695. 事情もクソも


「琴音センパイッ、こっちこっち!」

「行きますよ、市川さんっ!」


 ちょうど最後のミニゲームの最中だ。ここでもゴレイロを務めている琴音が最前線のノノへ一気にロングスロー。


 カウンターのビッグチャンスだったが、すかさず帰陣した相手に身体を寄せられキープに苦しむ。後方から飛び込んで来た比奈へバックパス。



「シルヴィアちゃん!」

Vamos任せて!」


 右サイドのルビーへ展開。すると比奈。ルビーへ預けたと同時にクロスステップを踏みながら縦へ走り出し、パスを要求。


 マークに付いていた相手の肩を押し出して、反対サイドへ斜めに動き出す。ここにルビーからパスが通り、フリーになった。左脚を振り抜く。



「おっしゃ! ナイス比奈センパイっ!」

『ヒナ、ナイスゴール!』


 シンプルな動きで簡単に一点取ってしまった。輪の中心で喜ぶ比奈は俺の姿を見つけると、皆に気付かれないようこっそりピースサインを送る。



「テンケー的なジャゴナウの動キだネ。パラレラの逆。ボールから離れテ受け直スんダ。アレ、ヒロが仕込んだノ?」

「いや……物覚えの良い子ではありますけど、あんな狡猾な駆け引きはまだ出来なかったかと」

「ダローネ。基礎的なプレーだけド、ミヨー見マネじゃ出来ないカラ。短イ時間で習得シたみたいダナ」


 その後も続くゲーム。よくよく観察してみると、皆のプレーがいつもとちょっと違う。ノノは前線で身体を張るような選手じゃないけど、さながら愛莉のようにポストプレーをこなしている。


 ドリブル大好きのルビーも落ち着いてパスコースを探せているし、琴音もロングスローで積極的にカウンターを狙っている。



「言っちャ悪いガ、レディースチームはあくまでスクールだからナ。レベルはあんま高クないのヨ……あの子たチ、めちゃセンスあるネ。吸収も早イ。ヒロの教えノ賜物ってカ?」

「アイツらが努力したからですよ。俺は基礎の基礎を教えただけです」

「ダッタラ尚更凄イことヨ。専門的なエッセンスを加えたラ、マジでスゴイ選手ニなるゼ」


 コロラドの言葉を証明するかの如く、実質フットサル部とアカデミーの子たちの試合になっているこのミニゲーム、ほとんどの時間ウチがボールを保持し攻撃し続けている。


 実力、経験共に飛び抜けている愛莉と瑞希がいなくてもここまでやれるとは。青学館との試合とは一人ひとりの冷静さ、動き出しの質は比べ物にならない。



「ナルホドな。ヨー分かっタ」

「……なにが?」

「ドーしてヒロがすぐにプロを目指スんじゃなくテ、ハイスクールでのプレーにコダワってるのカ。こんなに伸びしロがあっテ、楽シそうにプレーすル子タチに囲まれテ、面白イに決マってるワ」


 ニコニコ笑い何度も深く頷くコロラド。


 そうだな。一人ひとりとの関係も勿論大きな要素だけど、俺がフットサル部でのプレーを続けている最たる理由はこれだ。みんながドンドン上達していく姿を見るのが心底楽しくて。



「嬉しソーだネ」

「まぁ、それは。はい」

「期待すればバするほド、それ以上のモノが返っテ来るんダ。最高の信頼関係ヨ……ソーダネ。ヒロの言う通りカモ。将来のことデ悩むノも、ヒロやカノジョたちにトっては意味の無いコトなのかもシれなイ」


 ……意味の無いこと?


「キミたちにハ、無限の可能性があル。マダマダ底が見えなイ。モットモット時間を掛けレバ、そのブン選択肢も広がルのサ。リスクは付いテ回ルけどネ。でもキミたちにハそれガ一番ダ」

「……そう、ですね」

「いま出来るコト、考えているコトだけで未来ヲ決めテしまうのハ、勿体ナいのかもシれないナ」


 俺たちの世界が夏の大会を区切りに終わってしまうわけではない。フットサル部の関係は、それからもずっと続いていく。


 けれど、先の話ばかり考えて行動出来るほど俺たちは器用じゃない。色んな人に言われたこと。

 まず何よりも今を楽しんで、全力で毎日を生き抜く。なるようになるだけ。勝手に道が出来て、転がり続けるだけだ。



「例ノ大会、楽しみニしてるゼ。優勝目指すトか甘いコト言うなヨ。チャンピオンの座ハ通過点に過ぎねエ。ヒロにも、チームにとってモ。ダロ?」

「勿論。言われなくても」

「ジャ、契約の話はソレが終わっテからニしよウ」

「結局引き入れる気満々じゃないですか」

「ダッテ欲しイんだもン。ヒロみたいナ一人で仕掛ケられル選手、全然イネーんだヨ。マジで頼むっテ」


 都合の良い台詞を並べておいて、チェコもコロラドも考えることは一緒だ。いつかチームに有益となるよう、今のうちに実力を付けておいて欲しいという根っこの部分は共通している。

 

 それこそ先の話過ぎてピンと来ない。ブランコスに加入出来る可能性は限りなく低いし、ブラオヴィーゼにしたって、フットサルのプロの話だろ。



「ブラオヴィーゼって、プロ契約の選手は……」

「今は二人だけだネ。みんな他に仕事を持ってル。愛知ミュートスは分かるカ?」

「プロフットサルの絶対王者……ですよね」

「ミュートスは選手全員プロ契約だけド、そこまデ条件が良いわけじゃなイ。サラリーマンの平均年収にモ遠く及バないナ。フット・サラだけで稼ぐのはチョー難しいヨ。ハポンではチメードも低いシ」


 財部も以前同じようなことを言っていた。フットサルを取り巻く環境そのものの問題とも言えるが、一本で食べていくこと自体が困難。



「自分のアタマで考えテ、納得するのガ大事だゼ。好きナだけ悩メ。デモ、ヒントだけあげるヨ」

「ヒント?」

「トりあえズ、ブラオヴィーゼがサイコーのチームだってコトは覚エておケ。少なくとモ、ヒロにとってはナ」

「はぁ……では、忘れないようにしておきます」


 思わせぶりに笑うコロラドの真意すべては読み取れなかったが、あの名伯楽の思想にドップリ浸かっている彼のことだ。

 想像も付かないトンデモな未来を描いているのだろう。まだ聞くつもりは無い。楽しみは後に取っておくに限る。


 暫くするとレディースチームのトレーニングも終了。コロラドは仕事があるからと一旦その場を離れていった。女性コーチによるミーティングが終わり皆と合流。特に興奮気味なのが比奈だ。



「陽翔くん、陽翔くんっ! どうだった? さっきのゲーム見てたでしょっ?」

「見た見た。大活躍やったな」

「もう、目から鱗って感じ! 陽翔くんがいっつも教えてくれることと繋がってて、ちゃんとこういう意味だったんだなぁって分かって、全部スルって入って来て……これは革命だよっ!」


 穏やかな彼女にして珍しく随分と落ち着かない。飛び入りも飛び入りの比奈だったが、想定以上の収穫を得たようだ。

 普段の俺の指導が無に帰ったみたいで若干悔しいけど。専門には敵わないか。勉強し直さないと。


 

「こんばんはっ。ちょっといい?」

「あ、はい。なんですか?」


 すると、四人の後に着いて来ていた、レディースの練習を見ていた女性コーチに話し掛けられる。出席簿のようなものを抱えちょっと困ったような顔をしていた。



「みんなから聞いたの。高校、山嵜なんでしょ?」

「ええ。そうですが」

「じゃああの子も一緒でしょ? 橘田さん」

「…………はい?」


 すっかり忘却してしまっていた名前が突然出て来て、ルビーを除いてみんな揃って驚き目を見開く。橘田? え? なんて?



「自分で生徒会長なんだーって言ってたから、山嵜の子なら知ってるかなって」

「……橘田薫子、ですよね? あの三つ編みの」

「そうそう。こないだ体験スクールに来てくれたんだけど、結局それっきりなんだよね。別に連れ戻したいってわけじゃないけど、気になっちゃって」

「……あの橘田会長がフットサルを?」

「あれ? チームメイトじゃないの?」


 んなわきゃ無い。記憶にございませぬ。


 フットサルどころかスポーツにさえまったく関心の無さそうな橘田会長が、レディースチームの体験スクールに来たことがある、だと? それも最近?



「……こないだって?」

「ちょうど一週間くらい前だったかなあ」

「青学館との練習試合の頃じゃねえか……」

「一回だけじゃ楽しさも伝わり切らなかっただろうし、ちょっとだけ勿体ないなって。なんで体験に来たのかも教えてくれなかったから……ねえねえ、なにか事情とか知らない?」


 みんなして顔を見合わせ眉を顰める。


 いや、事情もクソもアイツのことなんて大して知らないし。頭カチコチの典型的な堅物生徒会長。レズっ気があり愛莉にお熱。男が病的に苦手。


 点と点が、線で、繋がらない。


 逆にこっちが聞きたいくらいだ。

 一体なんの目的があってここへ……?


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