697. 不純極まりない
新学期最初のビッグイベント。
言うまでもない。クラス替えである。
校舎の下駄箱前にデカい掲示板が用意されていた。編入生かつ一個年下の文香は女性教諭に連れて行かれここで一旦お別れ。
なんとなく一人で先に結果を知るのが嫌だったので、談話スペースに引き籠り皆の到着を待つ。それほど時間も掛からず新三年生全員が集まった。
「ゆーてクラス一緒でもそんなにな」
「なんでまた」
「三年からゴリゴリ単位制だし、同じ授業受けるの少ないんだってさ。まーあたしには関係無いけど」
「俺と同じ授業取るからって?」
「そーゆーこったーい!」
「だから乗るなッ!」
最上級生だろうと瑞希は瑞希である。背中に彼女を乗っけてみんなで掲示板のもとへ。それほど人数も居らずすぐに確認出来た。
「なーんだ、またA組かぁ」
「やった! わたしと琴音ちゃんも!」
「あ、私も。ハルトも一緒じゃない」
なんたる奇跡。五人揃ってA組だ。
更にオミにテツ、谷口、奥野さんも一緒。
おいおい、顔見知り全員揃ってるじゃねえか。誰だよ決めた奴。一纏めにした方が楽だとか考えてねえだろうな。嬉しいけど。ステップ踏んじゃいそうだけど。
「……会長もA組か」
「その……偏りのあるクラスになりましたね」
「よく言葉を選んだな。偉いぞ琴音」
「褒められる筋合いはありません」
フットサル部周辺が騒がしくなるのは目に見えているから、橘田会長に抑止力になって貰おうという魂胆か。だったら分散させろよと。まぁええわ。
到着した三年A組は初日からやたら騒がしい。同様に仲の良いグループが既に固まっているようで、これからフットサル部だけ浮く心配も無さそう。
「……神は俺を見捨ててはいなかったのだッ!!」
「ヒロローン、この人朝から超煩いんだけどー」
「良かったな、比奈と同じクラスで」
「アアーッ!? ちょっ、廣瀬が一緒じゃ意味ねえじゃねえかよォッ!?」
「はいはい。おおきにな」
去年は男子と交流するまで凄まじい時間が掛かってしまったから、サッカー部トリオの存在は非常に有難い。唯一にして最大の懸念はオミの暴走。
「改めてよろしく、廣瀬くん。なんか知り合いばっか集まっちゃったね」
「嬉しかろう奥野さんと一緒で」
「ちょっ、やめてくれよっ。まだ三人以外には秘密なんだから。それよりさ、担任は誰なんだろうね」
「ここまで来たらアイツしかおらへんやろ」
隣の席は谷口。嬉しくない。
始業のチャイムと共に予想通りの人物が現れた。
「おいおい。なんで新しいクラスなのにこんなうるせえんだよ。ちっとは私の苦労も考えてくれや」
(どの口が言うとんねん)
貴方の好き嫌いで集めたことはもうとっくにみんな分かってますよ峯岸さん。まぁ普通に有難いけど。ハンチョウじゃなくて良かった。心底。
そのまま峯岸に引き連れられアリーナへ移動。道中二年のクラスとすれ違った。ノノとルビーが仲良く手を繋いでお喋りしている。その横には文香の姿も。
こちらに気が付くと手を振ってアピールして来た。みんな同じクラスかよ、つまらねえ。
一人だけハブられて泣いてるとこ見るのが楽しみだったのに。特に文香がそうなったら嬉しかった。性格悪過ぎ。
「どうせ有希と真琴も同じなんやろな」
「さあ。一年だし分からないわよ」
「そういう運命なんだよ……あ、会長や」
退屈な始業式が始まり、隣の愛莉は眠たそうに欠伸を数度挟んで目を擦る。肩に頭を乗せそうになったところを何度か弾き上げて回避。眠いのか隙を突いて甘えようとしているのか分からん。
壇上では生徒会長の有難いスピーチが繰り広げられている。教室に彼女も奥野さんも居なかったのはこの準備のためだろう。生徒会は大変だ。
「どういうつもりなんだろうな」
「橘田さん?」
「いよいよお前とお近づきになるためにスクールへ足を運んだ線が濃厚や」
「……あの、正直に言っていい?」
「どうぞ」
「…………ちょっと怖い」
「でしょうね」
先日の出来事は愛莉含めフットサル部全員に話が行っているので、橘田会長の奇行は当然彼女も把握している。
たった一度だけ優しくしただけで一年近く粘着されているとか、恐ろしくて仕方ないだろう。やってることストーカーとなんら大差無いからな。
「言うてお前、男に言い寄られるとか日常茶飯事やったんじゃねえの?」
「無いわよそんなの。常盤森は共学だったけど、授業も部活も男女完全に分かれてたし」
「小学校は?」
「……………………」
「悪かったって」
ぼっち勢のトラウマを抉ってしまった。猛省。
今以上に意地っ張りでツンツンした子だっただろうし、女子には距離を置かれるし男子にとっても高嶺の花と。つくづく俺に負けず劣らず生きるのが下手くそ。
誰かから一方的に言い寄られるのは慣れていないわけだ。大学や社会でクソ野郎に騙される前に確保しといて良かった。天然記念物かよ。愛おしいわ。
「生徒会は忙しいやろうし、フットサル部も並行してとは考えにくいが……まぁ横槍は入るかもな」
「横やり?」
「こないだの定例会議思い出せや。好意が反転して恨み持ち始めとる奴の言動やろどう考えたって」
「ひっ……!?」
ブルブルと身体を震わせる愛莉。心中お察し。
会長には申し訳ないが、俺の愛莉だ。女だろうと渡すつもりは無い。フットサル部のことを考えて愛莉だけ犠牲にするような真似も絶対にしない。
とは言え、良好な関係を築くためになにかしら布石は打たなければならないわけだ。ちょうど良い落し処があれば良いが。
妥当な策はある。ただただシンプルに、愛莉と友達になって貰うことだ。友情を超えた関係は愛莉にサラッと否定していただき、普通の女友達として仲良くなる。これは他の面々も同様。
ただ何が問題って、そもそも橘田会長、友達なんて一層不要とか考えていそうで怖いんだよな。
唯一会話が成り立ち長いこと関わりのある奥野さんも、それほど仲が良いわけではないと言っていたし。難儀である。
(嵐が過ぎ去るのを待つしかないか……)
橘田会長はこう話していた。部員数が確定する四月末まで俺たちのことを監視すると。つまり、それまで余計なことをせず平々凡々と日々を過ごせば、一旦問題は無くなるということだ。
だが放置するのも怖いっちゃ怖い。大会直前になって『不純異性交遊の証拠を見つけました! 活動停止、いや廃部処分ですッ!』とか言い出されたら堪らん。反論の余地が無い。不純極まりない関係なのは俺が一番理解している。
「なに? カイチョーの話?」
「どうすればええかなって」
「だから言ってんじゃん。ハルのちんちんでふくじゅーさせれば良いんだよ」
「小声でも許される発言じゃねえぞ貴様」
後ろの瑞希がニヤニヤ笑いながら背中に寄り掛かって来る。そんな単純なわけあるか。未だに二回目ビビってるお前はもっと言うな。
「でもさー。実際ウチらまだ十人しかいないんだし、初心者でも良いからもうちょっと集めときたいよね。会長でもフリーキックの壁役ぐらい出来るっしょ」
「役どころに一考の余地はあるが、まぁ確かにな」
混合の部は12人まで登録が可能。ただでさえ女子が大半を占めるチームだから、交代要員が多いに越したことは無い。大会中の負担を考えれば、欲を言えばマネージャーなんかも欲しいところ。
一先ず新入生は有希と真琴がいるとして、他の一年生はどうなのだろう。男子の有望な奴はサッカー部が持って行くだろうし、やはり女子の加入が現実的か。
先日のアカデミーでも痛感させられたように、何だかんだでフィジカルの差。延いて男女の性差はあまりにも大きい。
実力に目を瞑っても、体格のある男子選手を補充した方が大会を勝ち抜く上では有用な一手となりそうだが……ふむ。
「てゆーか、そーじゃん。勧誘しないと勧誘。明後日あれでしょ、部活説明会」
「なんそれ」
「そのまんま。アリーナに新入生集めて、部活ごとにスピーチとか色々やんだよ。軽音部はライブやるし、チア部は踊るし。ウチらなにやんの?」
「…………だって。愛莉」
「え。私に聞かれても」
困惑顔の愛莉。
そうだ。なにも決まっていない。
いや急にそんな。明後日って。
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