693. 上手くなりたい


 コロラドの指導による本格的なトレーニングが始まった。サイドにマーカーコーンを置きボーダーラインを作る。どのようなメニューなのだろう。



「フィールドプレーヤーはたったの四人。一人で局面を打開するには限界があル。コートも小さいしネ。いかニ連動してプレスを回避するかが重要ダ」


 ビブスで二組に分けられる。赤がボールホルダーで四人、青がディフェンス側、三人だ。俺は青組に入った。


 ラインを軸に赤は2:2、青は1:2で更に二組へ別れる。一方はラインよりゴール側に構え、ゴレイロと協力し2タッチ以内でボールを回す。

 ディフェンスを掻い潜り、ライン先の二人にパスを通しプレスを回避する。


 赤のもう二人はパスを受けたらゴールを目指す。その際、ゴール寄りに居た一人だけがラインを跨ぐことが出来る。

 青も三人全員がラインを超えることは出来ない。互いに余った者はラインの先でパスコースを作ったり、逆に制限する動きを求められる。


 要するに、常に攻撃側の人数が多い状態でパスを回す状況なわけだ。攻撃側はいかにスムーズにプレスを回避するか、守備側は少ない人数で知恵を凝らしブロックを作るかが鍵となる。



「常にポジショニングを意識しテ! 動き続けるんダ! 同じテンポじゃなくてフェイクを入れながラ! 受け直シ! 切り替え切り替エ!」


 まずは慣れている面々でデモンストレーション。ゴレイロを含めたオフェンス3、ディフェンス2でのパス回しだ。

 なるほど、エリアが狭い上にタッチ数の制限もある。普通のロンド(鳥かご)より難易度は高い。


 ボールがラインを越え、赤と青、一人ずつラインを跨いで再び同数で攻防が始まる。

 互いにどちらが続けて参加するのか、瞬時に判断しなければならないわけだ。これは頭を使うな。身体より脳が疲れそう。



「ほラ、残った奴も立ったままじゃダメ! 受け直す動きト、コースを消す動キ! 誰もサボれないヨ! トランジション意識しテ! サボるなサボるナっ!」


 トランジションとは直訳すると移行、変化を意味する。サッカーでも最近良く使われるようになった言葉だ。

 ポジティブトランジションは攻撃への切り替え、ネガティブトランジションは守備への切り替えである。


 コートが狭い分、フットサルでは攻守の入れ替わりも更に激しくなる。ボールを奪われた後に一瞬でもボサッとしていたらそれだけで致命傷。


 狭いエリア、少ないタッチ、限られた人数……互いに脳と身体をフル活用し、優位な状況を保ち続ける。トランジションの強度を維持し続けるのがこのトレーニングの最たる目的だ。



「タイムアップ、メンバーチェンジ!」


 ようやく俺の番だ。栗宮ブラザーズの片割れ弘毅と共に青いビブスを引っ提げコートイン。ホイッスルが鳴りスタート。



「ヒロ、コースの消し方が甘いヨ! もっとホルダーに寄せないト! 狭いコースだっテ相手は簡単に通して来るんだかラ!」


 早速チェックに向かうが、簡単にラインを通されてしまった。少し意地になってラインを跨ぎそのまま潰しに掛かる。



(速い……ッ!)


 どの選手も小さな動作で恐ろしく威力のあるパスを飛ばす。ちょっとでも目を逸らせば簡単に穴が開いてしまうだろう。


 これまで味わったことの無いスピード感だ。フットサル専門、それもアカデミーでプレーしている選手はこの速さが標準なのか……目が回りそうだ。


 だが決して対応出来ない強度ではない。人間、目の前にいきなり誰かが現れれば驚いてしまうもの。足元に意識が向かなくなるよう、一瞬の隙を狙って……死角から、一気に詰める!



¡Bienいいぞ! それだよヒロっ! 奪い切ること、ワンプレーに集中して、迫力を持つのが大事なんダ! もっともっとペース上げていこウ!」


 思いっきり身体を当ててボールを外へ蹴り出す。これでリセット。再びゴレイロから仕切り直し。


 弘毅と距離を確認し、連動してパスコースを消しに掛かる。俺が激しく詰め寄りミスタッチを誘い、弘毅がルーズボールを拾ってそのままゴールへ蹴り込む。ディフェンス側の連勝だ。良い流れ。



「やるなっ、世代別!」

「あんがとさん」


 汗混じりの軽快なハイタッチ。言葉を交わさなくても俺の意図を汲み取ってくれるので非常にやり易い。これでも町田南や他のアカデミーには入れないのか。どれだけレベルが高いのか想像にも及ばぬ。


 何度か同じ流れを繰り返したのち、ビブスを交換しオフェンス側へ。ここでも俺と弘毅の技術の高さが際立つ。



「イイねヒロッ! みんなもよく見テ! 何度も首を振って状況を確認しテ、最適なコースを探すんダ! 早く探す、早く出す、早く動ク! この繰り返シ!」


 段々とアカデミーのレベルが分かって来た。プレースピードは非常に早いが、足元の技術にはだいぶ個人差がある。

 トレーニングの強度にスキルが追い付いていない印象だ。これなら十分にやり合えるだろう。


 そんななか、俺とそん色ないレベルで渡り合っているのが弘毅だ。体格にも恵まれていて、テクニックも標準以上。

 下手したら大場や黒川辺りより上手いんじゃないか……? 何故これだけの逸材が埋もれているんだ。



「次は3on3のミニゲーム、ワンセット90秒、3タッチまでネ。ゴレイロのスローからダイレクトで決めたら2点! トランジション、しっかり意識しテ! 繋ぐだけじゃない、マークを剥がすアクションも大事だヨ!」


 休憩もそこそこに次のメニューへ。今度はフットサル部の練習でも良くやっている形のシンプルなトレーニングだ。

 弘毅とは違うチームになった。実戦形式でどれだけのプレーを見せるのか非常に興味がある、これは僥倖。


 コロラドがボールを高く蹴り上げゲームスタート。赤ビブスの相手チームが先に拾い上げ、センターラインで横並びになりパスを回していく。



「動かして、動かしテ! 足元で受けることニ固執しなイ! スペースへ簡単に出して良いんダ! 弘毅、パラレラ狙えたでショ! 出したあト止まっちゃダメ! 流れを切らないで続けて、続けテ!」


 フィクソの位置に構える弘毅がサイドにパスを出し、斜め前方へ走る。ボールを受けた選手はサイドラインと並行にパスを送り、弘毅が空いたスペースで受け直す。フットサルの基本的な動き出し、パラレラだ。


 つまるところパス&ゴーである。狭いコートでいかにディフェンスのブロックを掻い潜り、相手の裏を突くか。駆け引きを繰り返す。



「んだよもうっ! 速いんじゃお前ッ!」

「喋っとる場合か!」


 ライン際で受けた弘毅に身体を寄せるが、期待通りのフィジカルだ。多少のアタックではビクともしない。

 強引に中へ切り込んで来たので左脚で潰しに掛かるが、そのまま打ち切られてしまった。が、辛うじてつま先に当たりゴールから逸れていく。



「クッソー、やっぱり駆け引きは一枚上手かぁ」

「ゴリ押しで撃たれちゃ世話ねえけどな……」


 結果的にシュートまで持ち込まれているのだから俺の負けみたいなものだ。チャンスを逃し天を仰ぐ弘毅だが、正規の人数だったら零れ球を誰かに拾われ失点していてもおかしくなかった。


 アジリティーや細々とした技術はこちらに分があるが、プレースピードが早いのでそればかりに気を取られていると、最後の最後に踏ん張り切れずシュートを撃たれてしまう。


 なるほど。これもチェコの言う通りだ。俺の弱点は上半身と腰回りの脆弱さ……今まであまり意識してこなかったポイントだ。


 潰される前に回避すれば良いんだろ、という具合にやって来てそれで通用していたから、意識して鍛えて来なかった。要するに……。



(サボってた分しっかり筋えろってわけな)


 テクニックと動き出しでフォロー出来る場面は限られる。もっともっと身体をゴツくして、迫力のある守備を身に付けなければならないということだ。



「ヒロ! 笑ってないデ次のプレー集中しロ!」

「分ぁっとるわッ!!」


 おっと、考え込んですっかり足が止まっていた。慌ててホルダーの位置を確認しパスを受ける。さて、どうやって守備網を突破したものか。



 堪らねえ。超楽しい。こんな感覚は随分と久しぶりだ。いつの間にか教えることばかり考えて、勝手に自分の限界へ蓋をしていたのかも。


 懐かしい。上手くなりたい、完璧なプレーヤーになりたいと必死に藻掻いていた、子どもの頃の美しい記憶が蘇るようで。



「オラッ、もっと来いよ! 世代別の名が廃るってモンだぜお兄さんよぉ! 変身フォーム見せてみろ! 合言葉はトランジショーーン!!」

「うるっせえななに言ってるか全然分からんわッ!」


 コート中央で弘毅と激しくボールを奪い合う。


 まだまだ上手くなれる。成長出来る。

 自分のために、そしてみんなのために。

 思い描く、理想の未来のために。


 もっともっと、出来ることが沢山ある……!


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