699. 拾ってやれ
「――――ふっ、ふざけたこと言わないでくださいッ!! わ、わわ、わっ、私が長瀬さんのす、すっ、ストーカー!?」
慌てて席から立ち、膝をブルブル震わせながら壁際へ後退。思い当たる節があります、と語らずとも物を言う怪し過ぎる振舞いだ。
そんな橘田を見てルビーは、格好の獲物を見つけたと言わんばかりの意地悪げなスマイルと共にジリジリと彼女へ接近。
『フフーン! もうとっくに調べは付いているのよ! 貴方がアイリにお熱なのも、こっそりブラオヴィーゼのスクールに行ったことも、全部知ってるんだから!』
バレンシア語は分からない筈の橘田だが、アイリ、ブラオヴィーゼ、という単語だけ辛うじて聞き取れたのか。ここ一週間に取った行動が俺たちにバレていることを察したようで、顔色はますます真っ青に。
「どっ、どうして……!?」
「一昨日俺たちもお邪魔してな。レディースのコーチに教えて貰った」
「……クゥゥッッ!!」
歯を食い縛り存分に悔しがる橘田。どうやら誤魔化すつもりは無いらしい。どういう感情なんだろう。ここまで来ると逆に面白いなそのリアクション。
良い機会だ。何故ブラオヴィーゼの体験スクールに足を運んだのか。そしてフットサル部をこうも敵視するのか。ちゃんと話して貰おうじゃないか。
「聞いたぞ。スポーツ自体まるで縁が無いらしいな。堅物会長がいったいどういう風の吹き回しや。エエ? あそこに行けば愛莉に逢えるとでも思ったのか?」
「……そ、それはぁぁ……ッ!?」
「ええ加減楽になれや。さっきの発言はまた別件として、生徒会とやり合うつもりは無い。アンタがそういう態度を取り続けるなら話は変わって来るが」
「うぐぐぐぐぐ……ッ!」
「歩み寄ってるみたいな言い草だけど、結局やってること自白の強要だよな?」
「ヒロロン根がDQNだからね。しゃーないよ」
「お二人さんよう分かっとるなぁ……」
後ろの三人が何やら煩いがこれは一旦無視。
フットサル部の言動が学校の風紀を乱していたという橘田の主張もある程度は受け入れるが、それ以上難癖を付けられるのなら黙っていられない。
なにも仲良くしようと言っているわけではないのだ。ただ穏便かつ常識的な付き合いをしようと提案しているだけ。
愛莉云々で橘田が個人的にフラストレーションを溜めているのなら、少しくらい彼女のために動いてやろうと気も無くはない。
勿論、あくまでフットサル部、そして愛莉の為だ。個人的にコイツの考え方や立ち振る舞いはどうも好きになれない。これでも精一杯妥協しているつもり。
「正直に言え。今どき女同士のカップルも珍しくないし、偏見もなんもねえよ」
「…………でも、長瀬さんはもう……ッ!」
「ああ。俺の女。どう足掻いてもお前のモンにはならん。けど、友達にはなれるだろ。それ故に心苦しいってんならどうしようもな……」
「わっ、分かったわよ!! そうよッ、好きだったのよ長瀬さんが恋愛対象としてッ! どう!? これで満足したッ!?」
一転声を荒げ、耳まで真っ赤に染めて馬鹿正直に告白する。そんなことはとっくに分かっているから今更言わなくても良いのに。ズレてるよ論点が。
まぁ良い、これで俺たちを敵視している理由はハッキリした。フットサル部というより、俺個人に嫉妬していたのだ。
スクールに顔を出したのも『実は私もフットサル上手いんですよ』アピールをするための一環だったと。単純過ぎる。恋愛初心者どころの騒ぎじゃねえ。いやまぁ俺が言える立場じゃないけど。それにしてもよ。
「百歩譲って、掻っ攫うみたいな形になったのは……まぁ、悪かった。せやかてお前の方が余裕はあったろうに、なんでアピールしなかったんだよ」
「…………ムリ、無理よそんなの……ッ! 私みたいな芋臭い女、長瀬さんには不釣り合いだもの……!」
「んなことは無いと思うが……」
「どうせ私なんて、頭の固い愚図でドン臭くて話のつまらない平均以下のゴミ女なのよッ! 分かってるのよそんなこと! 生徒会の権力に縋らないとなにも出来ないポンコツメンヘラ女ッ!!」
「いやそこまでは言ってないって」
ガックリと膝を着きどんどんヒートアップしていく。どうしよう、こういうときどうやって止めれば良いんだ。経験無さ過ぎて分かんない。
「小っちゃい頃から散々男子に『ヒステリックババァ!』『がり勉陰キャ女ァ!』とか馬鹿にされてッ、周りが彼氏がどうこう言ってるのに私だけまともに会話さえ出来なくてッ! そんな奴が普通の恋愛なんて出来るわけないじゃないッ! 女の子にアタック掛ける方がまだ可能性あるかもって考えるでしょッ!」
「いやだか」
「私と同じタイプの人だって思ってたのよッ! いかにも男慣れしてなさそうで、でもちょっとクールで品があって、憧れるに決まってんでしょッ! 友達でもないのに挨拶してくれるのよッ!? 好きになるわよッ!! それなのにっ、アンタのせいでどこにでもいるような男に媚び売ってヘラヘラするような女に成り下がって、やってらんないわよこっちはッ!! どれだけ私を絶望の淵に叩き込めば気が済むのよッ! もううんざりッ、うんざりなのッ!! これ以上私を虐げてなにがしたいってのよォォッ!! ア゛アァ゛ァァァぁぁァ゛ァァァー゛ーーーッ゛!!゛」
…………えー……。
「陰キャはともかくヒステリックは正解でしょ」
「テツ、もうやめてやれ……ッ!」
地面に蹲ってワンワン泣き出してしまった。こちらとの温度差たるや。見るに堪えない惨状。
少し思い違いをしていたらしい。橘田会長、ただただ単純に人付き合いが超下手くそなんだ。長いこと不幸な目に遭い続けて歪んじゃったパターンだこれ。
同情したというわけでもないが、こうも赤裸々に告白されるとこれ以上厳しいことを言うのも忍びない気分になる……だがこのまま放置するわけにもな。
彼女が言い出した通り、食堂は食堂でありレクリエーションホールでも大声で騒ぎ立てて良い場所でも無い。まずは落ち着きを取り戻して貰い、冷静な話し合いを目指さなければ。
「そう卑屈になるなって。会長可愛い顔してんだから。もう少し余裕持てば彼氏の一人くらい……」
「…………やだ」
「はい?」
「顔目当てで寄ってくる男はやだ……」
「コイツ……」
この期に及んで我が儘言うな。
テツが話していたな。これでもそこそこモテて、上級生から言い寄られることもあったって。
ところが御覧の通り身分不相応にも選り好みをするし、しかも去年は愛莉を筆頭に女の子を追い掛けていたと。詰み。
「自分がダメな女って分かってんなら、なんで努力しねえんだよ。流石に甘ちゃんやろそれは」
「…………そういうダメなところも受け入れてくれる、優しくて包容力のある人が良い……優しくして欲しい……ッ!」
ついに土下寝を始める。
いちいち面白い動きするな。真面目にやれ。
フットサル部の皆は自発的に動ける子ばかりだから、この手の塞ぎ込むタイプは扱い方がどうにも分からない。
愛莉は不安定なところもあるけど、自分なりにしっかり考えて努力の出来る子だし。ここまで捻くれてねえよ。たぶん。
と、土下寝(うつ伏せ)のまま何やらブツブツ呟いている。なんだなんだ。
「……………真琴くん……ッ」
「あ? 真琴?」
「……真琴くん、紹介して……」
「なんで真琴?」
「…………カッコいいし、優しそうだし……ッ」
だから選り好みをするな。
練習試合のとき真琴を気にしたのはそういうことか。元々ああいうクールな雰囲気の子がタイプなんだろうな。言ってるお前が顔で選んでるじゃねえかよ。秒で矛盾するな。
どうしよう。事実を伝えたらいよいよ立ち直れなくなっちゃいそうで怖い。でも後回しにしたらもっと怖いし、言わないわけにはいかないか。
「アイツ、女やぞ」
「…………え?」
「女」
「…………は?」
「woman」
「……………………holy shit……ッ!」
なに乗っかってんだよ。笑わせんな。
というわけで遂にノックダウンを喰らった橘田会長……うーむ、こうも打ちのめされると流石に心配だ。再起不能になったらそれはそれで困るし夢見も悪い。この感情はお節介のうちに入るのだろうか……?
「はーくん、ほっときいや。こーゆー女はもうどうしようもないねん。30手前になってもプライド捨て切れへんと、出会い系サイトで『年収700希望上場企業マスト』とか言い出して、誰にも相手されずオールドミスになる運命やさかい」
「まるで具体例があるかのように」
「テキトーに恋愛ごっこでもさせとけばええねん。この手のタイプは自分からアタックも出来へんと、勝手にフラれた気なって負のスパイラルに陥るっちゅうお決まりのパターンや」
「ごっこ遊びでも男女のリアルな距離感を多少は経験した方が良いと?」
「せやな」
文香の言うことも一理あるが、橘田会長の性格と面倒くささは学校中の誰もが知るところ。ごっこデートでも相手をしてくれる奴がいるかどうか。
こういう面倒なタイプの女子を好む、輪を掛けて面倒な男。それも下手に女慣れしている奴ではいけない。会長の古傷を更に抉るだけ。
俺みたいな適当人間ではなく、女の子に好かれたいというある程度の煩悩を持った人間の方が真摯に歩み寄れるため尚好ましい。
そんな奴…………いるな。
「え、なに?」
「彼女、欲しいんやろ」
「それはまぁ勿論……待て待て待て」
「良かったねオミちゃん。据え膳だよ据え膳」
「哲哉さん?」
「オミ。拾ってやれ」
「…………オレェ!?」
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