698. 挨拶代わりの


 この日は始業式と学年ごとのオリエンテーション、LHRだけで終わり。クラスの自己紹介はテツがおもむろにベルギー土産を配り出して橘田会長が『他の方の時間考えてくださいッ!』とキレ出した以外面白いことが無かったので省略。



「なんでコイツら落ち込んでんの」

「シルヴィアちゃんすっごい緊張しちゃって、台本通りに喋れなかったんですよ。世良さんは普通にギャグ滑ってました」

「ざまあ」

「ワタシ、ルビー! ピチピチノジューロクサイ! スペインソダチノ、イーオーナ!」

「良い女、です。口を閉じてハッキリ分けて発音するんです……この馬鹿な台詞は誰が考えたのですか」

「ノノ以外に誰がいるってんですか」

「他に選択肢があったでしょう」


 琴音監修のもと自己紹介の復習をしているルビー。ノノが付いていればほったらかされる心配は無いが、言葉の通じる人間が居ないとまだ気後れしてしまうか。


 だが本来の彼女を知って貰えば難しいことは無い。早いとこクラスにも馴染んで欲しい。俺は甘やかさないけど。おもしろ外国人枠になってしまえ。



 午前で全工程が終了し、フットサル部は今日とて談話スペースへ集う。明後日にあるのだという部活説明会の作戦会議をすることになったのだ。



「フツーにフットサル部でーすここで練習してまーすじゃ面白くねえよな」

「サッカー部はテツオミでコントやるらしいで」

「うわ。つまんなそー」

「言ってやるなって」

「絶対あたしと市川の方が面白いじゃん」

「対抗する気かよ」


 各部によって勧誘の仕方は様々らしく、取りあえず盛り上げて関心を持って貰ったり、実際に活動内容を紹介したりとバリエーション豊か。


 瑞希の案は断固却下だが、せっかくの機会なのだからフットサル部らしい催しをやりたいところだ。

 とはいえステージ上で紅白戦をするわけにはいかないし、お喋りな連中にマイクを持たせたら放送事故待ったなし。どうしたものか。



「一週間くらい勧誘期間なんでしょ? だったらチラシ配るだけで良いじゃない。なんならもう作って来てるわよ」

「初めて部長らしいことしましたねセンパイ」

「アンタが知らないだけで色々やってんのよ!」


 鞄からA4用紙を取り出し見せてくれる。明日の入学式からチラシ配布が解禁されるので、こちらに労力を注ごうという考えのようだ。


 …………チラシ?



「……え。なんこれ」

「見りゃ分かるでしょ。文字も読めないの?」

「ウチの知っとるカタカナちゃうんやけど……」


 チラシを読む文香の周りに皆が集まり、一斉に目を細める。昨日頑張って作ったんだから、と一人自信満々な愛莉との対比が実に興味深い。


 呼び起こされるフットサル部に纏わる最も古い記憶。長瀬愛莉。絵がメチャクチャ下手。美的センスが皆無。

 ってこのチラシ、当時俺に見せたやつとほとんど一緒じゃねえか。棒人間だし、文字読めないし、フットサル部のフの字も無いし。


 本当にこれでイケると思ってんの。俺はいま、美大に落ちて独裁者への道を歩み出した国際的戦犯を思い出したよ。大袈裟じゃないよ。本心だよ。



「わたし、今日中に新しいの作って来るね」

「うん。ごめんなひーにゃん」

「私も案を出します。瑞希さんと市川さんは説明会の催しを考えてください」

「任されました」

「ウチは?」

「ルビーと一緒に校内でも案内してやるよ」

「ちょっ、なにっ!? 文句あるなら正直に言いなさいよっ!?」


 優しさだよ。優しさ。



 山嵜高校にはA本館とB本館があるのだが、行き来が手段が一階の渡り廊下しか無く、慣れないと中々に不便な仕組みをしている。

 が、金持ち私立からやって来た二人にはむしろ狭くて分かりやすい作りだったそうで、特に苦労も無く校内ツアーは続く。


 コートは業者がメンテナンスをしていたから練習も出来なさそうなので、このまま解散で良いか。比奈にチラシ作る時間あげたいし、なんなら俺も作る気だし。最後に食堂だけ見せて図書館へ行こう。



「ハァァーー……東京モンのノリはホンマよう分からんわ。まさかクスリとも笑って貰えへんとはなあ……」

「なにをやったってんだよ」

「隣におった男子にちと協力して貰うてな、挨拶代わりの乳首ドリルを……」

「妥当な結果や」


 あんな諸刃の剣をよく初手で持って来たな。怖いもの知らずか。


 根っこの明るいキャラクターがあるとはいえ、見ず知らずの土地では苦労も多かろう。こちらもフットサル部外での交友を早く見つけて欲しいものだ。


 B本館の食堂へ到着。こちらには先客がいた。テツオミの二人だ。例の部活説明会で見せる出し物の練習をしているらしい。



「練習サボってなにやっとんねん」

「良いんだよ大吾に許可貰ったから。なあ、一応完成したからちょっと見てって…………おいテツ! また知らねえ女連れてるぞコイツゥゥ!!」

「今更でしょ。ヒロロンだし」


 怒り狂うオミ(彼女ナシ)をテツ(彼女持ち)が宥める。ルビーは修学旅行で卓球勝負をしたから面識があるけど、文香は初対面だったな。不用意だった。


 オミはどうしてこうなってしまったんだろう。聞けば二年女子の中では結構人気があるという話だったのに。誰か手頃な女は居ないものか。



「はーくんに男の子の友達が出来る日が来るとはなあ。感慨深いわあ」

「余計なこと言うな……コイツは二年の文香。フットサル部の連れ。仲良くしたってくれや。チャキチャキの関西人やさかい、漫才もコントも結構詳しいで。評論でも貰っとけ」

「フットサル部もコントやればいいじゃん。せっかくナチュラル関西人二人に市川もいるんだから」

「同列で扱われるアイツの気持ち考えろよ」


 せっかくなので披露して貰うことに。サッカー部を始め運動部は狭いステージじゃアピールもクソも無いので、伝統的にコントやダンスといった学生ノリに走る傾向があるそうだ。


 カンニングペーパーをチラ見しながら二人が所定の位置へ。さあ始まろうというその瞬間であった。



「¿Hmm! タチバーナダ!」

「げっ……!?」


 何かと話題の橘田会長が学生鞄と大量の書類片手に現れる。

 俺の顔を見るなりビクンと身体を弾かせおずおずと後退。距離を取ったまま奥の席へと移動する。



「よう会長さん。飯でも食いに来たんか」

「ち、違いますッ! 図書館が満室だったので、生徒会の仕事を……!」

「んなもん生徒会室でやりゃええやろ」

「清掃業者が入って使えないんですッ! だいたい貴方たち、こんなところでなにをやってるんですか! 食堂はレクリエーションホールでは無いんですよ!」

「いやあ。誰も居らんし迷惑掛けへんて」

「私がッ! 私が迷惑被りますッ! サッカー部も! 聞こえましたよコントの練習がどうとかなんとか! 騒ぐならもっと適した場所があるでしょうが!」


 突然やって来てそれは如何な言い分かと思うが、この会長モードに入った橘田さんを止める手立ては皆無に等しい。そもそも会話成り立たんこの人。


 警戒こそしているが敵対するつもりは一切無いのに。なんでこうも余裕が無いのだろうか。せっかくの可愛らしい顔が台無しだ、勿体ない。



『ねえヒロ。先にこの場所を使っていたのは私たちなのに、どうしてタチバーナダはあんなに図々しいの?』

『そうストレート言ってやるな……難しいお年頃なんだよ。大目に見てくれ』

『学校の長ともなればストレスも溜まるのかしら』


 書類を広げ作業を始めた橘田会長を、ルビーは呆顔で眺めている。するとこのやり取りが引っ掛かったのか、またもヒステリックに大声を上げ。



「なんですかッ! 聞こえましたよタチバナダって! 文句があるなら直接言えば良いじゃないですかッ!? 性格悪いですねッ!」

「いや悪口ちゃうって。日本語喋れないんだから仕方ねえやろ。そう怒るなよ」

「……ああ、そのガイジン……フットサル部の?」

「二年の編入生や……おい、今の発言訂正しろ。ガイジンちゃう外国人や。生徒会長たるもの言葉には気を付けろよ」

「うるさいですねッ! 外からやって来た人なんだからガイジンはガイジンでしょうが! いちいち突っ掛からないでください!」

「アアッ!? なんやテメェごらァッ! お前が吹っ掛けたんやろがッ!」


 粗暴な態度に思わず苛付いてしまう。明らかに日本語の通じないルビーを『面倒だ』と考えているのが態度で分かったし、なによりガイジンという呼び方が俺はどうにも好きじゃない。


 互いにヒートアップし睨み合う。橘田の座る席へ近付く俺を文香とテツオミが慌てて制しに掛かった。



「はーくんストップ! 喧嘩はアカンて!?」

「落ち着けって廣瀬!? クールにクールに!」

「ダーさんも! 今のはちょっと良くないんじゃないかなーって!」


 必死に宥めてくれるがまるで収まりそうにない。ルビーの人柄も知らない癖に、外国人だからと一方的にレッテル貼りやがって。


 するとルビー。自分の話をしていると分かったのか、若しくは馬鹿にされたことにもなんとなく気付いたのか。

 或いは覚えたての日本語を試したくなったのか。ニコニコ笑いながら、とんでもない爆弾を叩き込む。



「タチバーナダ! アイリ、スキ!」

「…………は、はいっ?」

「タチバーナダ、アイリ、ミテル! アイリ、コワイ! acosador!」

「は、え、はっ……!?」


 突然愛莉の名前を出され、分かりやすくしどろもどろになる橘田会長。ギョッと目を見開き顔は真っ赤に膨れ上がる。



「……あ、アクサ……なに?」

「嫌がらせっちゅう意味や。お前にピッタリやな」

「いっ、嫌がらせ!?」

「今の文脈的には……ストーカー?」


 口をポッカリ開けわなわな震え出す。

 おっと。越えちゃいけないライン越えたっぽいぞ。


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