新学期早々クセの強い新キャラに振り回される章

696. 世界のうちにお前ほど


「にゃっふふ~ん♪ はーくんと一緒に登校~♪ アオハルアオハル~♪」

「やっすい青春もあったモンやな」

「どーお!? 制服っ! 似合っとる?」

「馬子にも衣裳」

「なんやとォ゛ォォ゛ォーーー゛ーッ゛ッ!?」


 春休みが終わりついに新学期初日。翌日が入学式である有希に見送って貰い、文香と二人並んでスクールバスの停留所を目指す。


 交差点までの並木道は桜が咲いていて、彼女たちの新生活を華々しく祝福しているようだ。まぁ照れ隠しの部分はある。普通に可愛くて直視は難しい。



「結局どこでバイトすんの?」

「にゃん? アレや、ア〇タのなかの弁当屋さん」

「文香が仕事とはいえ料理ねえ……」

「まーたそうやってバカにしよって! 一週間ウチの手料理散々食わせたやろッ! あれでもまだ不味い言いよるんか!」

「不味いっつうかクドイんやって」

「なんや! 濃い味浮気したんやろ!?」

「なんでもなんでもマヨネーズ掛けてソース垂らせば解決すると思うなよ」

 

 ほぼ毎日のように晩飯を作って持って来るし、同様に有希も作っては感想を聞きに来るのだから困った困った。偶に愛莉まで遊びに来ると三人前だ。


 せっかくコロラドから効率的なメニューを教えて貰ったばかりだというのに、夏までに太らないか心配で仕方が無い。なんにでもソースを掛ける文香に栄養バランスなんて概念が存在するかも疑わしい。



「しっかしまぁ、山の上の学校とさかい毎朝大変やなぁ。みんなこのスクールバス乗って行くんやろ? 混むの嫌いやねんなぁウチ」

「乗らねえぞ」

「にゃん?」

「チャリキ持ってきとるの不思議に思わんかったか?」

「……確かに?」

「走るに決まってんだろ。じゃあな」

「ちょっ、え、エェ!? 待って待って待って!?」


 流石に毎日あの坂を走って上るのは骨が折れるので、以前早坂家から譲り受けすっかり使う機会が無くなっていた自転車で登校するわけだ。


 こういう些細なところで身体を痛め付けておくのが後々効いて来る筈。夏まであまり時間は無い。出来るだけの努力はしておかないと。



「ストップ、ストップぅっ!!」

「なんや。お前はバス乗ればええやん」

「おかしいやろッ! 一緒にバス乗って隣座って、他愛もないお喋りして!! それこそ青春言うもんやろがっ! チャリキで坂上って鍛える通学路のどこがアオハルやねん!?」

「んな甘ったるい時間はとっくに終わったんだよ」

「この脳筋トンチキがァ……!!」


 慌てて追い掛けて来る文香。青筋立てて肉食動物みたいに威嚇する。猫は猫でもネコ科ってか。ニャンニャンうるさいねんお前。タヌキ卒業狙うな。


 ……いくらなんでも雑に扱い過ぎだろうか。昔からこんな調子で軽くあしらって来たから、自然に接しようするとどうしても。

 まぁいいや。気にしない。これも優しさだ。そういうことにしておくんだ。



「おら。乗れ」

「…………いやだから、坂道やん」

「お前が気を付ければええねん。さっさとしろ。乗らんなら置いてくで」

「ちゃうやん、なぁはーくん。そーゆーのはフツー下り坂でやるもんや……! なにかがおかしいねん……気付いてやぁ……っ!!」


 ババアよろしくな皺くちゃ顔でほろろと涙を流す。謝る気にはならない。そのリアクションはどう考えてもツッコミ待ちだ。俺には分かる。



「……で?」

「乗るッ!!」

「はいはい」


 後ろに文香を乗せ再出発。傾斜の厳しいところは降ろせば良いし、疲れたら放置して先に行くだけだ。問題は無い。貴様に青春は訪れぬ。


 電動アシストの付いた自転車なので平坦な道はスイスイ。多少の坂や凸道もサクサク進んでいく。

 四月に入ってまた少し肌寒くなった、立ち漕ぎで全身隈なく動かしている方が却って都合も良い。



(人生分からんモンや……まさか文香とニケツで学校通う日が来るとはな)


 春風と薄っぺらい背中に身を寄せあっさり機嫌を取り戻した文香。鼻歌まで歌って俺の足腰への負担は一切考慮していない様子だ。ウザ過ぎ。



「もっしもっしふ~みか~せらふみか~♪ 世界のうちにお前ほど~♪ キュートで可愛いせ~らふみか~♪ どーしってそんなにせらふ~みか~~♪」

「うるっせえな」


 謎の替え歌も加わり更に上機嫌。懐かしい。この変な替え歌、小さい頃にも歌ってたな。テーマソングなのか。でも音痴っていう。



「いま、笑っとるやろ?」

「……ああ? 笑ってねえよ」

「はいうそー絶対ニコニコしてますぅー」

「左へ大袈裟に曲がりまーす」

「にャアアア゛アァァ嗚゛呼ァァ無理無理落ちる落ちる無理ムリムリ゛ィィィ゛ィーー゛ッッ!゛!」


 交差点の信号に差し掛かったところで、後発のスクールバスが俺たちを追い越していく。

 この時間帯は人も少なく、みんなも乗っていないだろう。見られたら面倒だ。瑞希は絶対に乗せろって言って来るし。嫌でもないけど。



(んっ)


 窓際から誰かがこちらを覗いている。すぐにバスが出発してハッキリとは確認出来なかったが、なんとなく見覚えのある影だった。

 あの明るい髪色と三つ編みは……もしかしなくても橘田会長だろうか。始業式もあるし早々に忙しいんだろうな。



「大変やなぁ会長は……」

「そーお? 言うてしおりんいっつもヒマそうにしとったで。ウチもよう生徒会室で遊んどったしな」

「アイツ生徒会長なのか!?」

「ちょっ、声おっきいてはーくん」


 あんなのがトップに立っているからいつまで経ってもアオカンという不名誉な通称のままなのだ。誰か引き摺り下ろせ。即刻。



 いやまぁ、それは本当にどうしてもいい話として。橘田会長について触れないわけにはいかない。

 アカデミーでの練習後、例の女性コーチからもう少し話を聞き出し事の詳細を知ることが出来た。


 レディースのアカデミーは所謂選手登録ではなくスクール生の扱いなので、先日の彼女たちのように特別なコネや招待が無い限り月謝を払って参加している。が、偶に参加費無料の体験スクールというものをやっているそうで。


 で、俺たちが訪れる一週間。青学館との練習試合が終わってすぐに体験スクールに参加したのが、なにを隠そうあの橘田会長なのだという。申し込んだは良いが練習着やシューズなど何一つ持たずやって来たらしい。



 選手の成り上がりストーリーなんかでよく聞く『お金は無いけど取りあえず飛び入りで参加して超活躍してやったぜ』的な感じでもなく、女性コーチ曰く本当に真っ当な初心者だったそうだ。


 誰かに誘われた様子もなく一人で来て、淡々と練習に参加して、初心者ぶりを見せつけて、誰とも言葉を交わさずさっさと帰っていたらしい。そんな奴は早々いないから女性コーチも気になって仕方なかったのだとか。



「ちいと話聞いたで。あーりんにガチラブの超嫉妬しいな子やってな」

「あーりんて」

「アレやないの? 自分もフットサルが上手くなれば気を惹けるかもとか、そんなところちゃう?」

「流石に単純過ぎやろいくらなんでも」


 その後も生徒会メンバーであり比奈の友人でもある奥野さんを中心に情報を集めたのだが、聞けば橘田会長は体育の成績も下の中。

 噂では中学でも帰宅部(がり勉)だったとの話で、フットサルどころかスポーツに縁が無いという予想は大方正しかった。


 あれだけ規則に厳しく生活に合理性を求めそうな人物が、気紛れでフットサルの体験スクールに足を運ぶような真似をするだろうか。んなわけ無い。



「……うむ。文香の言う通りや。考えれば考えるほどそうとしか思えん」

「メンドーな子に好かれとるな」

「お前には言われたかないやろ会長も」

「アア゛ンッ!? なんや文句あるんかいオラァ゛!」

「ごめんごめんごめんごめんごめん」


 これ以上文香の機嫌を不用意に損ねるのはやめておこう。そろそろ坂も急になって来た、時間はあるしゆっくり歩くか。


 コイツや有希のことですっかり橘田会長の処遇を忘れていた。部員数の問題はクリアしているが、四月一杯で彼女をどうにか説得しなければいけないんだよな。と言ってもなにをどうすれば良いのかサッパリ分からんが。



(愛莉を餌に引き込む……のは無理か)


 瑞希が以前そのようなことを言っていたが、そんな不純な動機で加入されるなど以ての外だ。事実上の人数合わせみたいな誘い方、会長も納得しないだろうし。


 いま考えても仕方ないか。ただでさえやることはいっぱいある、外部の人間に構っているほど暇じゃないし、余裕は無いのだ。



「しっかし長い坂道やなぁ……」

「ちょっと前は原付で通ってたんだけどな。もう売っちまったよ」

「ほーん、原付なぁ……それならニケツで上れんこともないな」

「そもそも法律違反やっちゅうに」

「ええな、ええな! 欲しなって来たわ! 向こうやと道狭過ぎてチャリキも邪魔やったし、金貯めて買うてみよかな~」

「免許あんの?」

「ちゃーんと二輪持っとるで。ほんならはーくんも買い直して毎朝競争やっ!」

「んなガソリンくせえ青春は御免や」


 バイクの真似事でもしているのか、自転車のハンドルを奪いブンブーンと口から火を噴いて、ターっと坂道を駆け上がって行く。元気だな朝から。こっちも元気出たわ。強制的に。



 不思議な感覚だ。初めて見る光景なのにどこか懐かしくて、なにもかも新鮮で。一歩進むたびに未来が象られていくよう。


 早朝から汗臭くて仕方ない。坂道を彩る桜並木との相性はすこぶる最悪だが。


 でも、まぁ、良いか。

 全部含めて、ギリギリ悪くない世界かも。


 喜劇のなかで泣いたり笑ってりしているだけ。

 今までもそうだし、これからも変わらない。

 


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