694. 勝負したくなった
コートの中でも外でも切り替え、トランジションが大切というのがコロラドの指導信念らしく、休憩はしっかり取るが練習中はとにかく暇が無い。脚と頭をフル回転させなければならず、時間の経過があまりにも早い。
最後のミニゲームを終えコートに寝転がっていると、弘毅が飲み物を持って来てくれた。礼を告げ頭から被ると、なんだか違和感。髪の毛がパサつく。
「バカ、それスポドリだって!」
「うわっ!? ちょっ、先言えやボケッ!」
慌てて手を離すと、やり取りを眺めていたメンバーから笑いが零れた。出来立てホヤホヤのチームにしては良い雰囲気だ。
「ハーーつっかれた……ダメだね。やっぱ敵わんわ。全然動き落ちねえもん、着いてけねえよ。絶対セレゾン戻ったほうが良いって」
「色々あるんだよこっちも……お前こそ、それで他のアカデミー落ちたって本当かよ。舐めプ噛ましてたんじゃねえの?」
「ここだけの話、セレクションの日に限って腹壊してばっかなんだよなァ」
「嘘吐けや」
手を引っ張られ起き上がる。たった一回の練習で随分と打ち解けてしまった。他のメンバーも同様。普通にコミュニケーション取れてる。嬉しい。
クールダウンをしているとコロラドが近付いて来る。実に絵になる美しいスマイルだが騙されるつもりは無い。今まで受けて来たなかで一二を争うハードメニューだったぞ。殺す気か。
「オ疲れヒロ。流石だネ、すぐニでもトップへ引き上げたイくらいだヨ」
「勘弁してくださいって」
「プレースピードに慣れれバすぐにでモ通用するサ……試合に出らレるかはまタ別の話だけド」
「やっぱり、フィジカルですか」
「そうネ。走れてるだけ全然イイけド。プレービジョンに身体が追い付いてなイんダ。こればっかりハ試合勘の問題だかラ、継続的にやってくしか無いよネ」
コロラドも俺の欠点を見抜いていた。こればかりは女性に囲まれているが故の弊害だ、男子相手のコンタクトプレーに面食らってしまった節はある。
「一応、サッカー部の練習に混ざったりはしてるんですけど。それじゃ足りない気もして」
「そーだネ。慣れておくのは大切ダ。ヒマなときはウチにおいデ」
「では、お言葉に甘えて」
みんなの様子を見つつ、自身のスキルアップも目指せる。良い環境を手に入れることが出来た。改めてチェコに礼を言わなければ。
ブラオヴィーゼとブランコスで取り合いになるような事態は御免だが……流石にそうはならないか。今の実力じゃな。
「で、コーキはどうするノ? いつまでも練習生ってわけにイかないゼ。カップ戦の登録、明後日ナんだけド。トップの人数も足りねえシ、ソーリョクセンじゃねえとやってけねえヨ。ハヨ決めテ」
「なんでヒロだけそんな甘いんすかァ! オレだって同じような立場っしょ!?」
「ダッテ、プロ目指したいんでショ。コーキはやること決まってんジャン」
「あー、いやーそれなんですけどぉー。今日にでもお願いしようかなーって、ちょうど思ってたとこなんだけどなァ……」
煮え切らない態度の弘毅。俺とコロラドを交互に見比べ深刻げに首を捻る。
なにを悩んでいるのだ。このチームでプレーすればそう遠くない未来にトップチームへ昇格して、フットサルのプロになる目標は叶えられるのに。
「……大会、出るんだよな?」
「そりゃ勿論」
「てことはアカデミーには入らないわけじゃん?」
「せやな」
部活とクラブの両方に籍を置くことは出来ない。二重登録になってしまう。高校のフットサル部とブラオヴィーゼのアカデミー、どちらかを選ぶ必要がある。
「カップ戦って?」
「プレシーズン中にトーナメントがあるんダ。プロクラブだけのネ。五月のアタマかラ。夏にシーズンが始まッから、ソこで戦力の見定メをするのヨ」
「弘毅を試すと」
「ソーヨ。コーキはアカデミーじゃちょっと抜けてルからネ、出来ルならスカッドに入れたいのサ」
なるほど。混合大会の予選は七月に始まるから、いまブラオヴィーゼに加わると部活チームのみが参加するそちらには出場出来ない。年度中の所属変更は色々と面倒な仕組みがあって難しいからな。
って、それで悩んでいるということは。
「ごめんアレク。その話、やっぱナシで」
「ヒロと勝負したくなったって? 単純だナっ!」
「だってよぉ! こんなヤベエ奴と戦えるチャンス、そう無いだろ? 全国行けるかは分からんけど、同じ関東ブロックなら試合出来るかもしれねえし」
「ホントに良いノ? ボクだって雇わレの立場なんダかラ、いつまでもヒーキ出来ねえゼ」
「いやぁ、ずっと悩んではいたんすよ。胡桃もそうだけど、上手い奴らから逃げてるだけなんじゃねえかなって、思ってたり思ってなかったり」
一卵性の双子、栗宮胡桃の所属する町田南は東京の高校だから、勝ち進めば予選でも対戦が叶う。
そうか、真琴と同じパターンだ。優秀な姉と比較されて、弘毅も悩んで来たんだろうな。そして今こそやり返すチャンスと。
「アレクもこないだ言ってただろ。主体性の無い選手はどこ行っても通用しないし良いように使われるだけだって。オレもそういうの卒業したいんだよ」
「……チームを引ッ張っテ、勝たせる選手ニなりたイってワケネ?」
「それっ! 町田南と、ヒロのチームに勝ったら絶対に自信付くと思うんだよ! プロに挑戦する資格が手に入るっつーか、そんなカンジ!」
「ナルホド。ソーユーことならボクは止めないヨ。プロに必要なのハ技術や体力よりもまズ、自分ガ一番ってユー自信を持ツことだからネ」
というわけで、栗宮ブラザーズの片割れも混合大会への参戦が決定しそうだ。面白いライバルが増える分には構わないが、ちょっと余計なことをしてしまったような気も……まぁ今更仕方ないか。
「決めたわ。俺がチーム引っ張って、町田南にも、ヒロのチームにも勝つ。全国は知らん。負けたらそれまで。で、終わったら……」
「……終わったら?」
「一緒にアレクに頭下げようぜ。アカデミーじゃなくてトップに入れてくれって。まずはライバル、次はチームメイトってな!」
「俺を巻き込むなよ」
「なんだよっ! ヒロだって大会終わったらそっち目指すんだろ? 今更サッカーに戻るとか言うなよなッ! ぬっ殺すぞ!」
「言い過ぎやろ……まぁでも、そうだな」
すっかり悩みの種も消え、意気揚々とメンバーの元へと戻っていく弘毅。彼の後ろ姿を見つめ、コロラドはこう話を切り出した。
「自分はどうしよウって、そんな顔だネ」
「……別にそうでもないですよ。目の前のことしか考えてないだけなんで」
「でもサ。夏の大会っテ言ってモ、あと数か月しか無いだロ。将来のことは早めに考えておくべきだヨ」
弘毅の提案は興味深いものだ。コロラドのお墨付きも貰ったし、全国大会が終わったらブラオヴィーゼのアカデミーでもトップでも合流して、フットサルのプロを目指す。理想的な未来にも思えるが。
引っ掛かることは一つだけ。俺の将来はもはや、俺だけのものではない。皆と一蓮托生。自分勝手に振り回すわけにはいかないのだ。
「おっト、レディースのトレーニングも終わリそうだネ。気になるカ?」
「そりゃまあ。足引っ張ってないか不安で」
「ジャ、お茶入レに行キますかネ」
「茶々入れ、でしょ」
「ソートモユー」
比奈、琴音、ノノ、ルビーの参加しているレディースチームのアカデミーの練習は一面先のコートで行われている。到着しネット越しに様子を窺うと。
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