら話しているな、どうやら忠実にミッションを遂行しているようだ。ほとんどゴリ押しの半強制デートなのに。偉い。俺には出来ん。



「ほら、こういうちょっと派手っぽい服は着ないのか? 意外に似合うかもだぜ」

「…………なんですかこの男に媚びを売るためだけに生み出されたような見るに堪えないデザインは。舐めてるんですか?」

「いやいやっ、そうじゃなくて……だって会長、髪色も結構派手めじゃん?」

「地毛です、地毛ッ! 水泳やってたから色抜けちゃっただけですッ!」

「え。なら染め直せば良いんじゃね?」

「嫌よッ! 一人でやったら絶対失敗するし、確実に染めるなら美容院じゃなきゃダメじゃない! あんな恐ろしい場所、二度と行くものですか……ッ!」

「お、おう……そうだな……」



「オレが思うにね」

「おん」

「ダーさん男女問わず陽キャが苦手なのかなって」

「名推理やな」


 美容院のイケイケ店員に話し掛けられて辟易してしまう気持ちは俺も分かる。なんで友達感覚で絡んで来るんだろうなあの人たち。黙ったら死ぬのかな。


 根っこが俺や愛莉も顔負けのクソ陰キャだから、髪色だけで判断されてチャラい上級生にちょっかい掛けられて、更に苦手意識が強まってしまった。こんなところだろうか。そう考えると猶のこと不幸の星と呼べなくもない気はする……。



「うーん……媚びる必要は無くても、少しでも自分を良く見せたいっていう考え方は持ってた方が良くねえか? スカートの丈もクソ長いし」

「校則準拠です、他の人たちが短すぎるだけで私が普通なんです……ッ!」

「でもよ会長。人は見た目が九割って言うし、中身を知って貰うには外見で興味を惹かなきゃどうにもならないんじゃねえの?」

「ヴッ……!」

「校則の範囲内でアピールすれば良いんだよ。だいたい会長が学校のルールみたいなモンなんだから、都合よく変えちゃっても文句言われねえって」

「そ、そんなモラルに反するようなこと……ッ!」


 おお。今のアドバイスは上手いぞオミ。どうしてここまで気遣いが出来るのに彼女が出来ないんだ。まぁ俺は知ってるけどな。すぐがっつくからだぞ。


 マネキンを睨み付け唸り声を轟かせる橘田会長。するとオミ、その隙を狙ってラインでメッセージを送って来る。



『誰か気になってる奴いるのこの人』

『真琴』

『女じゃん』

『ええから続けろ』


 なにか作戦があるらしい。

 様子を見てみるか。



「噂で聞いたんだけど、真琴もこういう可愛い系が好きなんだってよ」

「……何故貴方がそんなことを?」

「サッカー部のセレクション来たから面識あるんだよ。男っぽい格好してるのは、女の子らしい服が着れない反動なんだってさ。分かるか? 言いたいこと。ああいうクールな奴ほど可愛い格好してる子に憧れるんだよ」

「……な、なるほど……ッ!」


 目から鱗がボタボタ。機転の利いた作り話を境に、橘田会長の瞳には光が宿り始めた。実は作り話でもなんでもないという。わざわざ言わんが。


 関心が愛莉から真琴へ移り掛けている今、このアドバイスは何よりも効果的だろう。だって男でも女でもどっちでも良いんだろ。問題無し。


 非常に落ち着かない様子ではあるが、近くの服を手に取り粛々と吟味を始めた橘田会長。よしよし、良い感じじゃないか。



『ふーん、そういう……偏見が強いだけで本当は純粋な子なのね、タチバーナダ』

『殻を破るキッカケが無かっただけで、案外普通の奴なのかもな』

『タケオミも上手くやってるじゃない。まぁ、当然と言えば当然だけどね。ヒロの真似だもの』

『俺の真似?』

『ああやってソトボリを埋めていくの、ヒロの常套手段じゃない。詐欺師の才能あるわよ貴方』

『凄い角度から流れ弾飛んで来たな』


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